戦のあとで
今まで生きてきて、キョウジは復讐というものはあまり考えてこなかった。それよりは生き延びることで精一杯だったと言える。だがカレンはそうではなかったようだ。ずっとずっと復讐の日を待ち侘びて、そして今日この日だ。しかし彼女はそこまで嬉しそうな顔はしていなかった。
「こんな、もんか……」
彼女はまるで初めて性体験を済ませた男子のように呟いた。
「もっと気分がよくなるかと思ったけど。私も恨みは薄れてたのかな」
「そうだろう。復讐なんて、そんな気持ちの良いものじゃない」
「でも私は納得したかったの」
戦場の跡には死体も転がっている。荒野の戦闘は虚しさしか残らなかった。少なくともキョウジ達にとってはそうだった。ニガワの民はまた違う。かれらは自分達が勝ち取った勝利に歓び、また動揺もしていた。あまりにも現実感がない――そんな感じだ。
ミユは一時の恐慌を伴った興奮を抑え、今はすっかり落ち着いている。鞘に収めた「春日守桔梗美奈」をしっかりと抱えていた。唯一人、キョウジがぼうっとしていた。初めて目にする大規模戦闘。しかし終わってしまえばなんだか空っぽの様な気がする。生存の歓びは無いではない。しかし彼もまた奇妙な非現実感を持っていたのだった。
「これから私、何を目標に生きて行けばいいんだろう」
カレンがいささか虚無の表情をしていたのは、つまりそういう事だった。彼女は必死に生きながら、時には心を折られそうな体験をしながら、それでもこの瞬間を願ってやってきたのだ。だが戦いは虚しさを伴うものである。そしてその後、彼女はどうすればいいのか? それは難しい問いだった。
「ただ生きて行けばいい。面白おかしく生きていければそれでいいんだ」
「貴方はお気楽ねぇ……」
などとぼやきつつも。カレンはまんざらでもない表情だった。頭の上にかかっていた靄が晴れた様な感じ。
「俺達は生き延びた。それだけでもこの世の中では僥倖というものだ」
「そうね。確かに、そうかもね」
カレンは立ち直りも早かった。すっかり晴れた顔になって、うんと伸びをする。快活な彼女のほうがらしいと思ったから、キョウジも少し安心した。
「ああ、海を見に行きたいな」
「なんだそりゃ」
「だってそうでしょう、爽やかな気持ちになりたかったら、海よ」
それもいいのかもしれない、とキョウジは思った。しかし綺麗な海を見に行くにはどこがいいだろう? いや、今はそんな事を考えている時間ではない。
「海はまた後だ。でもいずれは行こうな」
「うん。そうね」
強がってはいても、根は素直なカレンだった。この時ばかりはしおらしくしている。彼女も戦いの後の空虚感を覚えているのだった。とすれば、今は彼女を支えてやらないといけない。キョウジがポンポンと頭を撫でると、彼女は従順にそれを受け入れた。キョウジはキョウジで、彼女の兄らしく振舞える事を喜んでいた。
それから収穫があった――〈サンセットバタリオン〉の奴らがたんまり溜め込んでいた物資を奪ったのだ。その中には女も含まれていた。彼女達にとってもそれは解放だった。
「俺達は……自由になったのか?」
実感が無い、という様にひとりの男が呟いた。何かを言うべきだったのかもしれない。しかしキョウジは何も言わなかった。それに答える責任は自分には無かったからだ。
自由にはなったのかもしれない――だがその先は?
