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キョウジ・ザ・シルバー 〜加速した世界の支配者〜

マッドマックスでも北斗の拳でもいいですが、私の中ではメガテンです。





 砂が舞っている。風が鳴っている――滅びの歌を奏でるように。



         ◇


 しかしそんな所でもこの世界ではまだ恵まれている方だと言えよう。大破壊以前、そこは(なだ)と呼ばれた街だった。ナダの街が人間を集めた理由は唯一つ、海水から真水を精製する機械がまだ稼働していたからである。この世界では水は何よりも貴重なものである。生物が生きていくためには必須のものだ。人間が生きるためにも、作物を栽培するためにも、家畜を飼うにしても。


 この時代、清浄な水資源を得られる場所は非常に少ない。だからナダの街は――文明が失われる以前よりは大分みすぼらしいと言えども――貴重な人類の拠点の一つとして動いている。とは言っても大規模ではない。


「やれるのか? お前さんひとりで」

「それが俺の仕事だ」


 仕事。そう、仕事だ。銀の目をした短髪の男、キョウジ(霧島恭二)がそこにいる理由がそれである。野盗からこの街を守るためだ。


 ナダは相対的に裕福な街だったと言えるが、それだけにしばしば無法者達の略奪に晒されてきた。自警団も組織されているが、デモン化したごろつき相手には分が悪い。それに弾薬も潤沢にある訳ではなかった。


 キョウジはたまたま通りがかっただけの旅人だった。街に立ち寄ったのはただ単に補給の為である。しかし彼はタダで何かを貰うような男ではなく、対価は必ず払う。単純に労働をこなすこともある。しかし彼は街の窮状を聞いて、その防衛を買って出ることにしたのだ。金銭はこの様な辺境ではほとんど意味がない。稼ぐためには肉体を使わねばならない。その報酬は水と食料、そしてガソリンである(石油は水に次いで貴重な資源だ)。


 この時代、法律は存在しない。無法者が世を謳歌している。絶望の世界でなお生きるためのものを育てる者もいれば、それを奪う者もいる。奪う者のほうが多いかもしれない。仕方のないことなのかもしれない――とキョウジは思う。超常的な力を持てば、それに溺れるのは必然なのかも。


「キョウジ・ザ・シルバー。お前はどうして略奪者にならない?」

「一度奪う側に回れば暴力の連鎖に巻き込まれることになる。そしてより強い者に奪われる側に回ることになる。俺はこの世で最強だと驕っている訳じゃない」

「しかしそうやって人々を助け回るのも辛かろう」

「別に善意でやっているつもりはない。仕事だ。この世界で、俺が生きる術は命を賭けること位なんだよ」


 キョウジは街の長老と話していた。長老というがまだ若く、50代後半に見える。それでもこの時代では長生きな方である。老境に至るまで生きる人間は稀――まあ、そこまで生きたいと思う人間もそんなにいないのかもしれないが。


 ともあれ、キョウジは決して自分を善人とは思っていない。誇りがあるだけだ。


「しかし独りで戦うのは厳しいのではないか? 人類の守護を目指すなら〈ザ・ラウンドテーブル〉に参加した方がいいんじゃないのか?」

「ラウンドテーブルは人間の組織だ。デモンの俺には入れない。それに、言っただろう。俺は仕事でやっているだけだ。守るのは別に目的じゃない。やるべきことは別にある」


 無駄話はこれ位で良いだろう、とキョウジは言った。


「それで、今日襲撃があるのは間違いないことなのか?」

「偵察隊によれば、間違いなく今日だ。奴らも物資が枯渇しているんだろう」

「中々優秀な偵察隊だな」

「しかし戦う力はない。そういったものは先に死んでいった」

「力あるものから先に死ぬ、か。まったく無情な世界だな、ここは」


 自分にはまだ生き残る力はあるのか?――そう自問しながら彼は言った。



         ◇



 西暦、という数字がまだ意味を持っていた21世紀中盤。文明の崩壊は突然やって来た訳ではなかった。


 第一の災厄は空からやって来た。宇宙展望台が発見したその小惑星は99・86パーセントの確率で地球に衝突すると推測された。しかもそれに対抗するための時間も碌に与えられてはいなかった――発見時で5年以内であることが明白になったのである。


 世界の混沌はすでに始まっていた。しかし人類もそこまで無能ではなかった。反核主義者たちは嘆いたかもしれないが、核弾頭ミサイルを大量に投射して小惑星を破砕する計画が直ちに取られ、その為のミサイル発射場も世界各地に建設される。


 ゼロ・デイ――発射場からの一斉飽和射撃。完全に破壊出来る公算はなかった。しかし軌道を逸らすことは出来るかもしれない。人類はそこに一縷の望みを託した。果たして攻撃は行われた。核ミサイルは小惑星を割る事には成功した。しかし3分の2は軌道から逸れたものの、残り3分の1は残り、破砕された隕石として世界各地に降り注いだのである。


