ラウンドテーブル・コマンダー
戦いの無い世界はいつ訪れるのか。いや、戦いならば過去からあったし、これからも続くのだろう。文化らしき物を身に着けてから、人類の歴史は闘争の歴史である。幾度となく紛争、戦争、ゲリラ、テロ、破壊、殺戮を飽くことなく繰り返し、それが極まり自分たちの文明を焼き尽くしてなお、この崩壊した世界では闘争が続いている。それが人類の業であるかと言う様に。
シロウ(成田史郎)は、結局の所人間もデモンも変わらない存在なのではないかと思い始めている。差は力があるか無いか、それだけだ。戦う力があれば戦う。ヒトはそういうものなのかもしれない。だが一方で奪う為の戦いと守る為の戦いは違うと信じたいのも彼だった。
180センチを優に越える恵まれた体躯に、彼は繊細な精神を宿らせている。それでいいと思っている。野卑な男にだけはなりたくなかった。しかし自分の力を正しい方向に使いたいと願っている男でもあった。彼は人間である。たがデモンと互角以上に戦うための鍛は常に欠かしていないし、負ける気も無かった。
この辺りではやや珍しいライトブラウンの瞳(どこかには銀の瞳をした男がいるらしい――やがて会う事もあるのだろうか)にこざっぱりした短髪の黒髪。ぱっと見には厳つい外見に思えるが、よく見てみるとその顔立ちは端正なものをしている。女達がよく好む外見をしているとも言える。時代が違えば、彼は騎士としても見られていたのかもしれない。
彼は無骨な両手大剣を背負い、愛車であるヤマハ・ドラッグスターに乗っている。荒野をバイクで駆けるのは中々爽快なことであったが、それがやや背徳的な気持ちであることも理解している。
任務の地に着いて、彼はバイクを停車させた。一人ではない。今回は部下が10人程付いている。情報では敵は20人程度だと聞いている。少し贅沢だな、と思っていた。しかしその規模に対してひどく悪辣な略奪を繰り返しているとも聞いているので慈悲は無い。確実に潰す。
〈ザ・ラウンドテーブル〉の戦闘部隊。シロウはそれを指揮する〈コマンダー〉だった。
「到着しました。〈ザ・ソーズマン〉、指示を」
「このまま一気に制圧する。総員、ぼくに後れを取るな。散開することは禁止する。固まって戦え。そして決して命を無駄にするな。必ず生き残れ」
それが優しさとか慈悲とかで言っている訳では無い事を彼は自覚していた。戦う力と、そしてこちらの方がより重要だが、意志を持っている者はそう多くはない。〈ザ・ラウンドテーブル〉は日々勢力を伸ばしているが、それに対して隊員が増えている訳では無い。武器も潤沢に用意出来る訳では無かった。つまり戦闘員はそれだけで貴重な存在なのだ。ただ数の力としてすり潰して良い存在ではない。
敵の本拠は大した大きさでもない廃ビルである。シロウは一気に制圧するつもりだった。隊員は全員グレネードランチャーの付いた小銃を装備している。だがこれは主として威嚇用の装備である。
「いつもの事だが、弾は無駄遣いするな。グレネードは自分の防衛の為に残しておけ」
「了解しました!」
士気は良好、そして冷静でもある。彼らは全員、デモンとの戦いは決して油断出来ない物である事をよく分かっている。新人が2名参加しているが、彼らも心身ともに十分訓練されている。だが守るのは自分の役目だ。シロウはそう決め付けている。
「では突入を開始する。総員戦闘準備!」
「おお!」
力はあるが力に胡坐を書いている野盗デモン。そして非力ながら専門の訓練を受けた人間たち。そこに至ってようやく互角である。
だがシロウは人間でありながら規格外だった。先頭に立って敵をその大剣で倒し――叩き潰す、と言っても良いかもしれない――隊員たちの士気を否応なく上げていく。それが〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉に抜擢された自分の使命であると心から信じていた。常に最前線で戦う。それがシロウの己に課した戒律である。
「ラウンドテーブルか! 糞が! ここまで手を回してくるようになりやがったのか」
