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キョウト市街に於いて





 あれから〈アポカリプス・ナウ〉の兵隊達は襲って来ていない。とはいえ完全な安心が確保されたと判断するのも早計過ぎる。とはいえ、下手に引き籠るよりいっそ街中に出た方が目立たずに済むのではないか、という判断でキョウジ達は山を下りた。


 春は本格化して来ている。少し汗ばむ位のものだ。暑がりのミユなどはすでに半袖のワンピースに着替えていた。やはり黒である。艶々した黒髪に黒のワンピースは似合っていると言えなくはないが、少女にしてはやや地味ではないかとも感じる。もっと明るい色を着ても良いのではないか、と思ってキョウジも何度か買ってあげようとしたのだが、その度に拒否された。


「あたし、黒が好きなの」


 とは彼女の弁である。ひとの趣味にケチを付ける自由は無いが、その格好で戦闘モードに入り、刀を振り回していると不吉な死神のようにしか見えなく、それは良いのだろうかとキョウジは思ってしまうのである。


 一方カレンは重武装のままである。こちらは少し暑そうにも見えるが、彼女は全然気にしていない様だった。


「なんかね、銃と防具を装備していないと不安になるのよ」

「なんだか殺伐としているな」

「こんな世の中だもの」


 ちょっと憮然としながらカレンは言った。キョウジもその気持ちは分からなくもない。自分だって短剣を手放したら不安になる。しかし武装に安心を預けるのも、やはり平穏とは言えない。だが今更それを愚痴っても仕方無いだろう。この世界、この時代に生を受けてしまったのだから。対応するしかない。


「それでこれからどうするの?」


 ハーレーとライトバンは目立たない所に置いておいて、市街地は徒歩で行動する事を選んだ。それもまた街に溶け込む手段である。しかし自分の銀の目はどうしても目立ってしまうが……


「取り敢えず現状を把握したい」


 キョウトの街はあまり荒れておらず、ウメダの様に治安が悪くもない。それは〈ザ・ラウンドテーブル〉の作った平和なのだが、それにしてはおかしい所があった。


「奴等、いないな」


 そう。これまで様々な形で関わり合い、相対した、あの円卓に十字のマークの腕章を巻いた隊員達がどこにも見当たらないのだった。


「ここら辺は警備する必要も無いって思ってるんじゃないの?」

「どうかな。だとしても最低限の警備兵は置くはずなんだが」


 少なくとも、前にキョウトに来た時にはそういった光景が普通であり、キョウジに威圧感を与えていたものだ。


「その方がお気楽でいいな」


 お気楽にミユが言った。だがキョウジはそこまで楽観的ではない。何か理由がある筈なのだ。それもとても剣呑な。


 とはいえ〈ザ・ラウンドテーブル〉の面々がいなくとも表向きは平和そのものに見える。風も穏やかで、廃ビルの立ち並ぶ通りでも色々な商いをしていて、人々の往来も多い。その多くは特段明るい顔をしている訳ではないが、暗くもない。いつもの日常を繰り返しているといった感じだ。


「あいつらがいなくて、案外せいせいしてるんじゃないの?」

「だが彼等が守護していたのも確かだ」

「んー」


 ミユは何か言いたそうな顔をしていた。なのでそれを訊くと、


「なんか、匂いがちょっと違う気がする」


 彼女はそう言ったのである。


「匂いとな」


 カレンはちょっと吃驚したように呟いた。キョウジはあまり驚いていない。この子にはこういう所がある。論理ではなく感性、脳ではなく身体で生きている、そういった所だ。まあ、子供らしいと言えば子供らしい。


「なんか……上手くは言えないんだけど……」


 根拠の無いカンと言ってしまえばそれまでである。しかしミユの野性的なカンは馬鹿に出来ない。それで助けられた事も沢山ある。山で動物を狩る時も、或いは街中で(今の様に)暴徒に襲われた時も。他にも色々。


「お前のカンは大切にしておこう。頼むぞ、相棒」


 何気無く言ったのだが、ミユは最初目を丸くして、口も丸く開けて、それから嬉しそうにふふっと微笑した。


「相棒。いいな、相棒」


 そう言えばそんな呼び方をしたのは初めてだった。だがキョウジとしては極めて自然に出て来た言葉なのだった。何故そうなったのか――自分の、彼女に対する意識が変わってきたのだろうか? たんなる保護対象から、頼れる仲間に……


