キョウジ・ザ・シルバーの決意
その客達に直接訊く事はせず、そのまま話に耳を傾けていた。その会話の内容によると、5日前に〈ザ・ラウンドテーブル〉の本拠地であるニジョウジョウが襲撃され、一日で占領され、全軍を撤退させて今はキョウト南部でオオサカ方面からの本隊と合流を予定しているという。
つまり〈アポカリプス・ナウ〉は高度に組織化されたデモン集団なのだ。これまでデモンたちはその力に溺れ、徒党を組む事はあっても本格的な戦闘訓練を受けた組織は出現していなかった。となれば精強たる〈ザ・ラウンドテーブル〉も分が悪いであろう。
あまり気分の良い話ではない。〈アポカリプス・ナウ〉とは現在自分達も敵対しているからだ。〈ザ・ラウンドテーブル〉の肩を持つ訳ではないが。
「戦争だな、まるで」
実際、戦争であった。この時代、この地方に於いてふたつの政治的な戦闘集団が、しかも大規模に衝突するのは初めてだった。だがそれにしてはキョウト市民はまだ怯えていない様である。
「人類の守護者と、人類をデモン化しようとする組織か」
「どっちに正義があると思ってるの?」
「そりゃ、どちらかと言えば〈ザ・ラウンドテーブル〉の方だが」
不承不承、キョウジはそう認めざるを得なかった。気が悪くなり、先程まで美味しくのんでいた酒もなんだか味がしないような気がしてきた。
「まったく、お酒がまずくなるわね」
それはカレンも同じ意見だった。酔いの回りもすこし気分が良くなくなる。
とは言え、両者が正面衝突しているのは決して悪いだけの情報ではない。そうなれば、キョウジ達に対するマークは薄くなるだろう。問題はここから自分達がどう立ち回るかだ。現状、こちらを狙っているのは〈アポカリプス・ナウ〉であり、〈ザ・ラウンドテーブル〉ではない。しかしだからと言ってそちらに味方するかといえば、それも難しいところだ。キョウジはまだウメダの一件を忘れてはいないし(忘れられる筈がない)、それは向こうも同じだろう。しかしここは清濁併せ飲んで、呉越同舟という訳ではないが、協力する必要があるのではないか?
「むぅ……」
酔っているので考えが上手くまとまってくれない。今日の所はこれ以上考え、決断するのは止めて一晩眠る方がいいかもしれない。ミユの心配そうな顔を見ているとさらにそう思う。
「あたし、良く分かんないけど、あんまり深刻に考える事もないと思うよ」
「だが何かは決断しないといけない」
「今日今すぐじゃなくてもいいじゃない」
カレンが横から口を挟んだ。キョウジもカレンも、一升瓶を一本空けたにもかかわらず、悪酔いはしておらず、まだ理性の残った会話が出来た。
「まあ……そうだな」
となれば考えるのは目の前の事である。居酒屋はそこそこに出て、宿を探し始める。途中色街らしき所を通ってしまい(このキョウトにもそういうものはあるのだ)、乱れた服装で誘う女をあまり見ないようにして通り過ぎる。カレンはミユの目を手で塞いでいた。
それが過ぎると今度は妙に寂れた光景が広がる。建物もぽつんぽつんと建っているだけで、夜も更けてきた事もあるが、人は全然いない。街灯のようなものもなく、頼りになる灯りは月だけだった。奇妙に澄んだ満月で、それがむしろ不気味に見えた。月は人を不安にさせるものなのかもしれない――それを見た者が獣に変身するといった伝説を生み出すほどに。狂気とは良く言ったものである。
と、キョウジは酔いが覚めてきたのも手伝って心を揺らしていたのだが、ミユはむしろその月を見て穏やかな顔をしていた。前から月が好きな子だった。少女にこう言っては失礼かもしれないが。太陽よりは月、昼よりは夜が似合う子である。それは黒ずくめの格好も手伝っているのだろう。
「早く休みたいわ」
一方カレンは陽光が似合う健康な女である。
