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Coda:荒廃した終末世界を銀狼と少女は駆け抜ける  作者: 塩屋去来
第2章:ザ・ラウンドテーブル
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奇妙な依頼





〈ザ・ラウンドテーブル〉が本部として接収した建物は、かつては警察署だったらしい。そこには物騒さとか無骨さは感じられなかったが、無機質であるような気がした。戦前、この社会で警察はどのような位置にあったのだろう。


 ラウンドテーブルがその後釜に座らんとしているのは間違い無い。ここを接収したのも、誰も使っていないというのもあるだろうが、その意思表示でもあるのだろうとキョウジは勝手に思っていた。


 気には食わないが嫌いという程でもない。


「なぁんか、辛気臭い所ねぇ」


 自家発電機が動いているのか、中は(この時代では珍しく)電灯が光っている。とは言っても全部を灯している訳では無い。節電はしているのだろう。狭い通路はテロリストなどに制圧されにくくするためにされた設計に違いあるまい。警察組織は決して戦闘組織ではないが、それに準ずるものではある。


 隊員たちに先導されてキョウジ達は歩いていた。カレンはずっとつまらなそうな顔をしているし、ミユはすっかりビクビクしてキョウジの腰をつかんで離さない。女たちは置いてきた方がよかったかな、と今頃になってキョウジは後悔し始めたのだった。彼らが用事があるのは自分一人の筈だからである。しかしここまで連れてきてしまった以上は帰す訳にもいくまい。


 警戒は怠っていない。いつでも戦闘態勢に入れるように、心の準備だけはしている。あからさまに構える事も出来ないが。これが罠だという事も考えられるのだ。と言ったところで、自分は〈ザ・ラウンドテーブル〉に於いてどのような評価をされているのか気になった。確かに自分はデモンだが、悪い事はしていないつもりだ。彼らはそれすらも殲滅の対象に入れるような反デモン主義者なのだろうか。ともかく、気は抜けない。


「兄ちゃん、あたし、おしっこしたくなってきちゃった」

「我慢しなさい」

「いや、我慢は毒だ。そこの突き当りにトイレがあるから行ってくると良い」


 言葉遣いはぶっきらぼうだが、女隊長は意外と優しい所もあった。彼女はミユが用を足すまでしばらくここで待つと言った。ミユは少し焦りながらたったと駆けて行った。


「あまり子供を怖がらせるな」

「連れを一緒に来させたのは貴方の判断だろう。此方がとやかく言われる筋合いは無い」

「それは、まあそうだが」


 キョウジはカレンに「お前は大丈夫なのか?」と訊いた。幼馴染みは憮然とした顔で、


「私はこんな位で緊張したりしないわよ」


 と言う。無理をしている訳では無いようだ。彼女も伊達に場数を踏んで来てはいないという事なのだろう。


 しばらくするとミユが戻ってきた。何だか恥ずかしそうにしている。それからまたぴったりとキョウジの後ろに付く。まだ緊張はしているようだった。その目は少し頼りなさげにきょろきょろと動いていた。彼女を宥める為に、キョウジは頭を撫でてやった。


「そのような少女を連れ歩いている意味は何だ?」

「保護した手前、放っておく訳にはいかないからな」

「どこか適切な施設に保護してもらう、とかは考えなかったのか」

「こんなご時世だ。下手な街に置いていくよりも手元にあるほうが安全だ」


 尤も、俺の元であれば完璧に安全である保証も無いんだがな……と彼は胸中で呟いた。記憶を探す旅については言わなかった。必要が無かったからだ。そこまで此方の事情を開陳することもあるまい。


「そういう意味で言うなら、我々の庇護下に置くのが一番安全だと思うが。少ないながらも孤児院も営んでいるからな」

「手広くやっているんだな。だがこいつがデモンでも養護して貰えるのか?」


 あんたたちは()()()守護者なんだろう、とキョウジは皮肉交じりに言う。それは彼らに対してというよりも、自分自身に対しての皮肉だった。


「そういう事か」

「そういう事だ。要するに俺達には俺達の事情がある。余計な気遣いは不要だ」


 敵意を向ける事はしないが、あからさまに親しくすることもしない。それが今のキョウジ達と〈ザ・ラウンドテーブル〉との距離感だった。それが縮まる事があるのか、それとも本当に敵対する事になってしまうのか、今の所は何も確言出来ない。


 やがて統括本部の一番奥までやって来た。案内された場所の扉には「署長室」と書かれてある。だが勿論待ち構えているのは警察署長ではあるまい。それに似た様な者なのかもしれないが。


 女隊長はうやうやしくドアをノックした。


「失礼します、〈ザ・ゲームマスター〉。キョウジ・ザ・シルバーを連れて参りました」


〈ザ・ゲームマスター〉とやらがここのリーダーらしい。大仰で珍妙な二つ名だと思った。だがそいつも一人で複数デモンをやれるほどの手練れ揃いである、強力な〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉の一人なのだろう。更に警戒を強める。