 政治経済ともに狂乱が訪れた。完全な壊滅ではなかったことが、むしろ混沌を加速したのかもしれない。アメリカ合衆国を中心とした先進国は団結して秩序の回復に向かおうとしたが、各地の紛争は止まらなかった。奪えるものから奪う――その混沌はこの頃から始まっていた。そのアメリカにしてからが、特に隕石落下の被害を蒙った地域であり、政情不安は加速し、分裂国家になった。この被害を機に旧秩序を転覆せしめんとする勢力が躍動したのだった。団結は崩壊した。


 しかし、それが決定的な破壊をもたらしたのではない。


 その災害の直後、怪異が発生した。超常的な力、不老、異能を発現した人類が現れたのである。特に強力な者であれば一個戦車中隊ですら鎮圧できないほどの恐るべき力だったのである。彼らは特異体――デモンと呼称されることになる。デモンの発生は世界各地で報告された。証明された訳ではないが、隕石に付着していたウィルスが原因ではないかと言われている。それだけ同時多発的だったのだ。


 勿論、その全てが無法者と化した訳ではない。しかし力こそが全てとなりつつあったこの世界に於いてそれは暴威となった。食料生産も不安定になっていたから、軍事国家とともに彼らも徒党を組むようになり、闘争は激化した。それは原始的闘争の復活であった。戦争は他を以てする政治の延長、という有名な言葉は意味を為さなくなった。そこにあったのは無制限な略奪の応酬だった。


 最初は誤動作だったと、今では言われている。


 小惑星破壊の為に大量生産された核兵器が人類に牙を向いた。1発目の核弾頭がモスクワに着弾した。そして応報の女神ネメシスが目を覚める。すでに強力な秩序も失われ、軍事独裁国家の小国ですら核武装している時代になっていたのである。その結果は自明の事。全面核戦争がやって来た。


 破滅の予言を信奉していた輩の願望が現実になった。文明は崩壊した。


 残されたのは砂塵の舞う乾いた世界。そして混沌の世に蔓延る悪魔(デモン)たち。


 しかし人類はまだ生きる希望を捨てた訳ではなかった。どれほどの悪夢の世界だったとしても。



        ◇



 キョウジは戦いが嫌いではないが、かといって戦闘狂というほど欲している訳ではなかった。戦わずに済むならそれに越したことはない――尤も今回はそのケースではない。


 ナダの街は周りを鉄条網で囲まれている。2方に海を背負い、埠頭に繋げたボートの中に住んでいる者も多い。つまり逃げ場はないという事だ。度重なる襲撃に遭いながらもそこを放擲しなかったのは資源の問題もあるが、それが一番大きい。


 そして今、キョウジは鉄条網が切れた入口に立っている。この程度のバリケードは大した防護壁にもならないだろう。それでも必要なものである、と彼は思う。自分たちはこの場に生きるのだ、そういう意志を示すために。


 やがて敵が砂塵の向こうからやって来た。さほど数は多くないと見た。オートバイに乗った男が5人、バギーが2台で、そこには3人ずつ乗っている。大した数ではないとは言っても、彼らが全てデモンなのであれば侮ることは出来ない。


「腐るほどガソリンを収奪したんだろうな」


 少し憎々しく思いながらキョウジは呟いた。奴らが度々街を襲撃、略奪しながら住人を殺戮して占領しないのは、つまりそういうことだ。奴らに働く気はない。奪うことに慣れてしまっている。だから「生産」を住人に任せて、実が熟したころに奪いに来る。奴らにとっては「収穫」と言えるものなのかもしれない。


 キョウジにはそんな事情は知ったことではなかった。だがそういった無法者に憤りを覚えるほどには正義感もあった。世直しをしている驕りは無かったが、不逞の輩を見過ごすほど寛容でもなかった。


「さて、もう少し……」


 キョウジは奇襲をするつもりは無かった。この開けた土地ではそもそも不可能である。だが先手は取らなければならない。出来るだけ引き付けた後、彼はホルスターからオートマチック拳銃を抜いた。銃は滅多に使わない。銃弾は貴重だからである。デモンを屠る、隕石から取れた金属を使った銃弾ならなおさらである。今装備しているのは普通の鉛玉だ。つまり牽制程度にしか使わない算段である。それですらもいつ補給出来るか分からない。


 大して射撃の上手いキョウジではなかったが、その時は上手く行った――銃弾は正確にバギーのタイヤに当たり、パンクさせた。それからもう一台にも撃つ。車は横滑りしたが、転倒はしなかった。まず罵声が聴こえた。それから賊たちがマチェットを持ってぞろぞろと降りてくる。オートバイの奴らも停止した。銃火器を持っている者はいなかった。貴重品である銃火器は、いかに収奪を繰り返した賊にしても簡単に手に入れられる物ではない。


 オートバイの賊は降りていない。まるで横隊の脇を固める騎兵のようだな、などとキョウジは思った。


「なんだなんだ、てめぇはっ!」


 誰かがリーダーになって統率を取っている、という訳ではなさそうだった。その中のひとりは最初憤怒の表情を見せたが、やがてそれは侮蔑の色に変わった。こちらがたった独りだと見たからだ。