敵のリーダー、まあ猿山のボスでしかないが、それだけの力は持っていると踏んだ方がいい。シロウは決して油断しない。そして見逃すという選択肢も無い。ここまで来たら皆殺しにする。自分は決して優しい男ではない。
「覚悟しろ」
「糞がっ! 糞がっ! お前達なんかなぁ!」
ボスは痩身ながら長身の身体を活かすようにして、両手に短剣を持ち、踊るようにシロウに襲い掛かった。そう言えば名前も訊いていなかったな、という事を思った。そんな事を考えられる位シロウには冷静さがあり、余裕があった。
短剣の斬撃が舞う。中々の速さではあった。だがシロウの恵まれた動体視力はそれを静かに見据えていて、大きく回避するのではなく、身体の動きは最小限に留め、紙一重のところで回避。剣は左手に持ち、少しだけ体勢の崩した――奴はそれを自覚していなかっただろう――ところに正拳を叩き込む。もちろん殴って倒せる相手ではない。デモン退治にはそれ専用の装備が必要であり、シロウが今持っている大剣がそうだった。
隙は全く与えない。
崩れた身体の真上に、シロウは大剣を大きく振り下ろす。それは豪快でありながら同時に俊敏でもあった。断末魔を上げさせる暇すら与えず、シロウは敵を倒してしまった。
戦場は戦場ではなくなった。ただ静けさが漂っているだけだった。シロウは高揚も無かったし、なんらかの感慨を持つ事も無かった。ただ任務を達成しただけだ。そして敵を倒す以上に重要なものがある。
「残存勢力は無いか?」
「はいっ! 確認した所、間違いなく殲滅させました!」
「死亡者はいないな?」
「勿論、全員生存しております」
その報告を聞いてようやくシロウは緊張を解いた。この貧しい世界ではなにも無駄遣いは出来ない。人間の命はその最たるものである。簡単に命が散っていく世界であればこそ、それは大事な意味を持つ。
人間の尊厳回復、そして新たなる希望を掲げる〈ザ・ラウンドテーブル〉の一員なれば。
「今回は簡単な任務でしたね、〈ザ・ソーズマン〉」
「ぼく達の任務は敵を倒すだけじゃない。その後の治安維持が大切なんだ」
「勿論です。しかし少しは嬉しがってもよろしいのでは? 貴方は少し生真面目過ぎます」
ベテランの隊員がそう言った。そうして初めてシロウにはにかむような笑顔が見えた。
「こういう性分なんだよ。決して無理してる訳じゃない」
「しかしトップの方がお気楽にしていれば、隊員の心も和らぎます」
「忠告感謝する。これからはそれも意識していこう」
性格というものはそう簡単には変えられないものだし、この性格なればこそここまで生き延び、強く隊員を指揮できる自負もあるのだが。
「この後は本部に戻るので?」
「いや、そういう指令は受けていない。しばらくはタカツキ支部で待機する事になるだろう。タカラヅカ掃討の編成も始まっているだろうしね」
「あれ、ソーズマン、聞いてなかったんですか?」
特にヘンな事を言ったつもりも無かったのだが、隊員は怪訝な顔を見せた。怪訝でありながらどこかおかしそうでもある。
「〈サンセットバタリオン〉の討伐は無くなったんですよ」
「どうして? ここに来て怖気づく必要もあるまいに……」
「そうじゃないんです。我々が掃討する以前に、奴らは潰滅したんです。支配下にあった住民たちが反乱を起こして潰滅させたとか」
「なんだって。凄いな。しかしどうやって反乱を成功させたんだろう」
「これは噂ですけど、あの〈キョウジ・ザ・シルバー〉が関与していたらしいですよ」
ふぅん……とシロウは呟いた。彼も〈シルバー〉の噂は聞いていた。一度会ってみたいとも思っていた。デモンでありながら人間の味方をする彼。その心はどこにあるのだろうか。だが自分以上に会いたがっている者も知っていて、それはもっと殺伐としているのを分かっていた。
「なるほどね。しかしだとすれば〈ザ・ヘリオン〉がまたうるさくなるな」
いずれにせよ、任務は達成した。
こうやってデモンの暴虐から人間を解放する――それが〈ザ・ラウンドテーブル〉の使命だったのである。




