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バトル・オブ・タカラヅカ(2)





 騒乱はなおも続いている、だが不思議な事に、キョウジとコウイチが対峙しているその場は水を打ったように静かだった。仇敵――自分にとってはそうなのだろう。あまり実感は無かった。奴自身は、あの場所にはいなかったからだ。


「てめぇなぁ……自分が何してんのか、分かってんのかぁ……?」


 酔っ払いの様な間延びした声でコウイチが言う。実際酔っているのだろうと確信出来た。


 だが酔っ払いにしては機敏な動きを見せた。彼は西部劇の決闘者のように腰に身に着けた拳銃を抜き、キョウジの脇腹に銃撃を見舞った。


「ぐぅっ!」


 キョウジに打撃を与えられた者はここまで僅かしかいない。キョウジがやや疲れていたとは言っても、それは驚嘆に値する速さだった。舐められないな、と気持ちを新たにする。一旦距離を取る。簡単には懐に飛び込める相手ではないと分かったらだ。


「こうなったら、タダでは済まされねぇなぁ? てめぇを殺して、あの女も殺って、その後はニガワだ。焼き尽くしてやる」

「それがお前一人の力でやれる訳がないだろう。もっと部下を労わったらどうだ?」

「減らず口だけは一丁前だな。何なら俺の部下にしてやってもいいぜぇ?」

「酒臭い息を吐く奴を上司にはしたくないな」


 キョウジの戦闘の本懐は近接戦闘――それもゼロ距離に踏み込んでの戦いである。しかしコウイチは迂闊にはそこに踏み込ませない動きをしている。こちらの事を知られているのだ。キョウジは自分の〈加速時間〉の強みも弱みも知っている。一撃必殺が基本だった。それをしくじれば大きなリスクが伴うのもこの能力だったのだ。だからこそ、簡単には使えない。強敵と対峙すればなおさらそうだ。奇襲が出来れば良かったのだが、今回はそれも出来なかった。


 だが強く出られないのは相手も同じだった。一旦隙を見せてしまえば、あっという間にキョウジが懐に飛び込んでしまうのを分かっている。だから銃を構えて牽制している。


「〈早打ちのコウ(コウ・ザ・ラピッド)〉……そう呼ばれてた時期もあったなぁ……嬉しいぜ、お前はその時の気持ちを思い出させてくれる」

「ああ、そうかい」


 だが仕掛けなければ始まらない。射程は相手の方が有利。速度はこちらの方が有利。ならば速さに賭けるしかない。キョウジはいよいよ能力を解き放って彼に対して踏み込んだ。しかし相手はこちらが超スピードで踏み込んで掛かることを分かっている。コウイチは動揺せず、キョウジの動きを()()()牽制射撃を放つ。銃弾の動きは見えていたが、それだけに回避せざるを得ない。簡単に踏み込めない。すでに一撃貰っている。気に食わない。まったく気に食わない。


 だが勝負は一瞬で着く確信もあった。相手がやられるか、もしくはこちらがやられるか。紙一重の所にあった。


 そしてキョウジは彼の懐に飛び込み、短剣を首に近付けて――だがほぼ同時に、いや、それよりはほんの少し早く、コウイチはキョウジの脇腹に銃口を突き立てていた。


 そして、銃は剣よりも速い。


 キョウジの短剣が彼の喉元をかっ捌く前に、銃撃がキョウジを襲った。彼がほんの少しだけ遅かった。しまった、と心に後悔が走る。しくじってしまった。こんな事は滅多にあることじゃないのに。


 キョウジはその場に仰向けに倒された。勝ち誇ったコウイチの顔が見える。彼はキョウジの頭を踏み、止めの銃撃を放たんとして――


 その首が吹き飛んだ。黒い風が舞い、全てを飲み込んでしまった。黒い風――それは少女の形をしていた。


 それまで周りを牽制していたミユが、踏み込み、跳んで、コウイチの首を瞬時に刎ねたのである。


「兄ちゃんには、誰にも手出しさせない」


 少女はこの過酷な戦場にはひどく不釣り合いな黒いワンピース、そのスカートを舞わせ、仁王立ちで刀を構えていた。恐ろしい事だ――キョウジは助けられたにも拘わらず、その黒い死神の姿に驚嘆していた。そして守るべき対象であるはずの彼女に助けられたことを恥じた。