「てめぇ、正気か? たった独りで俺たち〈スパルタカス団〉に戦いを挑もうなんざぁ」


 これ位の勢力なら問題ないな、とキョウジの心は平静だった。力はあるかもしれないが、専門の訓練を受けた兵士ではない。ただのチンピラだ。彼はもっと強力な敵と戦ったことがある。


「街も大分やせ細って来たのかもしれねぇな。こんな優男独りを用心棒に雇うたぁ」


 言ったのは別の男だった。キョウジはそれを聞き流していた。彼らと話すつもりはなかった。あるのはただ戦闘である。その意思表示をするようにキョウジは左のベルトに差してある鞘から刃渡り30センチほどのやや大き目な短剣を抜いた。それは彼の瞳と同じような銀色の鈍い光を放っていた。


 向こうから嘲笑が起こった。


「へっ、独りで、しかもそんなしょぼい得物かよ」

「俺にはこれで十分。十分な相棒だ」


 とは言え、確たる銘がある訳でもない。無銘の短剣――キョウジは武器に名前を付けて愛でるような趣味を持っていなかった。無骨なのである。


「まぁいい。野郎ども、まずこいつからやっちまえ!」


 賊たちがマチェットを振り上げて駆け出す――その前にキョウジは疾駆していた。彼らにはそのキョウジの姿は見えなかったに違いない。


 そしてその瞬間、彼の瞳が煌めいていたことも。


 いつもの光景。時間が間延びして、相手の動きがとても鈍く見える。奴らの罵声も歪んで低く聴こえる。そういった時、キョウジはいつも思うのである――彼らの時間が遅くなっているのか、それとも自分が加速した時間の住人なのか。


 その答えが出たことはない。だがそれが唯一無二の彼の能力だった。


 銀の目は世界を鈍化させる。その中でキョウジのみがいつもと同じように動ける。相手には自分が超スピードで動いているようにしか見えないだろう。


 その結果は明白。


 キョウジはすぐに3人を捉え、ひとりの首を刎ね、ひとりの心臓を突き、ひとりの腹を抉った。彼らは断末魔を上げる暇もなく、黒い霧となって消滅した。それがデモンの死だった。


 場はすぐに恐慌に陥った。


「ま、まさかてめぇ……〈銀の目のキョウジキョウジ・ザ・シルバー〉!」

「俺の名も割と売れてきたようだな」


 さして嬉しい訳でもないが。


「くそ、くそっ、まとめてやれぇ!」


 3方から賊が襲い掛かる。普通ならタコ殴りになるところだ。だがここでもキョウジは〈加速時間〉を発動させる。降ってくるマチェットをスウェイバックするように回避。それから一番惑っている男の首に短剣を突き刺す。それから距離を取った。短い時間で〈加速時間〉を連続している。この力は無限大には使えない。本当はもっと休みを取って使わなければいけない。最大使用時間は20秒。連続すればその時間はどんどん短くなっていく。もっとも過剰に使用した経験はない。体感でそれ以上使ってはいけないという確信があるだけである。もしそうなれば、きっと身体は崩壊してしまうだろう。


 つまり自分は無敵でない。


「や、野郎!」


 戦闘訓練も受けていなければ、大した戦術眼も持ち合わせていないんだろうな、とキョウジは思った。今頃になってオートバイの男たちが轢き殺そうとエンジンを唸らせた。しかしここまで接近すれば十分な速度を得られない。


〈加速時間〉を使わずともキョウジには十分な身体能力がある。突進してくるバイクを紙一重で回避し続け、同時に横蹴りを入れて賊を転ばせた。こういった輩はどうして似たような顔になっていくのかね、なんて考える余裕すらあった。


 残りは7人。キョウジは再び後ろ跳びして距離を取る。時間を掛けるつもりはなかった。完全に算を乱し、狼狽している名も無き賊に後れを取る気は全く無い。


「こ、この……」

「地獄で待ってな」


〈加速時間〉――最大発動。


 その20秒間の間に、キョウジは全てを終えた。ほとんど止まって見える男たちをひとり、またひとりと屠っていく。黒い霧は濃霧となって辺りに漂う。それが霧散した時、立っていたのはただひとり、キョウジだけだった。彼は掠り傷ひとつすら付いていなかった。主を失った車やバイクが無残に転がっている。


「こんなもんか、大したことなかったな」


 しかしこれが賊の最大戦力という訳ではないだろう。この敗北が知れ渡れば奴らは主戦力を投入してくるかもしれない。それを分かった上で俺の仕事は終わったから後はよろしくと行くことは出来ないだろう。一度は守ったかもしれないが、結局略奪と被害の構図が変わらなければ、すこし寝覚めが悪い。


「……乗り掛かった船だ。やるしかないな」


 しかし難しい事を考えるのは後でもいいだろう。


 今は自分を待つ者のところに戻りたかった。

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