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強者の証明





 彼女の事は放っておけない。だがそれ以上に、情けないことだが、キョウジを衝き動かしているものは男の意地だった。あの女。あの女は何なのだろう。


「兄ちゃん!」

「分かってる。お前たちはまだ離れるな」


 緊張は残っている。悪い事ではない。キョウジは今なお戦いの高揚を失ってはいなかった。しかし状況を把握する冷静さも残していた。武装した女はそのまま突っ込んでいってしまった。勝てる自信を持ってはいるのだろう。しかしそれは過信だと彼は思う。


 つまり。助けなければならない。


 今の戦闘で彼女に助けられたのは事実だった。だが面倒を増やされた気もする。女ってのはこうだから――と思うのは偏見なのだろう。しかしそれを止めることは出来ないし、するつもりもない。


 女が向かった先のビルに行く。敵の本拠らしいが、そこまで厳めしい武装をしているとは思えなかった。敵に対する脅威を考えているとは思えない。だがそれは力の証明でもある。傲慢とも言えるほど、彼らはそれを誇示していた。そしてあの女はそれに挑戦しようとしているのだった。無謀である。しかし、奇襲という面で考えれば、間髪を置かず突入するのも理が無いではない。


「兄ちゃん、あのひとは……」

「お前たちは余計なことを考えるな。俺に付いて来ればそれでいい」


 ビルに突入すると、想定していた迎撃は無かった。寒気がするほどの静けさがある。彼らが占拠する前はホテルだったのか、そういったカウンターがある。もちろん受付がいる訳ではない。エレベーターもあったが、通電していないのか動いていない。階段はある。床には薬莢が転がっていて、既に戦闘は始まっていて――そしてあの女が上に向かっている事が窺える。


 女は何を思って単身ここに向かったのだろう。キョウジはそんな事ばかり考えていた。あれだけの重武装。そういった武装をして、賞金稼ぎの様に生きている奴は何度見てきた。しかし女の例は初めてである。女なら、もっと賢い生き方がある――その筈だった。彼女はそれを受け入れられないからこそ、こういった道を選んでいるのだろうか。


「まあ、それは後で訊けば良いか」


 今はこの状況を纏める事である。


 階を上がっていっても敵は残っていなかった。薬莢の数はなお増えている。手榴弾を使った跡も見受けられた。それは奇襲というものがいかに戦闘に於いて重要なのか物語っている。女は手練れである。そう認めざるを得ない。そして彼女が敵を全て片付けてくれるならそれに越したことはないのだ。だがそう上手く行く筈はない。


 昇っていく際、見落としが無いように部屋を回っていった。〈バンガード〉は女を攫って生計を立てている筈だったが、少なくともこのビルでは見当たらない。とすれば、別の所で囚われているのだろう。


「灯油ストーブか。贅沢だな」

「兄ちゃん、そんな事気にしてる暇ない」


 そんな物も見受けられた。


 そして最上階。キョウジはいよいよ彼女に追い付いた。その部屋はビルの会社のオフィスだったのか、広い空間になっていた。そして、女は武装を剥がされて、賊のボスらしき大男に首をつかまれ、捻り上げられていた。


「ここまで手下どもを倒して来たことは褒めてやる。だがここまでだな」


 厳しい戦闘が行われたことは分かる。薬莢の転がりもいよいよ増していて、デモンが斃された黒い霧の跡はまだあった。女の健闘ぶりは、ボスが言うように大したものだったと言える。しかし追い詰められているのも確かだった。


「このッ……!」

「俺は強い女は嫌いじゃないぜ。どうだ、俺の女にならないか?」

「誰がッ!」

「じゃあここで死ぬまでだな。いやその前に身体だけ味わっておくか」


 大男は女との会話、というよりは脅迫に夢中になっていて、すでにキョウジ達が到着している事に気付いていない様だった。さてどうするべきかとキョウジは思った。虚を突くなら今しかない。だがその一度の機会を逃したら完全に不利になる。女を人質に取られたら困った事になるのだ。一番の問題はボスがどれだけの手練れか分からない事だった。様々な戦術が考えられる。その最適解はどれか?


