再会
スズランは銃撃した格好のまま動けていない。殴り込んだ女は足を崩して倒れ込んだままだ。そしてミユはそれが唯一つの頼りだというように日本刀の鞘を擦っている。なんともはや、とキョウジは思った。何故ここにいるのは女ばかりなのだろう。自分だけが男である事になんだか妙な気恥ずかしさを覚えてしまう。
「おい。お前、大丈夫か?」
「お前なんて言わないで」
取り敢えず気に掛けるべきは投げ捨てられた女だったのだが、彼女は無粋な顔をして動かない。しかしキョウジが手を差し伸べると、意外と素直にそれをつかんだ。そして立ち上がる。服の埃を払うような仕草をしている。キョウジはどこから手を付けて良いのやら分からなかった。これだから女は面倒臭い。そう思わざるを得なかった。
「弾切れしなかったら、こんな奴なんて問題無かったのに」
「そこまで計算して殴り込むべきだっただろう。そこまで計算しないと生きていけないぞ」
「ふん」
彼女は自分の武装を拾い始める。口ではこう言ったが、ここまで〈バンガード〉を追い詰めた手腕は認めざるを得ない。自分はただ最後の仕事を肩代わりしただけだ。キョウジはそう思っていた。しかし女が無謀なのもまた事実だ。そこは窘めたくなる。女の素性は全く不明だが、こんな生き方をしていると長くは続かないのも確かだからだ。
「あんた、賞金稼ぎか?」
そう言った生業をしている人種が存在する。という事は、賞金を懸ける者がいるという事でもある。〈鉄腕のダイジ〉とか言ったか。彼は賞金首になっていたのだ。
キョウジは賞金稼ぎのような生き方はしたくなかった。稼ぎにあくせくするのはあまり好きではない。日々の暮らしを凌いで行ける物資、それから少しばかりの金銭があればそれで十分だったのである。とは言っても、そこまで賞金稼ぎと自分に差があるとも感じてはいなかった。賞金首を狙う、という殺伐した感じが嫌なだけであって、悪党退治をしている事には変わりない。事実今、女とキョウジの目的は一致していたのだ。
「そう。それがなにか?」
「もっと賢い生き方だってあるだろう」
「卑しい賢者になるよりは、誇り高い馬鹿である方が私は好きなの」
凛として言う彼女。ついさっきまで命の危機に瀕していたことなど忘れているようだ。付ける薬はないな、とキョウジは呆れた。
しかしそこに奇妙な懐かしさを感じるのは何故だろう。キョウジはその違和感に囚われたままだった。
「あんた、名前は?」
「まだ気付かないの? まぁ、いいけど……」
女は妙に残念そうだった。違和感はますます膨らむ。
「は?」
「戦いは終わった訳じゃないわ。まだ残党がいる。それを掃討して攫われた女性を助けないと」
「弾切れじゃなかったのか?」
キョウジがそう言うと、彼女は懐からアーミーナイフを取り出した。さらに呆れるしかない。
「ここまで来たらやるしかないでしょう」
勝ち気な女はどうも苦手だな、とキョウジは感じ続ける。慎ましい女が好みという訳でも無いのだが。
「貴方がいればまず勝てるでしょう。キョウジ・ザ・シルバー」
「俺の事を知っているのか」
「そりゃあ、この界隈で暴れ回ってれば、嫌でも名前は売れるでしょ。最初に〈シルバー〉って名付けたのが誰かは知らないけど」
女は何か愉しむようにそんな事を言っていた。
「だからあんたの名前を訊かせろよ。お前、とか女、とか呼ぶのは俺の趣味じゃないんだ」
「……まだヒミツ」
「なんでだよ」
「兄ちゃん。ゆっくり話してる暇ないんじゃない?」
どうにも先に進めない会話を遮ったのはミユである。少女はどこか不機嫌そうだった。
「敵を倒すんでしょ? だったら混乱している今の内にやっちゃわないと」
「貴方よりも連れの子の方がよく分かっているようね」
そしてその様になった。
◇
頭を失って指揮系統の混乱した残党を掃討するのは訳が無かった。数は多くても烏合の衆である。所詮は志も持たず、ただ堕落した略奪に溺れている賊である。そんな程度なのか。
「スズラン、あんた生きてたのね!」
シュクガワの街から攫われた女達とスズランの対面。感動的な再会なのだろう。しかし彼女達はこれからどうやって生きていくつもりなのか?
