果たすべき責任
第五十七話
ギルティアの村が『ロストワゴン商会』を名乗る魔族の集団に襲われた前日、スヴァルクは村長の自宅に呼ばれていた。
厳密にはスヴァルクだけでなく、村中の村長と関わりの深い男どもが招集されていたのだ。
といっても二者間の関係は良好とは言えない。
全員、村長に何かしらの弱みを握られている者たちだ。
それは借金であったり、何かしらの恩であったり、情報であったり、様々だ。
これらの中には村長が仕向けたものまである。
そういったことから村長は村中から嫌われており、人々も渋々招集に応じただけにすぎないのである。
そんな中スヴァルクの両親も村長からそこそこの額の借金を抱えていた。
借金というと語弊があるが、実は祖父が重い病に侵されていた時、薬の代金を村長に建て替えてもらっていたのだ。
そんな祖父も今はすでに他界しており、残ったのは契約書になかったはずの利子によって膨らんだ借金だけだ。
それでもスヴァルクの両親はその借金を返済しようと努力していた。
そこで足元を見られたのである。
この集会は決して”正義”と呼べるものではなかった。
「いいか、あの薄汚い『ロストワゴン商会』とやらだが、売りに出している品物はなかなか目の見はる物がある。」
村長室のデスクに足を乗っけ、ふんぞり返りながら続ける。
「今日まで奴らと何度も交渉をしたが、ついぞ値下げには応じなかった。」
村長のいう交渉とは半ば脅しみたいなものであった。
近隣の村で悪評をばら撒き商売をできないようにしてやる、などなどだ。
しかし、どうやらそう言った村長の常套手段は『ロストワゴン商会』には通じなかったようだ。
それが村長には気に入らなかった。
今までは権力でものを言わせていたものの、外部から来た商人らごときにわがままを通せないのが、全くもって気にいらなかったのだ。
「明後日、奴らは我が村を離れるらしい。そこでだ、お前たちには今夜、奴らのキャンプを襲撃してもらう。価値のあるものを根こそぎ奪ってくるのだ!」
「そ、それは...」
「あん?」
村長のあまりにも横暴な命令に異論を持つ者はいてもそれを口に出せる者はいなかった。
かくいうスヴァルクもその一人であった。
「作戦は明日の真夜中だ。いいな?」
圧をかけるように村長が念を押す。
全員首を縦に振るしかないのであった。
・・・・・・
・・・・
・・
「ねぇ、スヴァルク、英雄って知ってる?」
時間は例の作戦の決行日の昼まで進む。
その日もスヴァルクは、両親が仕事で不在のギルティアの面倒を任されていた。
「あ、ああ、英雄ダルフのことか?」
「そう!ママがよく読み聞かせてくれるんだ。私もいつか、正しいことをして、人々を助けたいんだ!」
無邪気に笑いながらギルティアは空へと手を伸ばした。
二人は村の近くの草原に生えてある一本の木の下に座っていた。
ここはギルティアのお気に入りの場所だった。
スヴァルクもだんだん気に入りつつある場所だ。
ここでは大人のしがらみを忘れられる。
まだ成人と呼べる年齢には達していないものの、スヴァルクは親の件があり、そういった世界に片足を突っ込んでいた。
でも風に吹かれて木陰で居眠りをしていると童心に戻れるのだ。
しかし、今は違った。
昨晩の村長の言葉が頭から離れないのだ。
一方的な理由で行商隊を襲うなんて....そんなの完全に俺たちが....。
罪悪感がよぎる。
それでも今夜やるしかないのだ。
今回の件にあたって、村長は借金の大幅な減額を約束してくれた。
父だけに重荷を背負わすわけにはいかない。
少しでも借金を減らせれば家族の負担が減るのだ。
そして、そんなことで悩んでいるスヴァルクに、ギルティアの先ほどの言葉は鋭く刺さった。
「どうしたの?今日のスヴァルク、なんだか変だよ?」
「いや、なんでもない...なんでもないよ。」
今に思うと、スヴァルクの嘘はこの時から始まっていたのかもしれない。
だが当の本人はこれが運命を分けるとは思いもしなかったのだ。
「なあギルティア、俺がもし悪いことをしてしまったらどうする?」
「急にどうしたの?」
俺は何を幼い少女に聞いているんだ、と呆れる。
どんなに縋る相手が必要だとしても、間違いなく彼女ではないだろう。
むしろ立場で言うと、自分は頼られる側なのだ。
それなのに、この時は無意識に質問をしてしまった。
「うーん、英雄ダルフみたいにやっつけてあげる!私のパンチをお見舞いしてね!」
「.....」
やはり求めていた答えはなかった。
彼女はあくまで純粋な子供で、現実的な解決策は出してくれない。
それは初めから分かっていたのだ。
分かっていたのにだ。
まだ、誰かが手を差し伸べてくれると期待してしまったのだ。
・・・・・・
・・・・
・・
そして、決行の時はきた。
スヴァルクの手は震えていた。
まだ迷いを捨てきれていないのだ。
それは村長を除く他の村民たちも同じだった。
「何をぐずぐずしている?たかが愚鈍な商人だぞ。心配せずとも簡単に殺せるわ。はっはっは。」
村長の高笑いとともに、事件は起きてしまった。
次々とテントの中から商人たちが出てきたのだ。
「残念です、我々はただ交易がしたかっただけなのに...。」
彼らはこの企みを予測していた。
いや、初めからわかっていたのかもしれない。
なにせ村の長がこのような愚か者なのだから。
「は!今更気づいたところで遅いわ。やれ!」
傲慢にも村人たちに命令する村長。
しかし結果はほんの数秒で明らかとなった。
ボオオォ!!
