バトル・オブ・タカラヅカ(1)
ニガワの村からもう少し行って、前にキョウジ達が〈サンセットバタリオン〉の前哨と交戦した橋がある。その先が敵の本拠になっている。この辺りは比較的緑も残っていて、川の水の恵みもある。しかし賊たちは自分たちで耕す事を考えたりはしない。何で奴らは場所が変わってもそんなのばかりなんだ、とキョウジは思う。何故奪う事が最優先になってしまうのか。それがひとの本能であり、デモン化することによって剥き出しになるのかもしれない――と考えるとやや暗い気持ちになる。
これからその構図を破壊する。
ニガワの住人は決して一枚岩ではなかった。蜂起に直接参加した者はその5分の1、200人程である。対デモンの装備を与えられた者は更に少ない。それでも十分だった。戦う意志がある者がそれだけいることは確かな人間の希望だった。キョウジはそう信じたいと思っていた。
「だが勝たなきゃ意味が無い」
「だいじょぶだよ、勝てるよ」
そう楽観するべきではない、と思いながらも健気なミユに言われるとそんな気になってしまう。それは必要な錯覚なのかもしれない。正義は勝つ。そう思わないとやっていられないのもこの世の現実である。だが自分たちは本当に正義の側にあるのか? この世界では気に食わないがどうしようもないもうひとつの現実がある――勝った者が正義。究極的に言えば、最後まで立っていたものが正義を決める権利があるのだ。そういう意味で、賊のニガワへの支配は単純にその強さに依るものだった。
「力。力か」
この世を引っ繰り返せるほどの絶対的な力を持てば、自分は何を望むだろうか、なんて事を彼は考えていた。気に食わないものを全てぶち壊していくのか? 望むものを何もかも手に入れようとするのか? しかしそれは虚しい事の様に思えてならない。
絶対的な力など誰も持ち得るものではない。その思索そのものが無駄である事をすぐに悟って、キョウジは目の前の現実に戻ろうとした。
力と言えば、数は何よりの力である。橋を渡って、キョウジ達が先導するニガワの戦闘部隊は大した戦いも経ぬまま、〈サンセットバタリオン〉の本拠に向かおうとしていた。聞いたところによれば、橋を渡ったここはタカラヅカという地らしい
カレンがニガワの住人を焚き付けたのは間違いではなかったのかもしれない、と待ち構えた賊の集団を見て思った。100名は優に超えていて、前衛に近接武器を構えた者が6割、後方支援を担当するであろう銃火器を構えたのが4割ほどだった。さすがにキョウジと言えどもこの数を捌き切れるものではない。いや、全力をだせばいけるかもしれない。だがそれは文字通り命を賭す危険を伴うものである。度を越した力の行使は出来れば避けたい。
待ち構えられている、というのが難しい所だった。睨み合いが続く。
「舐められたもんだなぁ……少し勝った位で調子に乗りやがってぇ」
集団の後ろにリーダーと思しき男が見えた。意外にも小兵だった。可愛らしい顔をしているとすら言えるほどの童顔だった。
「コウイチさん! やっちまいましょうぜ!」
「そうだなぁ……奴隷達には自分の身分を思い知らせる必要があるものなぁ」
リーダー……「コウイチ」と呼ばれた小男は気だるげな声で言う。負ける気はさらさらない、そんな事を考えてすらいないといった態度だ。つまり軽く見ているという事だ。だがこちらも舐めてはいけない。これだけの人数を束ねているだけのリーダーだ。
こいつが17年前のあの日、ナラを襲った賊の首謀者なのか。そう考えると少しずつ怒りが溜まっていく。それと同時に高揚感もある。長年の鬱屈、あるいはトラウマを発散する機会。だがそれを言えば、恨みなどを忘れかかっていたキョウジよりも、ずっと復讐の機会を窺っていたカレンのほうが気持ちが強いのだ。
「積年の恨みを晴らす――持たざる者の怒りを思い知れ!」
