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焼け野原に何を見る





 キョウジは自分の寝袋を貸した。スズランは男が使っていた寝袋を使うのにも不満は言わなかった。滅多に風呂にありつけもしないこの世界だ。臭いもきついはずだが、気にもなっていないようだ。彼女は泥のように眠っていた。それだけ逃走の負担がつらかったのだろう。


 キョウジは眠ることをしなかった。スズランの話が本当ならば、この近郊には野盗がいるはずなのだった。警戒しなければならない。彼女も追われているかもしれないのだ。眠れるはずもない。こういった事は男の責務である。匿った以上はその責任を果たすべきだとキョウジは思っていた。


「それにしても、女狩りねぇ……」


 こんな世界になっても男の下劣な欲望は死滅しないらしい。いや、こんな世界だからこそなのか。ともあれ暴力と凌辱の支配するこの世界、女はより生き辛くなっている。単純に性欲の捌け口にされる事もあれば、奴隷として売られる事もある。そしてそれを守るべき男もまた無力である。


 暴力が権力になる、原始社会に逆戻りしたようなこの世界。


 キョウジにしても、自分の中にある男性的暴力性を自覚はしている。だからこそ制御しなくてはならないと思っている。そのやり方については、まあ、あまり褒められたものではないが。


 しかし今の所は緊張が勝っているのでそれは必要無い。性欲の事を考えている暇は無いし、また衝動が生まれてくる兆候も見当たらない。良い事である。ミユを連れ歩いていることでたまにロリコンだと言われる事もあるが、それはどうでも良い。


 ことさら高潔であるつもりはない。だからと言って下劣な男に成り下がる気もない。つまり、キョウジにとって性欲とはそのようなものだった。これからもそうあり続けるだろう。女が嫌いという訳ではない。むしろ好きだ。だがそれを安易に性欲へと結び付けない努力――そう、努力は必要なのだ――を続けている。


「陽が出るのが遅くなってきたな」


 細かい暦を数える習慣もほとんど滅んでいる。いまは何年何月何日だとか、ほとんどの者は考えない。キョウジも同じである。しかし気候で春夏秋冬を感じる気持ちまで失われてはいない。今は冬の入り――そして日照時間が一番短い時季である。闇に隠れられる時間が多いのは生きるのに好都合かもしれない。


 キョウジは冬生まれ(その割に寒さは苦手だ)。この季節が巡ってくるのは何年目なんだろうかと思った。自分は25歳と名乗っているが、それは意外と曖昧な認識である。本当はもっと若いのかもしれない。もっと歳を取っているのかもしれない。


 年齢の事で言えば、ミユの方はもっと曖昧である。はっきり言ってしまえば年齢不詳である。なにしろ記憶喪失だからいつ生まれたかも覚えていないのだ。今は外見に応じた12歳としているが、本当の所は誰にも分からない。デモンは不老だから、外見で年齢を判断する事が出来ないのだ。彼女は外見のみならず性格も少女らしいが、本当は自分よりもっと年上、という事も考えられる。


 まあ、今ここで生きている上ではさして意味の無い事であるのだが。


 そのミユがのっそりと起きてきた。ようやく東からオレンジの光が見え始めた頃である。徹夜したキョウジは全然眠気を感じていない。一方ミユは徹夜などしない。と言うよりキョウジがさせない。そして子供らしく居眠りでありながら、起床は規則正しい。今日もきっちり朝に起きてきたのである。


 キョウジは朝食の準備を始めた。この世界では最早生きる糧のメインとなってしまった固形携帯食用キューブ。それだけでは味気ないので、再び火を起こして少し残っていたコンソメパウダーを使い、スープを作る。ミユはまだボンヤリとしている。


「んあ。……兄ちゃん、おはよ……」


 と言いながらも彼女はキョウジの方を見ていない。まるで現状を把握できていないようだ。ずっと眠りこけていたのだから当たり前だが。しかし寝惚けているにも程がある。そしてキョウジに挨拶をする為にもう一つの寝袋を覗き込む。こういった緊急事態でもなければ普段ミユの方が早起きだった。だから彼女はこうやってキョウジを起こしに掛かるのが日課になっていた。


