知らない仇敵
まったく意外な所からの衝撃にキョウジはしばし茫然としていた。
「あぁ? 何言ってんだこのアマ」
「お前らのせいで、お前らのせいでッ……!」
カレンは激昂を抑えられないようだった。だがまだ怒りに我を忘れるまでには至っていない。それでも、彼女はすでに機関銃を構えていた。今にでも暴発しそうだった。
カレンの言っている事が本当なら、キョウジとしても戦うことに異論はない。許せない気持ちは同じだ。正しければだ。多分カレンは間違っていないだろう――しかしこうやって彼女が怒りに震えているからこそ、自分は冷静にならなければいけない。
だとしても17年前の事である。こいつらはその後に〈サンセットバタリオン〉に加入したのかもしれない。忘れているかもしれない。どちらにせよ、こちらの顔など覚えてもいないだろう。そういう奴を仇として屠る事は果たして正しいのか。キョウジには少し迷いがあった。薄れつつあった怒りを思い出しながら、彼は相手を見据える。
「そんなことあったけか?」
「分からんなぁ。なんせ街の略奪なんか日常茶飯事だしな」
そう言いながら男たちはまたいやらしい笑い声を上げる。それがまたカレンの火に油を注ぐ。彼女は銃を持つ手を震えさせている、一方銃を向けられた側は全く怯えていない。ひたすらにこちらを軽く見ていた。ムカついてきたな、とキョウジも次第に戦いの気持ちになっていく。
「私は――ずっとお前らを探してきた!」
「落ちつけカレン。まだだ。焦るな」
「私は止まれない!」
その言葉は本当であり、そして真剣だった。彼女の我慢が利かなくなっていた。もう遅い。となれば、キョウジはこの先の事を考えねばならない、カレンは完全に冷静さを失っている。あの戦闘でみせたような冷徹ぶりは期待できない。とすれば、彼女を守りながら戦うことが求められる。
「キョウジ君、どいて! 全部殺してやる!」
戦闘が始まった――始まってしまった。カレンのマシンガンが火を吹いた。それは奇襲になり、並んでいた男達の一人を蜂の巣にした。程なくして黒く霧散する。
「て、てめぇッ!」
一旦火ぶたが切られた混沌は誰にも止める事は出来ない。こちらが死ぬか、向こうが死ぬかだ。まさに死戦になる。キョウジはその予感を忘れないとした。緊張を意図的に深める。しかし呼吸は整える。彼はもう後には戻れないとばかりに短剣を抜いた。
「てめぇら、こんな事してタダで済むと思うなよ!」
意識を集中する。この後に起こる事は分かっている。
二人並んだ男が小銃を構え、カレンに向かって銃撃を――しようとした。だがキョウジの〈加速時間〉が発動する。世界が歪み、風の音すら鈍く感じられるようになる。しかしここでは仕留める事は最優先にしない。銃撃を妨害するのが最優先だ。彼は一人の懐に潜り込み、短剣を胸から喉に突き刺さるようにして抉った。だがこれでは不十分。まったく間隙を与えず、隣の男の腕を鋭く蹴り、小銃を手放させた。
「な、なんだ――」
キョウジの超加速に出遭った者は誰もがそう驚愕する。このスピードに付いて来られる者はいない――いや、ほとんどいない。銃を蹴飛ばされた男は体勢を崩し、呆気に取られていた。その隙を見逃さなかったのは、カレンだった。彼女のマシンガンから銃弾が雨霰と放たれる。哀れな男はそこで絶命した。しかしここまで撃ち込む必要はない筈だった。あからさまなオーバーキルだ。それだけカレンは憤怒しているという事である。
「おい、銃弾は無駄にするな」
カレンは全然聞いていない。皆殺しにすることで頭が一杯だった。やはり冷静さを失っている。彼女はそのまま突撃しようとていた。
そういった状況を見て、バイクの所で座っていたミユが駆け寄って来ようとしていた。
「兄ちゃん!」
「お前は来るな! これは俺達の戦いだ!」
それをキョウジは声だけで制止させる。素直なミユはそのまま立ち止まった。いずれにせよ、ミユを戦わせるつもりはない。特にこういった戦闘では、だ。
カレンは今すぐにでも踏み込みそうだったが、その前に異変を察知した賊の群れがテントから顔を出し始めた。全員が銃を持っている訳ではなかった。だが半分くらいは持っている。本格的にまずいことになったな、とキョウジは舌打ちした。20名ほどはいるだろうか。これを殲滅するのは、不可能ではないが骨が折れる。油断も出来ない。なにより今はカレンを気に掛けて動かねばならない。
「この野郎! 全員死ねッ! 死ねッ! 死ねェッ!」