ニガワから参加した解放軍(とでも言うべきなのだろうか)の士気はとても高く、そして凛と気高く叫ぶ勝利の女神――カレンに呼応して雄叫びを上げる。賊たちは少し怯んでいるようだった。奴隷同然に扱ってきた者達が、ここまでの戦意を持ち得るとは思っていなかったのだ。
だが最後の責任は俺が背負わないといけないんだろうな、とキョウジは覚悟していた。女たちは意気揚々だが、それの尻ぬぐいをするのも――まあ彼女達を連れ歩いている男の甲斐性ではあるのだろう。
「行けェッ!」
戦いの口火を切るように、カレンが手榴弾を投げ付けた。さらに投擲する。爆発の混乱が収まらないまま、ニガワの住人達は突撃を開始した。
それを一言で言うならば、乱戦、だった。勿論キョウジもそこに参加していた。
「俺を見失うなよ、ミユ」
「分かってる、兄ちゃん」
あそこまで煽った手前、ミユを後ろに置いておくことは出来なかった。少女がここにいることで士気が上がっているのも間違いはなかったのだ。
乱戦の騒音はさらに勢いを増す。死んでいく者、生き残る者、その境目はささいな運の違いに過ぎなかった。整然とした戦術というものはなかった。恐怖は高揚に飲み込まれ、興奮は狂乱に飲み込まれる。原始的な戦闘がそこにはあった。尊厳を取り戻したいと願う者どもと、それを奪おうとしている者どもの戦いが。
キョウジは敵の後方に回り、銃火器を装備した面子を重視して潰していった。〈加速時間〉は使っていない。長時間の戦闘になることが予想されたからだ。
「押せっ、押せっ、押せっ、押せェェッッ!」
「気魄で負けるな! これは俺達の戦いだッ!」
そんな中でキョウジも乱戦に巻き込まれている。ニガワの軍は少しずつ正面を押し始めていた。数で勝ってるのもあるが、覚悟した者たちの士気がそれを導いていたのだ。その側面を援護するようにして、キョウジは立ち回る。しかし少しずつ疲れてくる。
「あたしも……あたしも戦うっ」
その後ろで、ミユが日本刀を抜く音が聴こえた。
「やめろ。お前は戦わなくていい……」
「そんなことない。みんなが、みんなが……戦ってるんだから!」
そのか細い声、細い身体、頼り無さげな脚とは裏腹に、彼女は刀を構えた途端、キョウジの露払いをするように次々と敵を斬り倒していく。だがいつもとは違った感じがあった、彼女は自分の「鬼」に飲まれていない。少なくともそう努力しているように見える。
それはある意味で、キョウジにも学ばされる瞬間、そう、瞬間だった。刹那の時を駆け、誰にも追い付けない――キョウジですら――境地にいるミユを見る。
別の所ではカレンも奮戦していた。自分の全てを出さんとするばかりに。これはもう、彼女にとってもただ復讐の為だけの戦いではなかったのである。人間の誇りを取り戻さんという戦いだった。
それは感動的とすら言える光景だった。うちひしがれた人間達が立ち上がり、自由と尊厳を取り戻さんとばかりに戦う。その意味を、斃されていくデモンには分からないだろう。持たざる者の痛みを、彼らは分からないだろう。だがキョウジは知っている。あの孤独の中、焼け野原になった原風景の中で。
自分の仕事をすべきだと思った。雑魚どもとの戦いはニガワ軍が押している。当然死者も出ていたが、それ以上に気魄が勝っている。だがこのまま押し切ることも難しいだろう。ここではただ刹那の勝利ではなく、決定的な勝利が求められる。つまり、敵の頭を叩くのだ。
だからこそ、キョウジは正面戦闘はカレンが率いているニガワの蜂起部隊に任せて、自分は迂回していたのである。
〈サンセットバタリオン〉の頭目――コウイチは少なからず動揺しているようだった。デモンの力に胡坐をかいているからそうなるんだよ、とキョウジは言いたかった。でもそれは自分にも跳ね返ってくる言葉なので口にはしなかった。
「キョウジ・ザ・シルバー……お前か! お前が、全てをっ!」
「お前を倒すのは俺じゃない。ここにいる人々の志だ」
美味しい所だけ持っていくのはどうなのかな、と思いながらキョウジは言った。