 だがキョウジの思索を、良くも悪くもスズランが打ち破った。彼女は怒りの為なのか、それとも恐怖の為なのか、男に向かって銃撃したのだった。


「この野郎!」


 スズランが震えた声で叫ぶ。


「なんだ、連れがいたのか。しかし分かれて突入するなんて、馬鹿のする事だな」


 決して連れじゃないんだがな、とキョウジは思った。そして男の言い分は全くその通りだな、とも吐き捨てた。全く忌々しい。だがそれはチャンスでもあった。もう少し判断が遅れていたら取り返しの付かない事になっただろう――だがキョウジは考えるよりも先に、いや、同時に動き出していた。


〈加速時間〉発動。


 狙いは仕留める事ではなかった。まずは何よりも女を放す事。それだけを考えてキョウジは突撃する。だが相手も大したものだった。キョウジの奇襲にも動じず、冷静に女を投げ捨ててそれを回避する。舌打ちが聴こえたかな、とキョウジは思う。だがそんな苦々しく考えている暇はない。戦闘は全てが瞬時の事。自分だけの時間を駆けるキョウジだが、その鉄則は忘れていない。ゆらりと――彼にはそう見えている――身体を動かす大男に対して、懐に飛び込んで仕留めようとする。


 しかし、男はなおも冷静だった。超スピードのキョウジに合わせて動くのは得策ではないと瞬時に判断したのだろう。そのまま動かずにその刺突を右腕に付けていた手甲で受け止めた。まずい、とキョウジはすぐに判断する。自身が速過ぎる弱点も彼は認識している――速過ぎて敵の動きを見失う可能性があるのだ。調子に乗ってはいけない。キョウジは〈加速時間〉を一旦解除した。


「その速さ。お前、〈シルバー〉か」

「知って貰えて何より」

「ここいらで調子こいているみたいだが、俺には敵わんぞ。この〈鉄腕のダイジ〉にはなぁ!」


 男――ダイジの動きはその2メートルはあろうかという巨躯に似合わぬ素早さでキョウジの首をつかみ、持ち上げ、そして喉輪落としで床に叩き付けようとした。しかしキョウジは思わぬ反撃にも動じない。決して短剣は手放さず、いよいよ叩き付けられる寸前の所で彼の手首を突き、躱す。しかし体勢が崩れているのは変わらない。追撃を避ける為に一旦退く。中々やるじゃないか。キョウジは舌なめずりした。決して戦闘狂ではないが、楽勝の相手より強敵と相対すると興奮するのも確かなのである。


「中々速いな。だが俺の世界に付いてこられるかな?」


 再び能力を開放するキョウジ。全開にするのは久し振りだった。それだけ侮れない相手だという事だ。だが今の邂逅で全て悟った――間違い無く自分の方が強い。


 キョウジはそのまま突撃する、と見せかけて目の前で止まる。ダイジの目が見開くのがゆっくりと見える。そのまま彼は横に跳躍し、速度と重力をそのまま使うようにして腕を絡め取り、同時に足払いを放って拘束する。ダイジは為されるがままではなかった。その膂力を使ってキョウジを放そうとしていた。しかし遅い。キョウジの前では遅すぎる。彼は拘束を放される前にダイジの顔面に鉄拳を見舞った。そのまま馬乗りになってタコ殴りにする。少しは怒りも混じっていたかもしれない。


「な、なんだ、貴様、その力は――ッ!」

「じゃあな、豚」


 キョウジはわざと身体を放した。そして、男が立ち上がろうとした、その起こした上体の胸に短剣を突き刺したのである。ダイジは何が起こっていたかは分かってただろう――だが絶命した。それだけでもキョウジに対峙した者としては大したものだったと言える。


 静寂が訪れた。この場にいる女達は皆キョウジの戦いに見惚れ――また怖れた。

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