先頭に立っていた村人が商人の手から放たれた『ファイアボール』によって焼かれる。
その場で全員が勝てないと悟った。
まず初めに逃げ出したのは村長だ。
そのずんぐりとした肥満体からは想像できないほどの速さで自身の家へと逃走したのだ。
そして村人たちも続いた。
もちろんスヴァルクもだ。
しかし、それをやすやすと逃がすような商人達でもなかった。
「はあはあ、なんなんだ、ちくしょう!!あの商人どもめ必ず後悔させてやる!」
自室に閉じこもり、反撃の策を講じる村長。
しかし彼に大していい作戦は思いつかなかった。
ドンドンドン!!
そんなこんなで頭を抱えていると、あとを追って逃げてきた村人たちが家のドアまでたどり着いたようだ。
「村長開けてください!!」
「どうするんですか?どうすればいいんですか???」
村人たちの怒号が聞こえてくる。
もうすぐ扉も破られて、奴らは中に入ってくるのだろう。
そう思った矢先、怒鳴り声がやんだ。
怖ろしいぐらいに静かになったのだ。
「っは、諦めよったか。」
安心したのは束の間。
ドッ!!!!
今度は一撃で扉が粉砕する。
入ってきたのは『ロストワゴン商会』だった。
村人たちは彼らから逃げたのである。
「ひぃぃぃぃぃ!!!」
なすすべもなく、部屋の片隅にうずくまる村長。
それは先ほどの傲慢な態度と打って変わって情けない姿であった。
「我々はこの村に留めていただいた恩があります。」
商会のリーダーが話し始める。
「ですのであなたの非礼な態度にも目を瞑ってきました。」
「そ、そうだ!お前たちはワシに恩がある!だから、さっさとこの村から出ていけ!そ、そうだ、どうせなら商品をいくつか置いてってもいんだぞ。は....はははは.......。」
「......」
調子に乗った村長を見るリーダーの目は冷ややかだった。
それは彼でなくてもそうだっただろう。
「醜い。」
「は?」
「下賤だと言ってるんですよ。あなたのような人物は。」
リーダーが被っていた帽子を脱ぐ。
そこには魔族の角があった。
同様にほかの商人たちもそれぞれの方法で隠していた魔族の特徴をさらけ出す。
「き、貴様ら、まさか魔族なのか...?!」
ここにきてようやく自身が誰に喧嘩を売ったのか理解する村長。
「我々は大義を持っている。それはいつか身分、人種、種族、年齢、環境、あらゆる要因を切り捨て交易ができる世界にすることだ。『ロストワゴン商会』はその先駆けになりたい。だから魔族である我々は人類領にきた。」
「そ、そうか、ならワシが良い噂を付近の村々に風潮しておこう、ど、どうだ?貴様らにとっても悪い話ではないだろう?」
「テメェ!!」
後ろに控えていた商人の一人が拳を振り上げ村長に迫る。
しかし、それを片手で制止するリーダー。
「村長、あなたのような人間を見ると、我々の夢はただの幻想で終わるのではないかと不安になることがあります。どの時代においても、あなたのようなクズがいるから争いはなくならないのです。」
リーダーが腰に携えていた剣を抜く。
「ここに来るまでに多くの村民に姿を見られてしまいました。まだ魔族の噂が広まるわけにはいかない。今はまだ正体を明かす時ではないので。不本意ですがやむを得ない手段を取らせていただきます。今夜ここで起きる惨劇は全てあなたのせいです村長。」
「ま、待ってくれ、か、金ならどうだ?金ならいくらで──」
グシャァァ!!!
