『西方奴隷商』
第七話
俺たちは、現在街はずれにある小さな酒場に来ていた。
コラゴン曰く、ここが奴ら『西方奴隷商』のアジトらしい。
「本当にこんなこじんまりとした酒場に、一大組織のアジトがあるのか?」
と疑いの目をリュックの中に隠れているコラゴンに向ける。
「ほんまやって、ここの地下にはどでかい空間があんねん。」
「地下....か。」
てことはどこかに隠し通路があるんだな。
意識を集中して『レーダー』で探せば.....見つけた。
バーカウンターの下に、隠し通路がある。
問題は、どうやってバーカウンターの前にいる店主を欺くか....。
「隠し通路が、バーカウンターの下にある。」
「よくわかったわね。」
「スキルで探した。それより、どうやって入るかだ。」
「私に任せて。」
そう言って、ソルナが店主の方へ歩き出す。
「ねえ、ボスに会いたいんだけど....。」
まじか。
普通に聞きやがった。
「なんだ。冷やかしなら帰ってくれ。」
「例のドラゴンのことよ。」
そう言うと、店主の表情が変わった。
「......わかった、通れ。」
ソルナがこっちに視線を送る。
俺は立ち上がって、店主が開けた隠し扉の中に入った。
「このまま真っ直ぐ行って突き当たりを左だ。そこにボスの部屋がある。」
「感謝するわ。」
そう言って俺たちは通路を歩き出した。
「ナイス!ソルナ。」
ふん。っと誇らしげになるソルナ。
その間に、俺は『レーダー』で罠がないか確認する。
「罠は....無いな。ん?」
確かに罠はない。
でも気になることがいくつかある。
それは、アジトが異常に広いことと、突き当たり右の方に、沢山の生体反応があることだ。
間取り的には、多くの部屋がある。
「ソルナ、突き当たりを左に行く前に、右によってもいいか。」
「構わないけど...何か気になることでも?」
「ああ、ちょっとな。」
そう言うと、ソルナは不思議そうな顔をした。
そして、突き当たりを右に曲がり、まっすぐ進むと、開けた空間に出た。
個室がたくさんあり、螺旋階段が下に続いていて、まるで刑務所みたいだ。
いや、似たようなものだろう。
案の定、ここは牢屋だった。
「『ブレイドバッド』、『ダークウルフ』、『ブルーボア』、『ホーンラビット』....まじで沢山のモンスターが収容されてるな。」
普通、冒険者の討伐対象となっているモンスターが、生きたまま捕獲されている。
おそらく、裏で取引されているんだろう。
「『ティベル王国』は2つの大国の貿易の中継地点だわ。ここに、拠点が置いてあっても不思議ではないわね。」
ソルナの言う通りだろう。
『西方奴隷商』は、『ティベル王国』の裏で、モンスターを取引して、儲けていたのだ。
そして、さらに下の階に進むと、見回りの声が聞こえた。
「隠れろ!」
幸い見回りは、階段をのぼるわけではないようで、そのまま通路を進んでくれそうだ。
二人の見回りは、俺たちの存在に気づかず、呑気に会話をしている。
「それにしても、なんたって『あの方』はあんな1匹のドラゴンと1人の少女に大金を叩くんだかねぇ。」
「金持ちの考えることは、俺たちにはわからねぇよ。」
「はは、それもそうだな。」
なんとなく聞いていた話だが、すごく重要な気がする。
1匹のドラゴンってコラゴンのことか?
だとしたら、1人の少女とは誰のことだ?
わからない。わからないが、もしこの仮説があっていたら、『あの方』と言うやつが黒幕ということになる。
「お前を捕まえてたがってる奴に心あたりはあるか?」
コラゴンに聞いてみる。
「ある。」
「誰だ!?」
これで犯人がわかったら、だいぶ楽になる。
「それが、心あたりが多すぎてわからんねん。」
「.....」
使えねー、と思った。
まあいいや。
見回りも通りすぎたし、とりあえず進むか
下に行けば行くほど、モンスターのランクが高くなっていた。
『オーク』、『サンライオン』、『デーモングリズリー』などのCランクのモンスターもしばしば見かけた。
「見た感じCランクがここに収容されている最高ランクのようだな。」
実はもう一つ下に階があるのだが、そこからは別の生き物が収容されている。
『レーダー』でわかるのだ。
「ソルナ。今から最下層に行くが、何を見ても声をあげるなよ。」
「....わかったわ。」
ソルナは戸惑っていたが、これは俺がソルナにできる最大の忠告だった。
なにしろ、最下層に収容されている生物は.....
