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ニガワの村





 デモンの数少ない良い所は死体を残さない事である。黒い霧になって、それは次第に消えて行って、後にはなにも残らない。環境にも心境にも衛生的である。だがそこでキョウジは自分もデモンであることを思い出す。自分も、死んだ後には何も残らないのだろうか? 文字通り無になってしまうのか? それを考えるとぞっとしない。


 その、まるで最初から何も無かったかのように無人となり、吹きすさぶ風に晒され、揺れるテントが建てられた〈サンセットバタリオン〉の検問営舎をみてそんな事を考えた。勿論、自分がそうしたのだ。


「こうしてみると呆気ないものね」


 こういった戦闘にも慣れているのだろう、カレンは怯えもせずにそう呟いた。


「なに言ってる。お前が暴発したから俺が苦労したんじゃないか」

「それにしては平然な顔をしてるけど」


 減らず口を……と言いかけてキョウジは止めた。そうすれば口論の泥沼になり、そして口論ではカレンに勝てた事は一度も無い。勝ち目の無い戦いにわざわざ挑むほどキョウジは蛮勇ではなかった。


 有難い事に――或いは厄介な事に――カレンはその辺りの機微を察して気遣う優しさも持っていた。彼女は一時(いっとき)の鬼の形相を引っ込め、今は穏やかな表情をしている。


「ごめんね。貴方がここまで強いとは思っていなかったら。私はキョウジ君に助けられたわ、また。有難う」

「気にするな。これも俺の責任だ」


 しかしこれからが問題である。取り逃がしは無かったが、異変はいずれ知られるだろう。最早相手との全面戦闘は避けられないし、また避ける気も無かったが、出来るだけ有利な立場は保っておきたい。そこで問題になって来るのが、まだ自分達は敵の本拠を知らないことだった。となれば皆殺しは悪手だったかもしれない。ひとり位は残して、アジトの在処位は吐かせても良かったのかも。


 とはいえここから遠い場所でもあるまい。


 戦闘が終わったのを見計らってから、ミユがやって来た。彼女は対して恐怖もしていない。そこがミユの良く分からない所である。彼女が怖いのはいつだって自分自身だ。戦闘を眺めている内には怯える事はないのである。小心者の癖に。でもそれだけ自分が信頼されているという事なのかもしれない。


「いっぱい物資があるよ! これでしばらくは食べ物やガソリンには困らないね」


 ミユはいそいそといくつかのテントを見て回ってキョウジに報告した。別に略奪したくてしたんじゃないんだがな、とキョウジは困ったが、貰える物は貰っておくのに越したことはない。


「お前も随分旅に慣れて来たなあ」

「えへへ」

「褒めている訳じゃないぞ。勘違いするな」


 それは奪う事にして、しかしひとつの場所に留まっているのもすこしまずい気がする。この辺りは〈サンセットバタリオン〉なる山賊団の支配領域なのだろう。


「少し辺りを探ってみるか。何かあるかもしれない」


 そう言って、橋を渡る前に近辺を探った。そうするとひとつの村があった。村どころか小さな集落と言うべきかもしれない。そこには緑が残っていて、最初から広大な草場があったような感じがある。なにかのスタンドだと思しき大きな建物がその広場を睥睨するように建てられて、かつては何かのイベントを行う施設だったことが窺える。それにしては大規模でもある。ポツンポツンと立っている紅白の太く高い棒が何を意味しているのかも分からない。それも残っているのは数本だけで、他は折れている。残っている棒の先には何か数字を書いた標識もあるが、その意味もやはり分からない。まあ前時代の遺物と概してそういうものだが。


