〈ザ・ヘリオン〉
その時〈ザ・ラウンドテーブル〉が対峙していたのは〈赤蜘蛛〉という組織だった。セッツという地を拠点にして、かなり大規模な組織として知られていて、その組織はさらに拡大している。長らくセンリとは敵対関係にあったが、センリがラウンドテーブルの支配圏に入ったことで戦いの局面は大きく変わろうとしている。
デイヴィス(デイヴィス・マクドナルド)は〈ザ・ヘリオン〉の二つ名を持つ〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉の一人だった。今は50人の部下を引き連れ、〈赤蜘蛛〉の本拠地を攻略している最中だった。
その名前が示す通り、彼は西洋の血を持つ者である。名前だけではなく、高く尖らせた金髪と碧の瞳もそうだった。但し生まれたのはこの日本である。彼自身は自分のルーツに対してあまり関心を持ってはいないが。但し目立つのは間違いない。西洋人にしては痩せぎすの身体をしていて細い。それも彼は気にしていない。
「数の問題なんだよ、数の」
デイヴィスは指揮車になっているジープに乗りながら、自らの武器である無骨なポールアクスを弄び、あからさまに苛立ちを見せていた。この所戦闘は膠着している。デイヴィスも限りある組織の戦闘員を無駄死にさせてはいけないという認識は共有している。同じく対デモン弾にも限りがある。潤沢には使えず、基本は白兵が求められる。隊員が装備していたのは全て銃剣付きの小銃だった。
それが決定的な戦闘に至れない理由だった。踏み込めないでいるのだ。50人の選りすぐられた戦闘員たちはいずれも精強だが、やはり人間としての限界はある。単独でデモンを相対するのは難しい。よって組織的な戦闘、連携が求められるのだが、〈赤蜘蛛〉の数は予想以上に多かった。そして〈ザ・ラウンドテーブル〉との交戦ということもあり、かなり慎重になっていて、あちらから打って出て来る事も無かった。
そういった膠着状態が一週間も続いている。
「あんなのは、数で潰せばいいんだよ。なんでリュウイチ兄やんは50人しか寄越さなかったんだ」
一度戦線を切り拓いてしまえば、後は自分が敵のリーダーを討ち取ってそのまま瓦解させる自信がある。だがその突破口が見出せないのが現状だった。
「本部に増援の要請は本当に行ってんだろうな」
「それは勿論です」
彼の副官が言った。デイヴィスはイライラを隠さず、ぶっきらぼうに両足をクルマのハンドルの上に乗せ、紙巻煙草に火を点けた。もちろん煙草もおいそれとは手に入れられない貴重な嗜好品だが、これが無くては彼は生きていけない。
紫煙が散っていく。
「兄やんはなにをケチってんだか」
「〈ザ・ゲームマスター〉も難しい立場にいるのでしょう。ウメダ攻略が本筋であり、それまでに戦力を浪費してはいけないというのが猊下のご意志ですから」
「ンなこたぁ分かってんだよ、俺も。だがここで奴らを潰さなきゃ何にもならねぇじゃねぇか。ケチってる場合じゃねぇんだよ」
デイヴィスは本部への不満をあからさまに述べたのだった。
「……只の野盗じゃねぇな。明らかにどこかの支援を受けてやがる」
それは奴らの武装からも明らかだった。鉄条網のバリケードを作り、短機関銃を装備して迎撃態勢にある。これでは数に劣るこちらは迂闊に手を出せない。問題はその装備がどこから出ているか、そして敵の人員がどこから補充されているか、である。
「最近、こういった組織が増えていますね」
「なぁんか、きな臭いな」
取り敢えず戦闘は停止してある。無謀な戦いは出来ないからだ。デイヴィスは個人的には好戦的な男だったが、その辺りの現実を見据えられない馬鹿でもない。そう自負している。
「ああ、早く暴れまわりてぇぜ」
「待ち」の時間が長くなることに彼ははっきりと焦れていた。デモンはそんなに多いものなのか、というところが疑問だった。これほどの組織を構築出来る程の存在になっている。明らかにおかしいのだが、デイヴィスは深く考えないようにした。そこに敵がいるなら叩き潰す。それだけだ。問題はその手管だけである。