「ちょっと、私は相棒じゃないの」

「お前はちょっと違う」

「まあ……別に良いけどさ。あなたとミユちゃんも付き合って長いだろうし」


 カレンは残念そうだが、そういうものである。


 それはそれとして、〈ザ・ラウンドテーブル〉の影が見えない理由については調査しなければならない。あまり良い予感はしない。ミユの言葉も含めてだ。


 キョウトの人々はそれについてあまり語りたがらなかった。こちらが警戒されているというのもあるが、どこか複雑そうな顔をして、問い質そうとするとそそくさと去ってしまう。キョウトの人間は元々よそよそしいが、それが増しているようにも思える。


 そんな事をしている内に日が暮れてきた。真冬ほどではないが、まだ長い日が続くというものでもない。そして陽が陰ればやはりまだ寒い。


「そろそろ宿を探すべきかな」

「それより先にごはん食べたいな。お腹空いちゃった」


 ミユの言葉ももっともだったので、飯屋を探し、あまり目立つ所で食べるのも嫌だったので、路地裏にある小さな居酒屋を選んだ。しかしそんなうらぶれた場所に店を開いているにしては、すでにそこそこの客が入っていた。もしかしたら穴場なのかもしれない、とキョウジは少し期待した。


 出される料理は豆と芋、魚がメインだった。油を手に入れるのも一苦労だろうに、フライドポテトなども提供されている。あとは枝豆など。魚は川魚がメインであり、どれも脂がのっていた。


 腹を膨らますために入った店だったのだが、こうなるとどうしても酒が欲しくなってしまう。カレンも同意見のようだった。二人とも飲兵衛なのである。そういう訳でキョウジは店で一番高い清酒を頼んだ。最近鬱屈した日々が続いていたから気晴らしが必要なのだと、キョウジはそれを正当化する。


「やっぱりあたしはお酒飲んじゃダメなの……?」


 ミユが切なそうに言った。「当たり前だ」とキョウジは返したが、美味しそうに飲む彼とカレンにも問題がある。ミユはなおもぶつぶつ言っていたが、強くねだる事はせず、ぽちぽちポテトをつまみながらオレンジフレーバーのジュースを飲んでいる。


「早く大人になりたいなァ……」

「大人なんてそんなにいいものじゃないわよ、ミユちゃん」

「でもお酒飲めるじゃない」

「それ位よ。ていうか何でそんなにお酒飲みたいの」


 そんな事を言いながら早いペースで食事と飲み物を消費していく。最近お金を使っていなかったから、そこについては心配していない。やはりたまには贅沢しないといけない。戦いの日々であればこそ、こういった切り替えは必要で、キョウジ達はそういう事を本能的に分かっている。


「〈ザ・ラウンドテーブル〉がもっと頑張ってくれれば、こういった時間も多く取れるでしょうにねぇ」

「それはどうかな。彼等が善政を敷く保証はどこにも無い」

「でもウメダは平和になったじゃない」

「そうか?」


 何故自分は彼等を信用出来ないのかな、と思わざるを得ない。自分がデモンだからか。それはあるだろう。だがそれだけではない様な気がする。そこで気付いたのは、キョウジは締め付けられるのがあまり好みではないという事だった。適度に自由な世界の方がいいのだ。もちろんそれが、力を持つ故だとは分かっている。過度の混沌を望んでいる訳でもない。


 まあ、世界とは、人生とはままならぬものだ。


 酔いも回ってきてのんびりしてきた。客もぞろぞろと増えてくる。すっかり夜になっている模様である。


 そろそろ退店しようかな、などと思い始めた時、その話し声は聴こえてきた。


「しかし、〈ザ・ラウンドテーブル〉の奴等が撤退して、これからどうなるんだろうな」

「でも、あの〈アポカリプス・ナウ〉ってのも野蛮な山賊ではないっぽいからな。平和が保たれるなら俺は何でも良いよ」

「でもラウンドテーブルもこのまま終わりはしねぇだろ? 絶対反攻してくるぜ」

「って事は、キョウトが戦場になるってのか。嫌だねぇ」


 という、聞き捨てならない会話だった。

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