村長の死にざまは、それはもうあっけなかった。
「火を点けなさい。」
リーダーがそう命じると、村長の家はたちまち燃え上がった。
こうしてギルティアの知るあの夜の事件へと繋がっていったのだ。
・・・・・・
・・・・
・・
奪った馬車で村から離れた安全な場所まで来たとき、まず初めにギルティアの様子を伺った。
彼女の両親は殺された。
生まれ育った村は燃やされた。
到底幼い少女が受け入れられるはずがない。
しかし、実際は意外にも冷静だった。
いや、むしろわかりやすく怒りの感情に支配されていた。
それがあまりにも冷徹な怒りであったため、一見冷静でいるように見えたのだ。
しばらくの沈黙ののち、ギルティアは英雄になると言った。
憧れていた英雄ダルフみたいな存在になると。
しかし、その目的は彼の英雄とは全く違うように思えた。
少なくともスヴァルクはそう思ったのだ。
ギルティアは間違いなく魔族を恨んでいた。
しかし、その復讐心が今の彼女の心の支えになっていることも紛れもない真実だった。
だからスヴァルクは迷った。
本当のことを打ち明けるべきなのかを。
だが結果的にスヴァルクは何も言えなかった。
斬られた左目が痛む。
スヴァルクはそれを戒めとして忘れないようにした。
こうして、スヴァルクとギルティアはまったく違う視点を持って現在に至ったのだ。
・・・・・・
・・・・
・・
「すまない、本当にすまないギルティア!本当に”悪”なのは、いつも自分で何事も決断できない、流されてばっかの俺なんだ...。」
はあはあ、とギルティアの呼吸が荒くなる。
もし、スヴァルクの話したことが真実なのだとしたら。
もし、ギルティアの村を滅ぼしたのが魔族の襲撃ではなく、村長の愚かな行いなのだとしたら.....。
今まで掲げてきた大義は何だったのだろうか......?
「うっぐ、あああああ──。」
声を抑えられず悶絶する。
それは整理のつかない感情からくるものであった。
なぜ、私は家族を奪われた?
誰を恨めばいい?
今まで心の支えだったものが急になくなったのだ。
もはや立ち直るのにも時間を要するだろう。
まさに心身ともにボロボロというやつだ。
それはかろうじて保っていた彼女の制御能力を奪った。
「まずい、暴発するぞ!」
もう間に合わない。
俺とルクスは選択を余儀なくされていた。
その時だった──。
「ギルティア、今度はちゃんと止めて見せる。」
そう言うとスヴァルクは地面に向かって拳を突き出した。
そして『固有スキル』<<衝撃伝播>>によって、地面を殴った衝撃がギルティアの足元まで伝わる。
ギルティアがそれを避けることなく、スヴァルクの攻撃は見事にヒットした。
皮肉だな.....。
パンチをお見舞いして止めてくれるのはお前のはずだったのに...ギルティア。
攻撃が命中したギルティアは倒れ、オーラの膨張は収まった。
そしてすかさずユキマルが『ヒール』をしたことによって、ギルティアとスヴァルクは一命をとりとめたのだった。
こうして『カヒューゼム教国』でのすべての戦いは幕を閉じた。
「ユキマル君!!!」
後から追ってきたソルナたちが、合流する。
どうやら彼女たちもうまくやったらしい。
正直その点は疑っていなかった。
ソルナもコラゴンもフリエナも、弱くない。
それぞれの強みがあると思うのだ。
俺はそれを知っていたからこそ、あの時、あの場を任せることができたのだ。
まあそんなことはさておき、一つ気になることがあった。
「そのおっさん誰???」
ソルナ、コラゴン、フリエナ、そして合流したルフテの他に、知らないおっさんが一人紛れ込んでいる。
「あ、この人は──。」
「俺から紹介するよ。」
割って入ったのはルクスだった。
「この人は元々この教会の司祭だった人だよ。ここに来る道中で話した通り、ギルティアが教会を奪う前は別の宗教がこの国にはあったからね。国が混乱しないようにこの人だけは探し出しておきたかったんだ。無事で本当に良かった。」
実はルクスがずっと探していて見つからなかった司祭だが、彼はラストに操られていた。
そして、他の『魔王狂信派』の信者たちとまとめて行動をさせられていたため、探知しにくかったのだ。
幸いにもラストの『固有スキル』が解除されたのち、発見することができた。
ギルティアとユキマルの戦地へ向かうため、一度ソルナたちに身柄の安全を確保してもらい、今に至る。
「なるほどな。じゃあこれで本当に一件落着ってわけだ。」
「....まあ、そうだね。」
「......」
『魔王狂信派』は手を引き、『英傑団』は壊滅、『西方奴隷商』は逃走、この国でのいろんな勢力の思惑が交錯した争いは収まり、事態は収拾した。
それに対するルクスの肯定は嘘ではない。
しかし、それとは別に何か含みのある肯定であった。
「なるほどな。」
周りを見わたしたユキマルはすぐに気が付く。
最初の戦場であった教会は周辺の建物含めて崩壊、他にもところどころに戦闘の影響が出ている。
しかもそれは目視できる範囲でのことだ。
つまり、国中いたるところがかなりの被害を被っていることだろう。
それに何より、この争いに巻き込まれた一般市民たちが問題だった。
その人たちにとっては目が覚めたら突然知らないところに、全身に傷を負った状態で立たされているのだ。
混乱はまぬかれないだろう。
「まあでもできることはやったんだ。最高の結果とは言えなくても、いい方ではあるだろ。」
これが慰めになるのかはわからないが、一応ルクスに労いの言葉をかけておく。
薄々感じていたが、ルクスには背負いすぎる癖があると感じる。
その原点には『勇者』であるという、常人にはわからない業があるのかもしれない。
でも、それでもルクスはたった一人の人間なのだ。
だから、俺はよく頑張ったなと言ってあげたかった。
しかしもっと大きな声がそれをかき消したのだった──。
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