 キョウジは立ち上がった。デモンは致命傷を受けない限り、そのダメージは瞬時に回復していく。彼の脇腹から漏れていた黒い霧も見る見るうちに塞がっていった。それはいいが、しくじったという心の傷までは癒せない。


 周りの賊たちが、異変を察知して襲い掛かって来る。キョウジはすぐに気持ちを切り替えて、それらに飛び込んでいった。そこにミユも加わる。最早キョウジも彼女を止める気にはならなかった。


 銀の風と、黒の風が乱舞する。


 気が付いた頃には〈サンセットバタリオン〉の面々は完全に潰滅していた。二人だけの力だけでは成し得なかったことだ――勇気あるニガワの民が、ここを制圧したのである。だがそれは確かにキョウジとミユ、カレンが先頭に立って導いたものでもあった。


「勝った……俺達、本当に勝ったのか!」


 かれらは信じられない、といった顔をした後、それから歓喜の声を上げた。勿論、かれらも無傷ではなかった。幾らかの人達はやられてしまった。霧散して何も残さないデモンとは対照的に、その死体は何体も転がっている。それを悲しんでいる者もいる。だが総じては勝利の美酒に酔っていた。


 状況が落ち着いたのを見て、カレンがこちらに近寄って来る。彼女もまた、強かに生き延びていた。俺なんかよりよっぽど不死身なんじゃないか――キョウジは呆れながら同時に感心した。


 女は強いな、と思った。


 しかしなによりも心配だったのはミユだった。彼女は自分を抑えるように、はーっ、はーっと息を吐いている。身体を屈めながら、頼りの刀を抱いていた。


「大丈夫か?……いや、助けられてこんな事を言うのも何だが」

「だいじょぶ……怖くない、怖くないよ、うん」


 その言葉、そして震える身体を見て、ミユは敵と同時に自分自身と戦っていたのだと悟った。そしてそれは、彼女自身が望んだ戦いだった。


「ミユちゃんは強いわね」

「ううん、そんな事、ない……あたしはまだまだ弱い」


 カレンは屈むミユの傍らにしゃがんで、彼女の黒髪を撫でた。


「戦おうとする心、それがすでに強いのよ。自信を持ちなさい、ミユちゃん」


 なにより、貴方はキョウジ君を助けたじゃない――とカレンが言うと、そこで初めてミユは青ざめた顔の中に笑みを見せた。


「あたし……兄ちゃんの役に立てたかな」

「勿論だ。お前のおかげで勝ったんだ」


 すまない、と思う気持ちは取り敢えず放置しておいた。小さな身体に小さな勇気。そう、それはほんの少しの勇気のかけらだ。しかしほんのちょっとであってもそれを持ち得る者は少ないし、それを証明したミユは弱くない、決して弱くはない。


「あたし……戦いたかったの。ずっと。みんなの為に」

「無理する事はない。お前はお前の道のりで、進んでいけばいい」


 キョウジもしゃがんで彼女の事を見る。


「兄ちゃん、前に力のあるひとにはそれだけの責任があるって言ってた。

「そんな事、言ったけか?」

「覚えてるよ、あたしは。だから、あたしは自分の力を呪うんじゃなくて、どこかに役立てたくて、それで……」


 彼女は前に進もうとしている。それがどれ程おっかなびっくりでも、亀の歩みでも、進んでいる。それ位の速度で良いのかもしれない。キョウジは彼女がそういった意志を持っているなら、それを尊重しなければと思った。


「ミユちゃんはキョウジ君にただ守られてるだけじゃつらいんだわ。一緒の立場になろうとしてるんだわ」

「あたし、お姉ちゃんみたいに強くなれるかな?」

「勿論よ」


 キョウジはなんだか申し訳ない気持ちになった。勝手に彼女達の庇護者のつもりでいたことを恥ずかしいと思ったのだ。彼女達は守られずとも、強い。それは戦闘能力だけの問題ではない。もっと大事なもの――心の強さだ。俺こそもっと強くならねばな、とキョウジは気を引き締める。この旅はまだまだ長く続くだろう。それを彼女達と歩んでいきたい。それは今ここにある疑いのない気持ちだった。


 それぞれ孤独だった者達が肩を寄せ合う――それは、そんな光景だったのかもしれない。

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