人員は今の倍は欲しい所だった。そして出来得るならば他のコマンダーも一人いればいい。それだけで解決する問題を何故渋っているのか。
「増援の第一陣が到着しました!」
そういった報告が為された。遅ぇよ、とデイヴィスは胸中で毒づいた。しかもその第一陣とやらは全く不十分だった。10名程度である。本格的な増援ではないのだろう。たまたま手が空いた奴らが先に回ってきた――そんな所だ。
だがコマンダーは一人いた。シロウである。彼はそのままジープに乗り込み、デイヴィスの隣に座った。
「〈ザ・ソーズマン〉か。お前、北の征伐に行くんじゃなかったのか?」
「それが無くなったからまずは先行してぼくらが合流したんだ。しかし〈ザ・ヘリオン〉、きみらしくもなく慎重だね」
「俺を向こう見ずな男と思ってんじゃねぇよ」
デイヴィスは憮然とした顔で答えた。
「本格的な増援は明日到着する。100名と、ぼくたちがいればなんとかなるだろう。それに〈ジ・アーセナル〉も合流する」
「あの女はいらねぇよ。戦場を無駄に引っ掻き回すだけだ」
「そう言うなよ。確かに彼女の戦闘と指揮は奔放だけど……」
「ああいうのは『お転婆』ってんだ。俺よりもよっぽど向こう見ずな女だ」
デイヴィスは相変わらずぶっきらぼうな言葉遣いと声色で言った。ハンドルの上で足を交差させる。煙草が灰になり、彼は名残惜しそうに吸殻を灰皿に押し付けた。彼は本来チェーンスモーカーだったが、今は一箱しか持って来ておらず、それも半分になってきたので節約している。
「人員もそうだが、物資の補給はねぇのかよ」
「そこに煙草は含まれないよ。我慢する事だね、デイヴ」
何気なく言ったシロウの言葉に、デイヴィスは顔を険しくした。もともと厳めしい顔付きだが、それが更にコワモテになる。
「何度言ったら分かる。その名前で呼んでいいのは一人だけだ」
「きみの過去を軽くするつもりなんだけどね。まあ以後は気を付ける」
そんな事を話している内に、一度離れた副官が戻って来て、デイヴィスにではなくシロウに何か耳打ちした。自分には話せない何かがあるのかと、彼は不満だった。
「何だ、何かあるのか。隠したって仕方ねぇだろ。俺にも教えろ」
シロウは深刻に困った顔を見せた。
「……増援の中には傭兵が混じるそうだ。その名前はキョウジ・ザ・シルバー」
身体が熱くなるのが分かった。それを抑える為にケチっていた筈の煙草をもう一本吸い始める。
「……デモンじゃねぇか。兄やんはどうしちまったんだ。そんな奴に助けを求めるなんて」
「必勝を期す、って事だよ。いいか、〈ザ・ヘリオン〉。妙な気を起こすんじゃないぞ。彼は今の所敵じゃない。協力すべき味方だ」
デイヴィスは明確に答えることを避けた。それがとても難しかった。
「少し頭を冷やしてくる。絶対に付いてくんな」
そう言って彼はジープから降り、人目の付かないところに行った。
◇
独りになったところで、彼は懐からオルゴールを取り出し、ネジを回してそれを奏でる。大昔の作曲家が書いた音楽らしいが、デイヴィスはその曲名を知らない。だがその優しいメロディは気に入っている。勿論、自分で買ったものではない――彼はそこまで繊細な男ではなかった。だがそれ故に彼にとっては一番大事な物でもあった。
「サリー……」
10年前にデモンに殺された妹の名前を呼んだ。呼んだところで帰って来る訳でもないのだが、そうせざるを得なかった。5歳年下の妹で、死んだ時はまだ10歳だった。
オルゴールは妹からプレゼントされた物だった。「お兄ちゃんは無骨なんだから、こういうのを持って心を落ち着かせる時が必要なんだよ」と偉そうに言っていた。凶事に見舞われたのは、その直後だった。
その復讐の為、彼は〈ザ・ラウンドテーブル〉に参加し、そこで頭角を表してコマンダーの一員に叙された。直接の仇はすでに討っている。だがそれで気が収まることはなかった。
「キョウジ・ザ・シルバーか……面白いじゃねぇか」
そして、彼はその後苛烈な〈殲滅主義者〉になったのである。




