戦場へ
大の男が自制も利かせずに憤激を見せるとか弱いものは怯える。自分には向かっていない怒りだと分かっていてもである。その所を理解出来ないキョウジではない。それでもこの時は自分を抑えられなかった。
「兄ちゃん……どうしたの?」
しかしミユは気丈だった。キョウジを怖れるのではなく、あくまで気遣うような声で聞いたのである。その事でキョウジも我に返った。
「いや……すまん」
一時の憤激が治まると、今度は羞恥に陥った。これでは駄目だ――過去の事を思い出して我を忘れるなどとは。それは彼の生きるモットーに反している事だった。まして、そんな所を女に見られるなど、自分の弱さを恥じるしかない。
誤魔化すように短剣を拾い直す。激情は引っ込んで微かに冷静になったものの、怒りそのものまで失われている訳ではない。生きる為の略奪なら、共感はしなくとも理解できる部分はある。誰もが生き残るのに必死なこの世界なればこそ。しかし必要以上の暴虐は断じて許されるべきものではない。敵は(キョウジはもうそう決め付けてしまった)女を奪うという悪辣な思惑で街を襲い、あまつさえ焼き払うことまでしてしまったのである。
デモンに堕ちても、人の心は忘れる事は出来ない筈なのだ。キョウジはそう信じている。とすればこれを行ったのは元から、根っからの邪悪な存在である。
滅ぼさるべし。
「同情してくれるのね。有難う」
スズランは勝手に好意的な解釈をしてくれている様だった。本当は同情、憐憫ではなく過去のトラウマを刺激されたのだという事は言いたくなかった。
「絶対に潰してやる。敵の根城はどこにあるか分かるか。すぐに向かうぞ」
「ちょ、ちょっと待とうよ、兄ちゃん」
この局面ではミユの方が冷静だった。
「その前に街を探してこうよ。もしかしたら生き残りがいるかもしれないし」
「……そうだな。だがお前はここに残ってろ」
ミユの言う事はもっともだった。もう少し冷静さを取り戻さなくてはならない。怒りに振り回されるのではなく、それを冷たく力に変えなければならなかった。自分にはそれが出来る筈だ。いや、出来なければいけない。守るものの為にも。守るものとはミユであり、そして自分自身でもある。一時的にとは言え、今はスズランもその中に入っている。
ともあれ、死体を見て怯えられても困るから、ミユは街跡の入口に待たせる事にしたのである。ミユ自身もそれを分かっているから駄々を捏ねることは無かった。
「無駄よ……みんな死んじゃったもの」
スズランは恋人に助けられて逃げ出した事を明かした。彼女はそれを悔いているようでもあり、恥じているようでもあった。護身の為のサブマシンガンもその彼から受け取ったものらしい。
「無駄とは分かっていてもやるべき事はあるもんだ」
本当は無駄じゃない事だってある、とキョウジは彼女に諭した。勿論スズランの本心は分かっている――変わり果てた自分の街を見るのが辛いのだ。もしかしたら恋人の遺体も見てしまうかもしれない。だがそれは、キョウジに言わせれば現実を受け入れるために見なければならないものだった。
シュクガワの街は街というほど大きくなく、探索はすぐに終わった。生存者はいなかった。スズランは正視に堪えぬ無残な状況を眺め、嘔吐しかかっていた。それに慣れると、今度は絶望がやって来たようだった。どんどん顔が暗くなっていく。只でさえ明るい未来の見えない世界で、こんな光景を見せられたらこうもなろう。キョウジも哀れな焼死体の山を見続けて気分が滅入るようだった。ミユを連れてこなかったのは正解だったようだ。
「許せない……こんな事」
「だが女達はまだ生きているんだろう。それを助ける望みは持つと良い」
「キョウジさんは手伝ってくれるのね」
「俺に二言はない」
しかし現実的な問題も考える必要がある。これから戦いになる訳だが、これだけの襲撃を行えるとしたらそれなりの規模の集団だと考える必要がある。街全部の女を攫った事からもそれは間違いない。となれば厳しい戦闘が生じるのは必定。問題はスズランが足手まといになってしまう事だった。あとはミユも巻き込みたくはない。
しかし確たる安全地帯も無いのに、彼女たちを置いていく訳にもいかない。結論は一つである――二人を守りつつ、戦う。
「もしかしたらきみを守るまで手が回らないかもしれない。だからこれを渡しておく」
キョウジはホルスターごと拳銃と予備弾をスズランに渡した。彼女は怪訝な顔をしていた。
「私にはこのマシンガンがあるわ。身を守るくらいの事は――」
「その弾は通常弾だろう。それではデモン相手には足止め程度にしか役に立たない。まあ持っていて損はないが。ともかくきみにも打撃を与えられる武装が必要だ」
ほんの気休め程度だがな――とキョウジは言った。スズランは一時の絶望の顔を引っ込め、しかし怒りに我を忘れているようでもなく、決意めいた瞳をしていた。案外強い女なのかもしれない。
◇
野盗の群れはシンカイチという所を根城にしているらしい。
ほとんど剥げているが道路の様なものは残っていて、それがこの地にもかつては文明、文化があったことを示している。それは旅の道標にもなる。南側を見れば高速道路の跡もあるが、この辺りの高速道路は所々崩落していて使えない。いずれにせよ、ハーレーで飛ばせば20分も掛からない距離である。
「野盗というよりは山賊団と呼ぶべきなのかもしれないな」
キョウジは呟いた。大した違いは無いのかもしれないが。
近付くに連れて緊張が高まってくる。負ける気はないが、気を抜く事もしない。集中を高めていく。緊張を高揚に変えていく。キョウジは戦いを歓びとする性質ではない。だが気持ちが上がっていることに越したことはない。その上で冷静であること。心は冷たく、身体は熱く。そんな感じである。
「このまま突入するぞ」
バリケードなどは建設されていなかった。破壊された建物群の街跡をそのまま住処にしているらしい。どうにもケバケバしい気がする――どういう理由なのだろうか。大破壊前、ここはどういう街だったのだろうか? 色々想像出来るが、さして意味は無い。
外にはバギーやトラック、バイクが沢山停まっていた。大分潤っているらしい。女を売って蓄えている財産なのだろう。
「そうか……そう言えば噂で聞いたことがあったな」
「どういうこと?」
「〈バンガード〉とか言う山賊団だ。女狩りで怖がられている」
名前だけは格好着けているがな――とキョウジは吐き捨てる様に言った。
「つまり、私達と同じ様に襲われた所があるって事?」
「だろうな」
とても忌々しい事である。この荒れ果てた世界で必死に生き、復興に頑張ろうとしている人々から奪う事しか考えない輩。文明を潰滅させたのは最終核戦争だったが、そこからの復興を邪魔しているのはデモン・ウィルスである。そこでキョウジは暗くならざるを得ない。自分がそれらと同じ様な存在である事を。その力が無くては生きていけないのは事実である。だがそれ故なのだ。
「兄ちゃん、ちょっとおかしい」
思考を現実に引き戻したのはミユの言葉だった。彼女は「視えて」いる。彼女には遠くの場所を見通せる目、〈千里眼〉という能力がある。そこについてはキョウジも信頼している。
「どうした?」
「何だか、みんなバタバタしてるよ」
それは街に突入した時、キョウジも理解した。銃声とともに罵声が飛んでいる。まだ正確には把握できていないが、荒れていることに間違いはない。
それは戦場の音だった。