 この本部の主人はにこやかな笑顔で迎えた。もっと厳つい感じを予想していたのだが、物腰は柔らかそうで、優しそうな顔をしている。やや小兵だが、鍛えているのか立派な体格をしており、実際の身長より大きく見せている。大きく見せるのはそれだけじゃないだろう、と思った。余裕のある物腰は器の大きさも感じさせる。


「よく来てくれました、キョウジさん。さ、そちらに掛けて」


 机に掛けた〈ザ・ゲームマスター〉は4人くらいは横に並んで座れそうな、応接机のソファを案内した。特に気後れする必要も無いので、キョウジ達は横に並んで座った。〈ザ・ゲームマスター〉の傍には二人の男女が待機していた。どちらも無表情だった。仏頂面、という程でもないが。武装はしていない。秘書か何かだとキョウジは見当を付けた。


「自己紹介をしておきましょう。私はリュウイチと言います。〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉の末席を汚させてもらっております。どうぞよろしく」


 そう言って彼――リュウイチ(羽田竜一(はたりゅういち))は立ち上がって、それから応接机の向かいに座った。秘書たちが急須と湯飲みを取り出し、キョウジ達の前に温かい緑茶を置いた。お茶を温めるだけの熱源がここにはあるという事だ。


「噂は聞いておりますよ。〈シルバー〉、あるいは〈音速のキョウジキョウジ・ザ・ソニック〉。かなりの活躍をしているようですね」


 そんな渾名まで増えているのか、とキョウジは呆れた。


「女性二人を連れての旅とは、さぞかし大変なものでしょう」

「そうでもない。彼女達はとても強い。俺の方が助けになっている」


 慇懃な態度に、そこまで警戒はしなくていいなと思った。少なくとも相手に戦闘準備をしている気配は無い。こちらもそれを示すべきだろうと思い、キョウジは短剣と拳銃をテーブルに置いた。カレンはしばし迷う様な仕草を見せたが、やがて同じ様にした。ミユだけが日本刀を抱いたままだ。


「悪いな。これはこいつの心の支えなんだ」

「構いませんよ」

「で、俺に何の用事なんだ。貴方達に目を付けられるような事は何もしていないはずだが」

「ありますよ」


 リュウイチはお茶に手を付ける。


「そちらも遠慮なくどうぞ」

「では頂く。で、まさか俺と世間話がしたいだけじゃないんだろう」

「まずは感謝を。我々は〈サンセットバタリオン〉の討伐を予定しておりましたが、貴方の活躍でその必要が無くなりました。無用な血を流す必要が無くなり、此方としてもとても有難いものであります」

「奴らは俺がやった訳じゃない。倒したのはニガワの勇気ある住民達だ」

「そういう事にしておきましょう」


 リュウイチはにこやかに笑う。そこに裏は無さそうだった。純粋に人が良いのだろう。そんな感じがする。ミユも少し緊張が解けているようだった。


「こちらから、一つ質問してもいいか」

「どうぞ」

「この街に駐留している貴方達の隊員――街の治安を守るだけにしては人数が多すぎるような気がする。一体何が目的だ?」

「それはこの後のお願いにも通ずる話です」


 お願い? 一体何をお願いされるのだろう。少し話がきな臭くなってきた様な気がした。


「我々は今、ウメダを制圧する目的で人員を動かしています。ここセンリだけではなく、近隣の街も随時勢力圏としております」

「それは大層な戦略目標だな」

「ウメダを抑えればこの地域一帯はほぼ掌握出来るでしょう。だがその前に周りを片付けておきたい」


 彼は一拍置いて、それから続ける。


「今大規模な賊との交戦を続けております。しかし攻略に手間取っているのです。そこに貴方がこの街に訪れてくれた。単刀直入に言います。その攻略の助力を頂きたいのです」

「だが俺はデモンだ。〈ザ・ラウンドテーブル〉がデモンの手助けを得て、それでいいのか?」

「罪の無いデモンまで敵にする気はありません。貴方の様に悪党を退治している者ならなおさらであります」


 さて、どうするべきか――とキョウジは迷った。悪党狩りをしろ、と言われるならそれなりに乗り気にはなる。だがラウンドテーブルとの共闘というのが引っ掛かった。


「勿論タダとは言いません。それだけの報酬は用意いたします」


 未だ迷った顔を見せるキョウジの背中を押すようにカレンが口を挟んだ。


「いいじゃん。やろうよ。稼げるときに稼ぐのは生きる為の鉄則よ」

「まあ……お前がそういうなら、いいだろう。参加させてもらう」


 しかし――賊狩りとは別に、何か嫌な予感がするのは何故だろう?


 キョウジはそう思っていた。

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