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川沿いの先に





 一晩明けた朝である。冬らしく陽がのんびりと昇ってくる。すっかり快晴だった。雨は一時的なものだったらしい。だがその雨で急激に気温が下がったようだった。とても寒く、荒地の端々にわずかに生えている雑草には霜が降りていた。吐く息も白く、いよいよ冬が深くなっていく事を予告している様だった。


「ああヤダヤダ。ただでさえ冬は嫌いなのに……」

「カレンは寒いのが苦手だったものな」

「貴方だって同じでしょう」


 ともあれ、二人は早く春がくるようにという気持ちで一致した。大破壊以後、世界の気温は下がり続けている。暖房や防寒具も簡単に仕入れる事は出来ない。冬は死の季節なのである。


「我慢、ガマンだよ、お姉ちゃん」


 ここでキョウジはおや、と思った。ミユが普通にカレンと話している。あまつさえ「お姉ちゃん」呼びだ。一体どうなっているのか。一晩でこんなに変わるものなのか。最初キョウジはミユが努力をしている、あるいは無理をしていると考えたが、どうもその様ではない。ミユの態度はごく自然で、とてもリラックスしている。


「お前達、俺が寝ている間に何してたんだ?」

「ふふ、それは秘密よ。女には女だけの世界があるんだもの。ねー」

「ねー」


 二人が仲良くなったのは良き事だが、キョウジは呆れてしまう。女はこういう所がある。男と比べて連帯するのが得意なのだ。すぐに仲良くなってしまう。それは生きる為の知恵、或いは本能なのだろうが、それにしたって簡単すぎるだろうと思わざるを得ない。


 そしてミユは人見知りで臆病だが、一方で一旦心を許した相手にはすっかり懐いてしまう。ちょろいのである。今回もそうなっているようだった。まあ、カレンは勝ち気だが優しい子でもあった。それも変わっていないのだろうし、ミユに対してもそれを発揮したのだろう。


 良き事であるが、由々しき問題でもある。女が連帯すると男一人ではどうしても不利になってしまう。彼女達が色々我が儘を言い出したら、キョウジに抵抗する術はない。下手をしたら彼女達の奴隷にすらなってしまうかもしれない。心優しい二人ならそうはならないと期待したいが、女と言うのは急に豹変するものでもある。それに心を扱う手管では男では絶対に敵わないものなのだ。


「女心と秋の空……」

「何言ってんの?」

「兄ちゃん、もう秋は終わったよ。来年にならないと来ないよ」

「そういう言い回しがあるんだよ」


 携帯食だけで朝食を摂っている間の会話である。そんなに急がない旅である。ミユの記憶を探すという目的はあるものの、基本的には気ままな旅だった。のんびりしていた。危急を要する案件はどこにもない。


 尤も、いつまでも一つの場所にいられないのもキョウジの性分だった。


「そろそろ行こうか」


 そうしてクルマとバイクを並走した旅が再開される――それは良いのだが、すぐに川に阻まれてしまった。鉄道跡沿いに走っていたのだが、線路を繋いでいた橋がものの見事に崩落している。となれば今度は川沿いに進んで生き残っている橋を探さねばならないのだが、それが全然見当たらない。西から来た時、確かにこの川は渡った筈なのだが、まずい事にキョウジは地理を把握するのがひどく苦手なのである。


「ちょっと、ストップストップ!」


 カレンがドア窓から顔を覗かせ、叫んだ。仕方なくかれらはここで一旦停止する。そして現状を確認しようとした。カレンがライトバンから降りてくると、キョウジに方位磁石を見せた。


「そんな物持ってるのか。用意がいいな」

「何で貴方は持ってないのよ――それはともかく! 私達すっかり北に向かっちゃってるわよ!」

「そうみたいだな」

「他人事みたいに言わないの!」


 年下の癖にお姉さんぶりたがる癖がまた出ている。


「キョウジ君、西から来たんでしょう。どうして


橋がどこにあるか覚えてないの?」

「気ままな旅だからなぁ」

「キョウジ君は危機感無さすぎ。その方向音痴は直した方がいいわ」

「方向音痴じゃないぞ。自然に阻まれているだけだ。大体お前の方はどうなんだ。お前も旅をしてここまで来たんだろうに」

「私はもっと北回りで来たの!」


 そんな事を言い合っていると、ふとミユが悲し気な声で言った。


「兄ちゃんたち、喧嘩しないで」


 温和なミユにそう言われると、ヒートアップしていた二人(いや、熱くなっていたのはカレンだけだ。自分は冷静である)は大いに反省した。喧嘩をしている訳じゃない、と言い訳しそうになったが、ミユにはもっと優しくしたい。悲しんでいる少女を見るとこちらまで悲しくなりそうだったからだ。