そうやって進んでいく内に、和風の大きな建物が見えてきた。松の木が生い茂っていて、この世の中で見れば神秘的とも思える佇まいをしている。2階建てであり、窓も大きい。キョウジは2つの可能性を考えた。ここは戦前の大地主かなにか、金持ちが住んでいた家。もう1つはここが旅館だという予想である。
結論から言えば、後者が正解だった。
「よかったね。簡単に宿が見つかって」
ミユが笑顔で言った。
「いや、ここに泊まると決めた訳じゃないんだが……」
「ここでいいでしょ。酔ってるしもう歩きたくないわよ」
何故キョウジが少し躊躇ったのか。それは自分達のような垢塗れの旅人が泊まるにはいささか風格が高すぎるように見えたからである。
「うーん」
「何遠慮してるのよう。今日はもうとことん贅沢しましょうよ」
「それがいい! それがいい!」
カレンの言葉にミユまで同調してしまう。女2人の意見が一致してしまうと、男のキョウジには逆らえる権利は無い。それに少し躊躇ったとは言え、断じて拒否するという訳でもなく、酔って疲れているのは彼も同じだった。
「仕方無いな」
格式高い旅館に見えたが、入ってみると歓迎された。当たり前と言えば当たり前である。この時代旅人、旅行者など稀だし、こういった宿も客を確保するのに必死なのだ。
「3名様、ごあんなーい」
「一番いい部屋を紹介しますよ」
訊いたところによると、この旅館は300年前から営業している老舗旅館だそうだ。だが戦前と今の経営者は違うらしい。
真偽の程は分からない。
ここの店員達はこちらの素性を疑う事はしなかった。いや、内心ではしていたのかもしれないが、少なくとも表には出さなかった。ぶらりとやってきた厳つい男、美少女、美女の組み合わせ(しかも重武装)など怪しいに決まっているのだが。商売は全てに優先するという訳だ。
そして部屋は確かに豪華だった。和室であり、畳も綺麗で、ふかふかそうな布団が並べてあった。こんな所で泊まれる贅沢はそうそう無い。だからこそキョウジは気後れしていた。貧乏性なのだろうか。
極め付きには、風呂まであった。温かい風呂に入れるのも久し振りである。女達はきゃあきゃあ言った。キョウジはそこまではしゃがないが、気分は上がってくる。
「ね? ここに泊まって良かったでしょ」
ミユが得意気に言った。風呂上がりにタオルで長い髪を纏めている。カレンも同じような感じで、浴衣まで着ている。なんだかここだけ世界が違うような感じさえする。桃源郷とは言うまいが――しかしそれは大破壊前は普通の光景だったのだろう。それは取り戻せるものなのだろうか? まあ、あったとしても自分達の世代ではまだないだろう。世界の再建は長い視野で見ていかなければならない。
それ故にデモンの跳梁跋扈を望むあの〈アポカリプス・ナウ〉は叩き潰さねばならない。あれは世界の敵だ。
風呂に入ってからミユとカレンはそそくさと寝床に入り、そのまますぐに夢の世界に入っていってしまった。それだけ疲れていたのだろう。今日一日だけでなく厳しい旅が続いた故である。
だがキョウジだけは気分が昂っていてすぐに眠れなかった。彼にはそういう所がある。疲れている時こそそうなってしまうのだ。旅の途中ならそれでも無理矢理眠れる技術は身に着けているが、こうして安心安全な旅館にいると、却ってそうなってしまうのである。
「俺もまだまだ自分のコントロールが出来ていないな」
そう自嘲した。
結局また、アルコールに頼らざるを得なかった。深い酔いを手に入れる為にきついウィスキーを流し込む。広縁の椅子に座って、月を眺める。先程よりは不気味には感じなかった。味方だとも思わないが。
「〈アポカリプス・ナウ〉は潰す。だがそれは俺達だけの力では出来ない」
とは言っても〈ザ・ラウンドテーブル〉と正直に手を結ぶのも癪である。協力するのではなく、この状況を利用する。今の立ち位置は、戦いと言う意味では決して悪くない。
つまり。
「ゲリラ戦だな」
キョウジは静かにそう決意したのだった。