 だが。


「朝だよー、起きろー。……んん、え、ええっ!?」


 キョウジが入っていると思い込んでいた寝袋である。しかしそこに見知らぬ女が入っていたらどうなるだろう。結果は明白。ミユは大きな目をぎょろっと見開いて驚愕した。あまつさえ飛び去り、尻餅まで付いてしまう始末だった。


「え、え、え、え、誰!? 誰ッ!?」


 寝ている間に見知らぬ者が増えていれば吃驚するのも道理ではある。しかしミユの驚きようは度を越していた。


「どどど、どうしよう! 兄ちゃん、女の子になっちゃった!」

「どうしてそうなる」


 流石に苦笑してキョウジは呟いた。騒がしくなって、目を覚ましたスズランは戸惑いの顔を隠せない。


「ええと、ええと、どうしたらいいんだろう! これからはお姉ちゃんって呼べば良いのかな……」

「落ち着けミユ。俺はこっちだ」

「えええ」

「幾ら何でも寝惚け過ぎだ。いきなり俺が女に変わる訳ないだろう。夢から覚めろ」


 そう言ってキョウジは彼女の目の前で、猫だましのようにぱちんと手を鳴らした。それでミユははっとしたように()()()()


「ああ、兄ちゃんがいる……おはようございます」

「ああ、おはよう」


 それからキョウジは昨夜の出来事をミユに説明した。その事については納得してもらえたようだ。だが焚火を囲んでいる中で、ミユはスズランへの警戒を緩めてはいない。


「ごめんなさい、ご迷惑をお掛けして」

「気にするな。ミユは人見知りなだけだ」

「うぅ……」


 スズランは食事を取り、一晩寝たことによって随分と血色が良くなっていた。最初に抱いた印象よりもかなり若いのではないかとキョウジは思った。


 さて、これからどうするかである。


「取り敢えず街まで案内してくれるか」

「ええ……もう『街』なんて呼べるものじゃなくなってるけど」


 彼女の言葉は妙に引っ掛かるものだった。だがそれは気にしないでおくことにする。キャンプを片付けて、出発しようとする。しかし問題になったのは座席である。普段はミユをサイドカーに乗せているが、彼女はサイドカーにはスズランを乗せる事を強硬に主張した。そして自身はキョウジの後ろに乗ることを望んだのである。


「嫉妬してるのね」

「そんなんじゃないもん……」


 走っている間、ミユはずっとキョウジの腰にしがみ付いている。スズランは最初サイドカーに乗っている事に居心地悪さを覚えているようだった。だがすぐに慣れてきて、キョウジ達の姿を微笑ましく見る余裕まで生まれていた。


 やがてバイクはシュクガワの街にまで到着した。


 いやそれは――スズランの言う通り、かつて街()()()残骸に成り果てていた。


「ひどい」


 ミユは悲憤するように呟いた。シュクガワの街はただ襲われただけではなく、焼き討ちにも遭っていたのである。スズランの話からすれば襲撃から3日経っている筈だったが、焼け焦げる臭いはまだ残っているように思えた。


「こんなことをするなんて、人として間違ってるよ」


 過剰な暴虐だった。ここまでする必要は無い筈だ。だが一度(ひとたび)暴力の味を覚えると歯止めが利かなくなる人種は確かにいる。


「あいつらは人じゃないわ。ケダモノよ」


 キョウジは何か言うべきだったのかもしれない。だが無残な焼け野原を見て、言いようのない憤怒が芽生えて来て、言葉を失っていた。


「兄ちゃん、どうしたの……?」


 キョウジの変化には敏いミユが恐る恐る訊ねた。しかしキョウジは答えず――怒りに任せるように短剣を地面に叩き付ける。


「くそったれが!」


 彼がここまで感情を露わにするのはとても珍しい事だった。

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