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須山書房 ~夢現の狭間にある世界~





 その店の本店はどこにあるか分からない。店主に言わせればその本体は魔界にあるという。なんとも荒唐無稽な話だ。だがその店の異常さを知れば皆信じてしまうのではないかとキョウジは思っている。と言うか、そうとでも納得しないと頭がおかしくなってしまいそうなのがそこだ。


 世界のどこにでも在り、世界のどこにも無い本屋。それが須山書房(すやましょぼう)である。


 キョウジはハーレー・ダビッドソンを駆って海に掛かる橋を渡っていた。目指しているのは人工島である。今では人は住んでいない。だが数ある須山書房の支店の一つがそこにあるのだった。須山書房・ロッコウ支店。そこに向かっている。


「楽しみだな」

「不気味だとは思わないのか?」

「確かにヘンな所だけど、温かい場所だよ」


 須山書房を知っていたのはキョウジではなくミユである。彼女が彼に出会う前、よく匿われていたのだ。ミユと知り合ってから、キョウジもその利便性の恩恵に預かっている訳である。


 荒野が広がっているこの世界だが、大破壊以前「六甲アイランド」と呼ばれていた人工島はそれに輪を掛けて殺風景である。人間も、動物も、そしてデモンすらもいない。忘れられた島、という表現がよく似合う。バイクのエンジン音が良く響くのも余計その淋しさを加速させる。孤独を味わいたいなら良い場所なのかもしれないが、生憎キョウジにはそんな趣味はない。


 須山書房はこういった人気(ひとけ)の無い所ばかりに支店を出店している。選ばれた者にしか見つけられないし、入店することも出来ないと店主は言う。だったらそんな面倒臭い所に出店して欲しくないとキョウジは思うのだが、それが店の指針なら仕方あるまい。


 人工島に下り立ち、適当な所にバイクを置いて店に向かう。主を失って荒廃したビル群の隙間にその店はある。裏路地を進んだ所に見えてくる木造の建物、それはある種幻想小説じみた雰囲気を見せる所だ。キョウジは小説など読まないが。


 小説どころか本も滅多に読まない。では何故書店に向かっているのかというと、そこで取り扱っているのは書籍だけではないからである。


「こんにちは!」


 須山書房の入口に立つとミユはすぐにたったと駆けて入っていった。まるでお気に入りの公園に来た時の子供のようである。そう言った所は少女らしいと言えるのかもしれない。


 入口の上にある看板には「須山書房・ロッコウ支店 創業昭和十伍年」とある。昭和というのがいつ頃なのかキョウジは知らないが、遠い昔であることには間違いはない。


「おお、ミユちゃんか。いらっしゃい。久し振りやね」

「こんにちは!」


 ここまで素直で可愛らしい姿はキョウジにも滅多に見せる事はない。それだけこの店主に懐いているという事なのだが、少し嫉妬してしまうのも確かである。


 店主の名は有馬佳仁(ありまよしひと)と言う。すこしもさっとした印象がある。姿形は少年なのだが、外見に似つかわしくない威厳も感じられる。彼もデモンなのだろうか。それに類する存在ではあるのだろうが、もっと神秘的な、あるいは不気味な雰囲気を感じずにはいられない。悪魔(デモン)というよりは妖精(ピクシー)のようである。深い森に入った旅人を惑わせる妖精。だが仲良くすれば良い事があるのも確かである。


 キョウジも店に踏み入ると、今度は茶髪の少女がバックヤードから出てきて、「いらっしゃ~い」と髪を掻き上げるような仕草を見せる。昔あった挨拶の仕方らしいのだが、キョウジにはその由来は分からない。ただひょうきんな感じがあるだけだ。


 その出て来た切れ目の美少女は有馬和美(ありまかずみ)である。佳仁とは双子らしいが(少なくともかれらはそう主張する)、あまり似た所はない。いや、一つだけある――それはその人を喰ったような性格だ。


「おこんばんわ~。キョウジ君、今日もイケメンやねぇ」

「まだ昼なんだが」

「だってウチ、さっきまで寝てたばっかやし」

「ますます分からん。起きたばかりなら朝だろう」

「なぁんか、深夜に中途覚醒した感じがあるんよねぇ」


 まあウチらは夜の住人みたいなもんやし、と言って和美はにへにへと笑う。美少女が台無しである。それが良いという者もいるかもしれないが。


「こんにちは、和美さん!」

「はい、こんにちはミユちゃん。今日も元気でなによりなにより。うん」


 右も左も分からぬミユをキョウジの前に保護したのがかれらである。その後ミユの伝手でキョウジも付き合いが始まったのだ。ミユが持っている刀の銘を突き止めたのも有馬兄妹だった。