だがそのまま突っ込むほど彼女も無謀ではなかった。奴らが出て来た所に、プロテクターにぶら下げられていた手榴弾を投げ付けたのである。見事な手際だった。ピンを抜くところから、精確に集団の中に着弾させるまで。これだけ激昂しているのにも拘わらず、それが出来るということは彼女がそれだけ戦闘慣れしている証だった。
炸裂した手榴弾はすぐに爆風を見せた。デモン隕鉄の破片が込められた榴弾らしく幾人かはそれで死んだ。しかしそれでは飽き足らず、と言わんばかりにカレンは2撃目を投擲する。
対デモン手榴弾となれば、かなり貴重な物の筈だ。それを惜しげもなく使っている。ということは彼女がいかにこの戦闘に命を懸けているか、である。
混乱している――
キョウジの闘争本能が、仕留めるなら今だ、と囁いていた。
その時、彼は闘争の化身となる。斃すべきものを斃すべく為に、守るべきものを守るべく為に。そこに一切の躊躇は無い。躊躇を捨てる心の術もすでに学んでしまった。だがそれでいい。戦う意味が、生きるべき意味が増えるのなら、それでいい。
彼はカレンに対してそう思っていた。
キョウジは未だ手榴弾の煙が残っている中に突っ込む。能力は最大限に引き出している。この1邂逅、1会戦で全てを終わらせるつもりだった。賊はまだ慌てふためいている。その隙を逃さない。捉える。完全に。1人、2人、3人、4人、5人、6人、7人。8人――有馬和美によって丹念に磨かれた短剣が、次々と、着々に、確実と、冷酷に、相手を葬り去っていく。9人、10人、11人、12人、13人、14人、15人――
その先は数えなかった。どうせ皆殺しだ。数を数える意味なんかない――研ぎ澄まされた思考の中でなお、キョウジはそう考えていて、しかし身体は自動的に動いていた。
「すごっ……」
カレンは茫然として呟いていた。援護射撃もしない、いやする必要も無かった。しかしそれはキョウジの耳には届いていない。
それが、一度鬼神となれば後には戻らないキョウジの矜持だった。
一人残さず殺す、屠る。この戦闘を本部に知らせる事もさせない。そこまでの冷たさが彼にあった。最後の一人、背中を見せて逃げ去ろうとしている男を――
しかし仕留めたのはカレンの銃だった。
昂った心を整える。〈サンセットバタリオン〉が建てていた営舎はからっぽになっていた。心が落ち着いてくると、その事がどうしようもなく虚しく感じる。戦いの虚しさ――それを長年の旅で覚えていたからこそ、復讐の気持ちは抑えていたのだ。だが。
取り敢えずそれ以上考える事は止めて、カレンに向かい合った。彼女は茫然としている。怒りが発散されてしまったのか、いやそうではあるまい。しかしこの非現実的な情景が、彼女の情動を一時麻痺させていたのだった。それをもたらしたのがキョウジだった。
「凄いわね……正直、ここまでとは思ってなかった。シンカイチでは手抜きしてたの?」
「そういう訳じゃない。戦いで気を抜く事は無い。だがあの時はお前がいたからある程度楽が出来たってだけだ」
「だからって、この手勢を一瞬で……」
「お前が作った隙だ。それを逃さないようにと思っただけだ」
感謝するよ、とキョウジが言ったらカレンは頬を赤く染めた。どうやら怒りは完全に発散されずとも、ある程度は落ち着いていたらしい。
「それより、本当にこいつらがナラの街を襲った奴らなのか?」
そう問うと、カレンは真面目な顔に戻って返した。
「間違いないわ。〈黄昏の大隊〉。私、あの時の情報をずっと集めてたの。居場所まで突き止めるのは出来なかったけど。でも、こんな所で……」
「それが確かならば、奴らはぶっ潰す」
怒りはあるが恨みは薄れていた。今更復讐など考えて何になろう? だが仇敵がそこに居て、それを無視できるほどキョウジは大人でもなかったし、臆病でもなかった。
戦闘(と呼べるものだったなら、だが)が終結すると、ミユがたったと駆けてきた。この子にも悪い事したな、とキョウジは思った。
「兄ちゃん、だいじょぶ?」
「俺は無敵じゃない、が……お前の前では無様な真似は見せない」
「お姉ちゃんも」
「私も大丈夫よ。怖い所見せてごめんね」
ミユはホッとした顔を見せた。憤怒に震えているカレンはもういなかった。本当は優しい子で、それに少年時代は救われて、でも――
今度は俺が彼女を救うべき時だ。
「兄ちゃん、まだ戦うんでしょ」
「よく分かったな。お前も俺の事が分かってきたようだな」
それは嬉しい事でもあるが……申し訳無いことでもある。
「取り敢えず、このこの辺りは奴らの支配圏のはずだ。まずはそれを探る」
キョウジは向こう側に見える山を眺めた。その本拠地はその前にあるだろう。それを考えながら。




