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鉄(くろがね)の戦乙女





 つまり先に乗り込んだ奴がいるという事だった。最初は〈ザ・ラウンドテーブル〉が鎮圧に出動したのかと思った。だがそうではないようだ。戦闘は行われているがそこまで数と数の大規模なものではない。


「まさか、独りで殴り込んだ奴がいるのか?」


 そんな無謀な馬鹿が――と思いかけて、自分も似た様なものかと思い直した。ともあれ混乱しているのは間違いない。チャンスであった。友軍(という事にしておく)の奮戦に乗じれば一気に潰滅させられるかもしれない。


「よし、俺達も行くぞ」


 奇襲の効果を最大限に活かす。そのつもりだった。バイクを停める。こちらはまだ気付かれていない。


「いいか、俺から離れ過ぎないようにしろ」

「は、はい」

「兄ちゃんがしんどいならあたしも戦うよ!」

「無理するな。俺はお前を戦わせることはしない」


 前回の教訓から、キョウジは決してミユから目を離さないと決めていた。負担ではあるが仕方が無い。


 街は荒れているがまだしっかりした建物が多く残っている。その大通りが三つ平行に並んでいて、その真ん中で戦いが行われていた。敵は10人程。銃火器での武装をしているのは少ない。そして銃撃戦が行われていたが状況は膠着状態のように見えた。


「女の子だよ!」


 ミユが吃驚したように叫んだ。キョウジも吃驚した。独りで乗り込む無謀で、しかも女などと。相当腕に自信があるのか、ただの激情なのか。


「守る対象が増えるって訳か?」


 だがその女が注意を惹き付けているのは確かである。数もそんなに多くないから(全員ではないだろうが)この場は一気に片付ける事にした。集中を最大限に高め、短剣を抜く。意識を絞っていく――〈加速時間〉を使う時の儀式。最大出力で行くつもりだった。


 乗り込んだ女は自動車を壁にし、機関銃で応戦していた。激しい射撃を行って賊を近付かせない。そのまま耐えてくれよ、と願いながら突撃する。


 まず何よりも排除すべきは銃を持っている奴である。それらは前に立って射撃している。だがそんなに腕は大したことないようだ。感覚が極限に研ぎ澄まされているキョウジにはその銃弾の軌跡も見ることが出来る。車に打ち込んだり明後日の方向に飛んで行ったりしていた。そうしている内に一人が銃弾を受け、霧散した。


「こんな奴一人に何やってる! もっと撃ち込め!」


 その背後に、一気にキョウジが取り付いた。鋭く腰を落として、背中を刺突する。軽い感覚だった。だが気は抜かない。勢いを削がない。はっ、と息一つ。敵には自分の事を見えてすらいないだろう。


「伏兵だとぉ! なんだ、どこにいる!」


 その叫びを上げたものが次の絶命相手だった。最初に仕留めた賊の横にいた男の首を刈り取っていた。すこしずつ黒い霧が増えてくる――デモン同士の戦闘ではお馴染みの光景。心が冷えていくような感覚がある。それが心地良く思えている自分は、かなり毒されている気がする。


 最後の銃で武装した男も蹴散らした。地面に落ちた拳銃を他の奴に拾わせないように蹴り出して排除した。ここまでで――キョウジ自身の感覚で――5秒。悪くないペースである。混乱から立ち直らない内に全てを片付ける。


 ただ気を付けなければならないのは、向こうでなお機関銃を撃ちまくっている女の流れ弾を受けない事だ。躱す事自体はそんなに難しくないが、ミユやスズランを庇う必要もある。


 だがそんな心配は必要なかったのかもしれない。女の射撃は正確だった。パニックに陥った集団を冷静に撃ち続けていた。奇妙な感じだった。顔も碌に見えていない、知らない女と連携が取れているような気がする。そしてそうするとキョウジもそれなりに持っている負けず嫌いの虫が湧いてくる。


 銃弾を受けてもまだ絶命していない男の懐に飛び込み、止めの一撃(クー・ド・グラース)を与える。まだ気概のある奴がいたのか、後ろから斧を持ち、振りかかる。しかし回避する事は造作もない。開いていた左手で頭をつかみ、そのまま地面に叩き付ける。そしてブーツで踏み付け、倒す。そうしている間に、女も着実に仕留めていく。かなりの手練れのようである。それに対デモン弾もふんだんに使える程に稼いでいるらしい。


 きっかり、20秒。


 キョウジは全員を斃したことを確認して、〈加速時間〉を解除した。普通の時間に戻ってくるとすこし身体が重く感じられる。疲れている訳ではない。感覚の落差がそうさせるのだ。弱点と言えば弱点である。だがこれまで、そこまで彼を追い詰めた者はいない。もしかしたらあの時、ミユとの戦闘が継続していたらそうなったかもしれないが……


「凄い……」


 驚嘆するというよりは茫然とした声でスズランが呟いた。


「あの憎たらしいデモンをこうもあっさり」

「凄いでしょ」


 ミユは自分の事のように自慢した。


 取り敢えず当座の安全は確保できので、即興の共闘を見せた女の顔を拝んでやろうと思った。ゆっくりと近付くと、しゃがんで射撃していた彼女も立ち上がった。栗色の髪をしていた。染料を手に入れるのも難しいから、多分天然だろう。勝ち気そうな顔はかなりの美人である。だが今は殺気だった表情のままで、それが台無しになっている。相当な重武装をしていた。プロテクターを身に着けていて、そこには手榴弾が何個もぶら下げられていた。そして銃もマシンガンだけではなく大きな自動小銃(アサルトライフル)も持っていた。ここまで武装するということは、彼女はデモンではなく人間なのだろう。


 しかし女である彼女を戦闘に駆り立てるものは何なのだろう?


 敵意は無いことを見せる必要がある。キョウジは短剣を鞘に仕舞った。自分一人でも片付けられる相手ではあったが、


「有難う。助かった」


 と一応礼はしておいた。不愛想なキョウジではあるが、その辺りの機微は身に着いている。少なくとも相手を見下すことはしないし、初対面の相手には敬意を持って接するべきだと思っていた。それもそれで世の中を渡り歩いていく知恵である。


 だが女はキョウジを一瞥した後、にべもなく言った。


「私がいなくても、あんたなら一人でやっつけられたでしょう」

「それはそうだが、楽にはなった」


 殺気は少し薄らいでいたが、完全に消えた訳ではなかった。


「話は後! 今のは警備部隊の一部にすぎないよ! 敵の本拠はあのビル――状況を把握させる前に一気に叩く!」


 そう言って彼女は右手に機関銃、左手に小銃を抱えて走り始めた。女とは思えない腕力である。彼女はどうやってこの世界を渡り抜いてきたのか、少し気になった。気になったのだが、そうも言ってられない。


「おい、名前位教えて貰ってもいいだろう」


 無謀である。いくら戦闘慣れしてるとは言っても限界はある筈だ。しかしこの無鉄砲な所はなにかを思い出させるような気がした。


「付いてこいって言ってるのか?」


 そうでなくとも、そうせざるを得ないだろう。ここで彼女を見殺しにすることは出来ない。それはキョウジの美学に反している。そして仕事が終わっていないのも確かなのだ。


「しかし……なんだ?」


 キョウジは彼女にどこか懐かしさのようなものを感じていた。その正体はまだ分からなかった。すこしむず痒い――だからこそ彼女を死なせる訳にはいかない。そう思った。

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