「すまん。反省する」

「ごめんね、ミユちゃん」

「分かってくれたらそれで良いの」


 ミユはすぐにニッコリと笑った。カレンは「可愛いなぁ、もう」と言った。彼女は彼女でミユにメロメロらしい。


「しかしこれからどうするかだな。もしかしたらあの駅の南に橋があったのかもしれない」

「なら引き返しましょうよ」

「でも確実な記憶じゃない。ここまで来て戻って、それで外れだったら間抜けもいいところだ。それは御免だな」


 さっきよりは幾分かカレンも冷静である。


「だったらどうするの? 私は貴方の決定には従うわよ」

「ゆっくり旅を続けよう、って事だ。急ぐことは何もないんだからな」


 つまりこのまま川の流れに身を任せようという事である。尤も川の流れは逆流だったが。


「まあいつかは見つかるだろ」

「どうしてそんなに暢気なのよ……よくそんなのでここまで生きてこれたわねえ」

「それが兄ちゃんの良い所だよ。のんきで良いんだ」


 カレンは溜息を吐いた。ともあれそれで再び走り始める。


 程なくして橋を見つけた――だが邪魔者もついでに居た。この辺りを根城にしていると思しき野盗団が検問を行っていたのである。橋向こうにテントを何基も建てていて、ジープも6台ほど停まっている。守っている衛兵は3名。全員が銃で武装してある。しかしこれだけではなく、テントの中にもある程度の人数が待機しているだろう。かなり本格的な組織と見てよさそうだ。


「面倒臭いことになったな」


 蹴散らそうとすれば蹴散らすことは出来ると思う。だが余計な戦闘は避けたいのも人情である。


「どうする? やるの? 私の準備はオーケーよ」

「弾薬が無かったんじゃないのか」

「あの時は手持ちを切らしただけ、クルマにはまだ予備弾は積んでいたのよ。まあ、もう残り少ないけど……」


 彼女にもいずれ須山書房を案内すべきか、と思った。いずれは自然とそうなるだろうが。


「あんまり戦いはしたくない所だな」

「何よ。怖気づいちゃってるの? あのキョウジ・ザ・シルバーが」

「俺はそこまで血に飢えていない。無益な戦闘はなるべき避けるべきだって事だ」


 99パーセントの勝機があってもたった1パーセントの危険性を軽視しないのが彼のモットーだった。そして戦闘というものはいつでも不確定要素に充ちている。一歩間違えれば死神の鎌が待ち構えている霧の中に飛び込むことになる。死の予兆はどこにでも転がっているものだ。


「取り敢えず話を聞いてみてからでも遅くはない」


 気に食わない話ではあるが、向こうがそこまで業突く張りでなければ、許容できる出費であれば渡してもいいかという思いになっている。とは言え言い値で渡す気もない。ある程度は交渉してみるつもりだった。


「一応武装はしておくわね」


 カレンは短機関銃と手榴弾を携えた。ミユはすこし遠い所に置いておいて、話をしてみる。


「何だあんちゃん。ここを通りたいのか? だがそっちの女は物騒だな」

「無駄話はしたくないから単刀直入に聞く。幾ら出せばいい?」


 しかし向こうが提示した金額は到底飲めるものではなかった。交渉の余地もなさそうだった。相手は完全に自分達が強い立場にいると思っているのだ。


「それが嫌なら遠回りするんだな。この近くには橋なんて無いけどな!」


 男達は下卑た笑い声を上げる。カレンが苛ついているのは分かっていたが、まだ暴発はしない。


 そしてそのねちゃねちゃした嘲笑をさらに歪め、奴らのリーダーと思しき男が少し離れた所にいるミユを見やった。


「そこの嬢ちゃんをくれるなら金はタダでもいいぜ」

「馬鹿か。そんな要求が飲めるか」

「別に奴隷にする訳じゃねえよ。ウチのリーダーの嫁にするんだ。嫁はすでに何人もいるがな」


 あの方は女好きだからなぁ、と男は言った。


「大して変わらんだろうが」

「そうでもねぇぜ? リーダーは女好きだが、女には優しい方だからな。危ない旅も止められて贅沢三昧出来るって寸法さ。そうだ、お前も仲間に入らねぇか? 何で旅をしてるか知らんが、俺達と面白おかしく生きていくのも悪くないと思うぜ、なぁ?」

「俺達〈黄昏の大隊(サンセットバタリオン)〉はかなり儲けてるからなあ!」


 大層な名前だな、こういう奴らほど大仰な名前を名乗りたがるのは何故だろうとキョウジは思った。いずれにせよ話にならない。ここは大人しく南に戻ろうと考えた。


 だが、しかし――


 空気が変わったのはまさにその時だった。


「〈サンセットバタリオン〉……そうか、お前達か」


 その声に振り向くと、カレンが尋常ならざる、この世のものならざる、鬼の形相を見せていた。


 そして彼女は言った。


「キョウジ君、こいつらよ――私達の街を焼き払ったのは!」

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