その答えをスズラン自身が言った。
「私達は……あの町で生きていくわ」
「女だけで大丈夫なのか?」
「女だけでも生きていける。男とか女とか関係ないわ。この世界で生き延びる覚悟があれば何だってやっていけるよ」
女は弱い。けれども強い。そんな存在である。
スズランは運転が出来るらしく。救った女達をトラックに連れてシュクガワに戻った。そこまではキョウジも付いていった。そして賞金稼ぎの女は自分の車を持っていた。そのライトバンを駆って、キョウジの後ろに付いて来た。
「お世話になりました。有難う」
スズラン達は礼を言って街に戻った。これ以上やれる事は、神ではないキョウジには最早何も無い。彼女たちはこれからもこの地で大地を耕し、肩を寄り添い合って生きていくのだろう。未来が明るい、とは決して言えない――だがそれでも生きていくしかないのだ。こんな世界でも。こんな世界であればこそ。
「で、あんたはどうするんだ」
「勿論、賞金を受け取りに行くわ」
「だが仕留めたのは俺だぞ」
「じゃ、一緒に付いてく? 取り分は……貴方が7割で良いよ」
「随分と気前が良いな」
「貴方に助けて貰ったのは事実だもの」
色々釈然としないものはありつつも、貰える物は貰っておくのが生きる為の鉄則である。賞金稼ぎの片棒を担いだ感じは否めないものの、まあいいだろう
それにしても、彼女は大分稼いでいるらしい。女の身一つであれだけの武装や車を手に入れられる程なのだ。そんな女ならもっと有名になってもおかしくない筈だが、キョウジは知らなかった。
シンカイチからすこし南に下った所にその街はあった。この近辺ではかなり潤っている街らしく、武装も十分で、安全が確保されていた。すぐ隣に大規模な野盗団があったとは思えないが、きっとお互いに手出し出来ない膠着状態が続いていたに違いあるまい。その隙間に賞金稼ぎや、あるいは単純にキョウジのような旅人の生きる所がある。
メリケン、という街だった。戦前は商業地区として賑わっていたらしい。それと同時に隣には工場もあり、微かではあるが稼働しているようだ。
「ようやってくれた。コウベの地は平和でないといかん」
賞金を懸けていた町長はキョウジ達にそんな事を言った。この辺りがかつてコウベと呼ばれていた事はここで初めて知った。キョウジはもっと東の出身だった。いずれにせよ、今や地名というのは断片的になっていて、地と地の繋がりを感じさせることはあまりない。いかにも殺伐としているが、仕方あるまい。
町の南には埠頭があり、今は誰も運転できない船が止まっていた。彼女は航海することも出来ず、住民の憩いの場になっていた。キョウジ達はその中にあるバーに入り、改めて女と話をする場を設けた。
人と人の出逢いは一期一会。たまたま共闘した事でそれなりに礼は尽くさないといけないとは思っていたが、これで再び会うことはないだろう。
そう思っていたのだが。
キョウジと女は近所で栽培している枝豆をつまみにしながら、珍しい飲み物、ビールを飲んでいた。女も酒には滅法強いらしく、どんどん飲んでいくが酔っ払うことはない。まあ、それほど強いアルコール飲料でもないが……
ミユはキョウジの傍に座って、何だかつまらなそうに緑茶を飲んでいる。何も喋らない。何か思う所があるのだろうか。キョウジが別の女と親しくしていると不貞腐れるのはこれに始まったことではないが。
「なあ、そろそろあんたの名前を教えてくれよ」
キョウジは問うた。すると女はすこし哀し気な顔をして、それから優しい微笑を浮かべた。不思議だった。何故彼女にここまで懐かしさを覚えるのだろう? 何かが思い出せそうな気がする。だが、何が――
「まだ分からないんだね。まあ小さい頃のお互いしか知らないんだから仕方ないけど」
女はくすくすと笑う。
「でも私は気付いていたよ。いいえ、貴方の名前を噂に聞いた時からずっと会いたかったわ――ねえ、恭二くん。お互い大きくなったね」
勝ち気だがどこか柔らかい笑顔――その顔を見て、キョウジの中でばらばらになっていたパズルのピースが、天の閃きの様に組み合わさった。
「まさか、お前――花蓮か?」
「やっと気付いた」
かつての幼馴染みが、今なお生きていてここにいる。槙島花蓮。それが彼女の名前だった。