 村の名前は「ニガワ」と言った。


 きっと戦前、文明が残っていた頃は数万人を収容していただろうスタンドに村人は住んでいた。その人数は1000人にも満たない。この広さに対してあまりにも淋しい。


「ヘンな所だね」

「しかし建物は残っているからな。こういう所にも住まなければいけないのが今の世の中だ」

「あたしはもっと小ぢんまりした方が好きかな」


 ミユの機嫌は悪くないようである。それに対してカレンはまだピリピリしている。さっきの戦闘の余韻がまだ残っているようだ。


 それにしても村人には生気がない。生きている、というよりは死んでいないだけ、といった感じだ。何かおかしいな、とキョウジは思い始めた。いままで訪れてきた街や村は、ひもじい思いをしながらも、暴虐に晒されながらも、何とか明日への希望を見出そうとあがいている人達ばかりだった。ここの住人は違う。絶望しながら、絶望に安住している様な感じがあったのだ。


 住人はキョウジ達を拒否はしなかったが、歓迎もしていなかった。亡霊の様にうろつき、一応農業や牧畜をしているみたいだったが、生産している歓びは彼らには見当たらない。


「ここはサンセットバタリオンの支配下にある」


 村長はそんな事を言った。


「どういう事だ?」

「我々の生産物を上納する代わりに、彼らに安全を守られているのだよ」


 なるほどね、とキョウジは思った。それはそれで生きる為の知恵である。しかし今から自分はその安寧を破壊しようとしているのだ。


 憤激したのはカレンだった。


「そんなの……丸っきり奴隷じゃないの!」

「何と言われても構わん。だが我々も命は惜しい。生きられるなら……」

「そんなの、生きているって言わない。死んでないだけよ」


 キョウジが思った感想を、そのままカレンは述べた。


「貴方たちはそれで、それで本当に良いんですか? あんな無法者たちに、生かさず殺さず搾られて、尊厳も何も無い……」

「……我々とて、本当にこれで良いとは思っていない。だが仕方無いのだ」

「生きる為には、立ち上がらないと」

「その辺りで止めておけ」


 熱くなりがちなカレンをキョウジは諫める。隣にはすこし不安気な瞳で、刀を抱いたミユがいる。


「正義を説くだけで何かが変わるなら、世界はこんな事になっていない」


 キョウジとて義憤を感じていない訳では無い。だが一方で現実がある。彼らの生存戦略(と呼べるものであるならば)を頭ごなしに否定できることは簡単には出来ない。力無き者はそうなる。そういう乾いた世界なのだ。しかし……


「だが貴方達の思いとは関係無しに、俺達は奴らを潰す。すでに一回交戦した。もう後には退けない」

「何という事を! どうして」

「奴らは俺達の仇だからだ」


 村長は怯えるように震えた。


「……出て行ってくれ。そんな貴方達を迎えたとあれば我々も責を問われる」

「そうだな。その方がいい。死ぬのは俺達かもしれないしな」

「ダメよそんなの!」


 憤懣やる方なしという風にカレンが叫んだ。意外な事に、それに同調したのはミユだった。


「そうだよ。そんなのダメ。生きるなら自分の足で立たないとダメなの」


 小さい少女にまでそう言われて、村長のメンツは潰れる。しかし、それで亡霊の様だった彼の瞳に火が灯る様な感じがあった。


「こんな世界でもかな? お嬢ちゃん」

「こんな世界だからだよ。誇りまで失って、生きる意味なんてどこにも無い」

「お前、そんな事を考えていたのか?」


 普段びくびくしているミユが、そんなしっかりした考えを持っていたことがキョウジには意外だった。


「あたしだって……子供じゃないもん」


 それはむしろ自分に言い聞かせているような言葉だった。だがそれでキョウジも、そして村長も心が動かされる。純真な少女が言うからこそ、意味のある言葉だった。


「そこまで言われれば、儂達も……」

「蜂起するのよ! 自分の人生は自分達でつかむんだ!」


 そこまで強く生きられる人間はそんなにいない――カレンが強すぎるのだ。気丈とも言える。だがミユの言葉が呼び水になって、村長にもその強気が伝染し始めていた。


「――明日、村の者たちを集める。それでどうするか決める。貴方達はここで一晩泊っていくと良い」


 彼はそう言った。

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