「.....ッ!!」
ソルナが悲鳴をあげそうになるのを、慌てて口を塞いで止める。
彼女がびっくりするのも無理はない。
なぜならこの階に収容されていたのは人間だからだ。
正確にはヒト、獣人、小人そしてエルフだ。
この世界では、一定の条件を満たした生物を人類に分類する。
そして、人類を売買するのは明確な犯罪だ。
「覚悟はしていたが、ひどいな....。」
そこらじゅうに、生きているのか死んでいるのかわからない商品が放置されている。
いや、おそらく生きているのだろう。
商品が死んでしまっては価値がなくなる。
生きていると言うよりは、死んでいない、という表現が正しい。
それにしても、劣悪な環境だ。
一つの部屋に何人もの奴隷が押し詰められており、昼食だったであろうカビたパンがいたるところに落ちている。
糞尿も放置されており、呼吸もまともにできない。
「ユキマル君、助けてあげられないかな?」
「残念だが、全員連れ出すとなると難しいな....。とりあえず『ヒール』はかける。」
そう言って、一人一人に『ヒール』をかけて回る。
牢屋の鍵は力技で壊した。
「あなた....は.....?」
全員に『ヒール』をかけ終わると、獣人の男が意識を取り戻した。
犬の耳が生えている。
「俺は、ただの冒険者だ。それより大丈夫か?」
「は...い...。」
はい、とは言ったものの、声はかすれている。
「他に意識の戻った者は?」
ソルナが、全員に問いかける。
すると何名かが弱々しく手を挙げた。
「意識が戻ったやつは連れて行く。それ以外は一旦ここに置いていく。心配するな。俺たちはここを攻略しに来たんだ。あとで必ず戻ってくる。」
「ありがとう...。」
連れて行くことになったのは、獣人3人、ヒト5人、小人4人にエルフ1人だ。
不思議なことにエルフは1人しかいなかった。
つまりこの子を連れ出せば、一種族は助け出せたことになる。
「それじゃあゆっくり進もう。見回りにだけ注意してくれ。」
そう言って、俺たちは階段を登り始めた。
なんとか最上階に着いた俺たちは、最初のT字路に戻ってきた。
あとはここを左に曲がれば、酒場に出られる。
そう思った時だった。
「おいお前達、何者だ!」
アジトに戻ってきた、奴らと鉢合わせてしまった。
先頭には口にマスクをしている、忍者みたいな女がいる。
「お前は...!」
バレた。
おそらく、この女は俺達の正体に気づいたのだろう。
「まさか、のうのうと敵陣に侵入してくるとは!」
そうこうしているうちに後ろから、見回りが集まってくる。
完全に囲まれた。
流石に全員を守りながら戦うのは厳しいので、残された道を走るしかない。
このまま真っ直ぐ進んだ部屋、そうボスの部屋だ。
「そっちには、部屋が一つあるのみ。正に袋のネズミだな!」
状況は依然最悪だが、部屋に行けば、対面する向きを絞れる分いくらかマシなはずだ。
「全員いるわね!」
「はい」
ソルナが確認をする。
どうやら大丈夫そうだ。
部屋の中は少し広い。
奥に机と椅子があるが、ボスらしき人物はいない。
「大人しく捕まりな!」
ドアの方には、部下を引き連れた女が立っている。
しかし、捕まるわけにもいかないので、とりあえず剣を抜く。
「へえ、このアタイとやろって言うのかい?」
シュッ!
そう言ってとてつもない速さで、ナイフを投げてきた。
でも俺には見える。
大丈夫だ避けれる。
....いや、狙いは俺じゃない。
ソルナだ。
すかさず腕を出し、ナイフを受け止める。
グサッ
「あっぶね!」
ソルナは何が起こったかわからずに、目をパチクリしてる。
大丈夫そうだ。
しかし、安心した矢先、視界がグワンと歪んだ。
「はは、受け止めたね。」
「なに?!」
「そのナイフにはね、かすりでもすれば、1分以内に確実に殺せる毒が塗ってあるんだよ。つまり、あんたはもうすぐ死ぬ!」
「....!」
「ユキマル君!」
冗談じゃない。
こんなところで死んでたまるか。
でももう、立っているだけでやっとだ。
やばい。
今度こそマジで....