◇
ニガワの街に凱旋すると大きな歓びで迎え入れられた。これから先の事を考えている者はあまりいないようだった。今ここの歓びを分かち合おう。そんな空気になっていた。バカ騒ぎでは無かった。静かな歓喜だった。
奪った食料や酒で宴会が始まった。清酒やウィスキー、ワインまである。キョウジもウィスキーのボトルを拝借して飲み始めた。
誰もが明るい顔をしている訳では無い。解放されたはいいものの、これからどうやって生きて行けばいいのか分からない者もいたからだ。それでも反対はしなかった。人が人らしく生きる道を選んだのは、最終的には住民の総意だったのである。
「こういうの、いいよね……」
ミユはお酒が飲めないから、グレープジュースとお菓子で楽しんでいる。キョウジと彼女は宴の端っこでそれを眺めている。
「ね、兄ちゃん。こういう光景をもっと増やしていければいいね」
「そうだな……だが、個人に出来る事なんて限られている」
キョウジは救世主面をするつもりはなかった。自分自身、生きていくだけで精一杯だ。でも手の届く範囲で、助けられるものは助けたいとは思っている。それで自分も生きる糧を得られる。平和はまだまだ遠い。ミユにその光景を見せてやりたい、とは思いつつも今はただ迷わずに進む事である。
少女と一緒に、この世界の行く末を見守りたい。そしてその中には自分達も含まれるのだ。
「よう。こんな隅っこで大人しくしてるなよ。あんたらはこの祭りの主役なんだからよ」
「俺は今回なにもしていない」
いい感じに酔っ払った男が絡んでくる。
「やったのは女達だ」
「そういや、連れの女はどこに行ったんだ? さっきまでそこで踊ってたんだが、いつの間にかいなくなっちまったな」
確かにカレンの姿が見当たらない。最初は住民と一緒に騒いでいたのだが、混雑の中でその姿を消してしまっていた。キョウジはにわかに心配になってきた。
「ちょっと探してくる。ミユはここで待っていろ。すぐ戻る」
「あたしも一緒に行くよ!」
「駄目だ。お前まで迷子になられたら困る。ここは結構でかい建物だしな」
ミユは「そこまで子供じゃないよ」とぶっすり言ったが、結局言う通りにした。
カレンの足取りを探っていく内にどんどん上階に進んでいった。本当に大規模な建物である。大破壊以前はここも善男善女たちが楽しむ場として賑わっていたかと思うと、今の世の中がひどく淋しいものに思えるものだ。
大観衆を集めていたであろうスタンドの階を抜け、どんどん淋しい光景が続いていく。ボックス席、と書かれている小部屋を一つずつ回っていった。かなり上階に来ていたようで、目の前に広がる草原を見下ろすことが出来るような場所だった。きっとここはイベントをお金持ちなどが見ていた観覧席だったのだろう。
その中の一つに、虚空を見ながら焼酎を飲んでいるカレンの姿を見つけた。彼女はキョウジの気配を察すると、振り向いてやや弱々しい微笑を見せた。すでに酔っているようだったが、彼女は酔うとテンションが上がるタイプではなく、むしろその逆だった。
こんなに妖艶な女だったかな――とキョウジは感じた。ヘンな気持ちになるのを止められなかった。だが何とか自分を制御して、冷静を装って彼女の横に座る。
「こんな所でなに黄昏ているんだ?」
「これからの事を考えていたの。目的を達して――それから私の人生はどうなるんだって」
「俺と一緒に生きていればいいだろう。生きているのは良い事だ。こんな世界でも、楽しい事だって沢山ある。今日みたいな宴会もな」
カレンは焼酎の瓶から豪快に直接飲んでいた。中々の酒豪である。キョウジも同じ様にしてウィスキーを飲んだ。疲れているからなのか、いつもより酒の回りが早いような気がする。ほろ酔い加減でカレンを見ると、ますます魅力的に映るのだった。こいつ、本当に綺麗になったな、と思わずにはいられなかった。そしてやや男勝りだが気持ちのいい性格は変わっていない。
「復讐を成し遂げれば私の中にある空虚が充たされるんだと思った。でもそうじゃなかった。結局私は鬼じゃなかったのね」
「鬼になんてなるものじゃない」
酒はどんどん進んでいった。
「ミユちゃんは一緒じゃないの?」
「迷子になられると困るから置いてきた」
「あの子なりに空気を読んでくれたのね」
「どういう意味だ?」
「私とキョウジ君、ふたりきりにしてくれたって事」
そう言ってカレンは身体をキョウジに寄せてくる。そういう雰囲気になっている事は明らかだった。そろそろ理性のタガが外れてくる。こんな魅惑的な幼馴染みの女がいて、それで――
「ねえ、キョウジ君。私もすっかり大人の女よ」
「おい」
「キョウジ君になら、私の虚しさを埋めてくれるかしら……?」
男と女がいて、死地から生還した歓びを経て――お互い、滾らないはずが無かったのだった。