「それならミユの記憶の手掛かりもありそうなものだが」

「ごめんねぇ。それ以上の記録はウチには残ってないんよ」

「先代ならなんか知ってたかも知れへんねんけどなぁ」


 不可思議な力を持つふたりにも限界があるらしい。かれらがいう所には須山書房は一旦廃業していた時期があり、受け継ぐようにして復活させたのはいいが、記録と記憶の断絶があるそうだ。それは大破壊も関係しているのだろう。


「まあいい。それは自分たちで探す。それより」


 キョウジは短剣を抜き身にして和美に見せた。


「ま。たいへんボロボロやねぇ。大分使い込んだんとちゃう?」

「前に来てからかなり経ってるからな。戦闘も多かった」

「よっしゃ。ウチに任しとき。ピッカピカに磨いたるから」


 和美はキョウジから短剣を預かると、そのまま再びバックヤードに引っ込んでいった。


 須山書房はただの書店ではない。佳仁が言うには、須山書房は世界に偏在しているという。どこにでも在るし、どこにでも無い。そのその性質は世界中を回る事が出来る事につながる。その性質を利用して色々な所から、様々な物資を仕入れている。前に使っていた短剣から今の短剣を購入したのもここだし、銃器や弾丸もここで補給している。ハーレーのサイドカーを手に入れたのも。手広くやっているのだ。だが客は厳選しているらしい。誰もが訪れられる店ではない。キョウジがこうやって入り浸れるのもミユのおかげである。


 そのミユは椅子に座って小説を読んでいる。彼女は特にやる事がないから、ここに来た時はいつもこうしている。金なら出すから(貨幣経済は完全に死滅した訳ではない)買えばいいのに、とキョウジは言うのだが、ミユは「ここで読むのがいいの」と返すのである。


「あとは対デモン弾も幾らか欲しい」

「ほいほい。キョウジくんはお得意様やから特に安くしとくでぇ」


 佳仁は手品のように弾丸の箱を取り出した。


「で、入り用はそれだけか?」

「今の所は」

「残念やね。がっぽり儲けさせて貰おうと思ったんに」

「さっきと言ってる事が逆じゃないか」


 佳仁は愛嬌のある笑顔を見せた。


 それから他愛も無い世間話をしている間に和美が戻ってきた。


「ほい。めっちゃピッカピカでしょ? まるでウチの肌みたい」

「そうだな」

「んっもう。もっと気の利いた返し出来へんのぅ? キョウジくんはカッコええけど、ユーモアがないんが玉に瑕やね」

「性格はそんな簡単に変えられるものじゃないからな」


 キョウジは生まれ変わった愛剣を鞘に仕舞った。新たな戦いに向かうような覚悟が生まれる――戦いは無いに越した事はないが。


 用事が終わってからもしばらく須山書房に滞在した。何と言うか、居心地が良いのだ。荒んだ外の世界に比べてここは台風の目のように平穏で静かである。いや、店員は騒がしいけれども。なによりミユがまだ小説の続きを読みたがっている。


「ミユちゃんの事はうち等も調べとくからな」

「そうしてくれると有難い」

「……和美とちゃうけど、あんたホンマに愛想が薄いな。あかんで。愛嬌は世の中渡って行くんに必須のスキルやからな。キョウジ君はそこをもっと磨かなあかん」

「こんな世の中でもか?」

「こんな世の中、だからやで」


 確かにミユのいう通りこの場所は、かれらは温かい。だがそれに甘えてはいけないとキョウジは思う。平和に慣れて腑抜けになってしまってはこの世界は渡っていけない。ミユを守る事が出来ない。


「そろそろ行くぞ」

「……うん」


 ミユはお気に入りのブランコから降りるように残念そうな顔をしているが、我が儘は言わなかった。


「じゃあな。世話になった」

「おおきに、キョウジくん」

「キョウジくん達ならいつでも大歓迎やでぇ~」


 そして一時の平穏を挟んで、荒んだ世界での旅が再開する。

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