『ピロン』
『潜在能力No.8 <<斬撃耐性(特)>> を解放します。』
『潜在能力No.12 <<貫通耐性(特)>> を解放します。』
『潜在能力No.26 <<毒無効>> を解放します。』
ほんと『ブルーボード』様々だ。
おかげで、視界が元に戻る。
気分もなんともない。
とりあえず腕に刺さっているナイフを抜く。
「っ痛!」
自分で腕に『ヒール』をかけえる。
先ほどまで恐ろしかった物が今度はこっちの手に渡った。
「なに!?なぜ死なない!」
この現状に対して、俺よりもソルナよりも驚いているのは敵の女だ。
「さあな。ところでこのナイフ、一つしか持っていないようだが、俺が貰っても問題ないか?」
「っく....。」
おそらく、倒した相手から抜くことを想定していたのだろう。
「どうやら俺には毒は効かない。それに、この距離なら一瞬でお前ら全員にかすり傷ぐらいならつけれる。」
どうする?と視線を送る。
「....降参する。」
どうやら、自分のナイフの威力は自分自身が理解しているらしく、相手はあっけなく降参した。
それに伴い部下も武器を下ろした。
しかしこれで終わりではなかった。
それは、全員を『ロープ』で縛り、ここから立ち去ろうとした時だった。
「おいおい、これはどういう状況だぁ?」
いかにも強そうな男が扉から入ってきた。
胸筋はフィストといい勝負をしそうだ。
「ボ、ボス、すまない。こいつらの侵入を許した上、商品を何人か連れ出されそうになった。」
俺たちをそっちのけで会話をしている。
「んで、お前はなんで縛られてるゾーラ。」
「そ、それは....あいつらに負けたから....。」
「そうかそうか。」
ズシャ。
鈍い音と共にゾーラと呼ばれていた女の首が飛んだ。
物理的に。
「.....ッ!」
その場にいた全員が驚きを隠せない中、その男は続ける。
「いいか。使えない部下はいらない。替えはいくらでもいるんだ。奴隷のようにな。」
ヘラヘラと笑いながら言ってやがる。
正気の沙汰じゃない。
「おっと、失礼。お前達の相手だったな。どうだ?いい話がある。とりあえず聞いてくれ。」
そう言って、警戒している俺たちの間を通って、部屋の奥へと進む。
自分の席に座ると、男は続けた。
「俺の名前は、ザグス。ここのボスだ。一応『西方奴隷商』の幹部でもある。」
幹部?!
まじかよ。
「ところで、俺が送った部下が3人ほどいたはずだが、そいつらはどうなった?」
3人の部下?
監視のことか。
「悪いな、全員まとめてギルド『アンダーワールド』に突き出してきた。」
「....そうか。」
「部下の心配をするなんて意外だな。」
「心配?笑わせるな。始末する手間が省けただけだ。」
こいつ...!
「話を逸らして悪かったな。それじゃあ、そこに居るエルフのガキと、お前が背負っているリュックに入ってるドラゴンを渡せ。そうすれば、下にいる他の奴隷も連れてここを去っていい。どうだ?いい取引だろ?」
っ.....!?
こいつ、コラゴンに気付いてるのか。
でもなんで、エルフの子を.....?
「信じるとでも?」
「信じるも信じないもお前の自由だが、俺はこれでも商人の端くれだ。取引はきっちり守るぜ。」
「....そうか、俺達もこのドラゴンから依頼を受けててな。きっちり守らなきゃいけねぇんだ。」
こいつはどこか侮れない。
俺の勘がそう言ってる。
だからこそ、絶対に渡すわけにはいかない。
「そうか.....残念だ。穏便に済ませる最後のチャンスったのにな。」
そう言うと、ザグスは机の下にあるレバーを引いた。
「じゃあな。」
ガクンッッッッ!
なんだ、何が起きた?
全身の力が一気に抜けたようだ。
しかし、それもそのはず。
なぜなら...
「床が、開いた!?」
なんと、立っている床がパッカリ開いたのだ。
ザグスは安全なところで座りながら、俺たちが落ちていく姿を眺めてる。
「まあなんだ。人生最後の瞬間を楽しんでくれ。」
そう言うと、床は再び閉まった。
暗闇に落ちていく俺たちを残して....。
いつか、短編も書いてみたいな、と思っています。