正義とは
第五十六話
ギルティアの暴走はすさまじかった。
教会を消し飛ばしただけではなく、『カヒューゼム教国』中の建物を破壊し始めたのだ。
ユキマルはその破壊行為を止めるのに尽力していた。
しかし、ギルティアの暴走を止める、根本的な解決策が見当たらなかったのである。
そこで彼女に自身の魔力を使い切らせるという作戦に打って出た。
そのためには彼女の暴走による被害を防ぐ必要があったのである。
しかし、これではらちが明かないとも考えていた。
彼女の暴走はまるで自然災害のようにあらゆる方向に無差別に向けられていた。
それを一人で長時間防ぎきるのは現実的ではないと思ったのだ。
『エリクサー』によってどれくらい魔力が増幅したのかはわからないが、漏れ出す魔力量からして、しばらくは魔力切れは起こさないだろうと予想できた。
そこで別の解決方法を見つけるべく、ギルティアの現状を分析してみることにしたのだった。
まず初めに気づいたのは、彼女が纏う赤紫色のオーラだ。
それは『エリクサー』がギルティアの魔力に干渉した結果だと推測できた。
そして、次に気づいたのは彼女の周りに張ってある重力バリアだ。
これはギルティアの固有スキルである重量を操る能力をうまく応用した防御技なのだろう。
シンプルゆえに強力な障壁となっているのである。
彼女が宙に浮いているのも重力バリアをさらに応用した結果だろう。
三つ目に挙げられるのが、彼女の周りを周回している瓦礫だ。
惑星の周りに星屑が集まるように、彼女の周りにも建物の残骸が集まっている。
それが原因で近づきにくくなっている。
最後に、これが一番重要なのだが、ギルティアの精神面についてだ。
目は開いているものの、はっきりとした意識はなさそうだ。
試しに呼びかけてみたのだが、案の定返事はなかった。
このことから彼女を止めるにはやはり物理的な手段をとるしかなさそうだ。
ユキマルは飛んでくる瓦礫を避けながら、周りへの被害が最小限になるようギルティアの進行を止めていた。
ギルティアに衝撃を与えることができれば、僅かながら活路が見いだせるかもしれない。
しかし、そうしている間にも町はどんどん壊されていく。
二つ同時に行うのはいくらユキマルといえど骨が折れた。
人手が欲しいというのが率直な感想だ。
そんなことを考えていると、次の瓦礫が飛んできた。
先ほどと同様避けてしまおうと考えたユキマルだったが、後ろを見てみると、そこにはまだ無事な民家があった。
「ちょ、まじかよ!!」
慌てて飛んでくる瓦礫を受け止めるユキマル。
野球ボール並みの速度で飛んでくるが、その大きさは約1メートルほどである。
重めの洗濯機が飛んでくるのを想像してもらうとわかりやすい。
しかし、その程度であれば、ユキマルなら簡単に処理できた。
では何がこうもユキマルを苦しめたのか?
それは、ギルティアの近くにいるだけで自動で発動する超重力だ。
先ほどのプライド戦で受けていた重力とは比にならない。
ユキマルでなければ、ギルティアに近づくだけでひき肉になっているだろう。
現に通りかかった鳥たちは一瞬で地面にたたきつけられ、それはもう見るも無残な姿に変えられた。
今回こそマジで、やばいな。
ここの住民には悪いけど、いくつかの建物には犠牲になってもらうか?
てか、俺もそんな悠長に構えてられない!!!
死ぬ!!
あまりに緊迫した状況が続き、最終手段に出ようとするユキマル。
そんなときだった──。
「これは...どうなってるのかな?」
なんと聞き馴れた声がしたのである。
誰だ?なんて野暮な問答はいらない。
なぜなら、こんな危険地帯に、余裕な態度で現れるやつなど、この場に一人しかいないからだ。
「ルクス!!!」
そう、『勇者』ルクスが助っ人として参上してくれたのだ。
ソルナたちを助けて、『魔王狂信派』の件も済ませたルクスは全速力で暴発した魔力の中心地へと向かった。
そして現在に至る。
「ここまで任せてしまってごめん、ユキマル。見た感じ想像しうる最悪の事態が発生したみたいだね。」
「ああ、あの娘は『英傑団』の大司教のギルティアで、『西方奴隷商』から変な薬を受け取ってそれを飲んだらああなった。」
ユキマルが状況を簡潔に説明する。
「呼びかけても応答はないし、物理的に衝撃を与えるしか方法はなさそうだ。」
「なるほどね。それじゃあユキマルはそのまま被害の拡大を防いでいてくれる?俺は彼女の目を覚ましに行くよ。」
「ああ、わかった。でもここの超重力はどうするんだ.....って、もしかしてお前、影響受けてないの?」
ユキマルは自身を悩ませている超重力のことを警告するつもりが、どうやらルクスはその影響を受けていないようだ。
「君は何を言っているんだい?そのくらいレジストできるはずでしょ?」
「え?」
そういえば、なぜ試さなかったのだろうか。
いや、ギルティアの能力が個人に作用するものでなかったから、その発想に至らなかったのだ。
というわけで、超重力のレジストを試みる。
できた。
簡単だった。
初めから簡単な話だったのだ。
まあ、ユキマルの盛大なやらかしは一旦置いておくとして、重要なのはギルティアの正気を取り戻すことだ。
「それじゃあ、任せたよ!」
そう言ってルクスは走り出した。
そしてその速度はあまりにも早すぎて、ユキマルですら追えなかった。
しかし、確かにルクスはギルティアの元へとたどり着いていた。
なんと器用にも、宙を舞う瓦礫の上を走っていたのである。
そしてルクスはギルティアの周りをひたすら走り続けた。
なんだ?
ルクスのやつ、なんでギルティアのことを攻撃しないんだ?
まさか、重力バリアを突破できない...?
いや、もしかして....。
ルクスの行動は一見無意味に思えた。
しかし、その行動にもしっかりと意味があったのだ。
それがはっきりしだしたのはギルティアの出力が強まってからである。
ドドドドドドド!!!!
周辺の建物の被害がさらに拡大していく。
しかし、ルクスは未だ、ギルティアの周りを走っているだけだ。
それとは逆にギルティアのオーラが大きくなっていく。
そして、さらに膨張が続き、ルクスを呑み込んだところで膨張は収まった。
いや、収まっただけではない、なんとはじけて消えたのだ。
重力バリアがまるで限界まで大きくなった泡沫のように、はじけた。
そして、これがルクスの狙いであった。
ルクスは超速度でギルティアの周りを走ることで、重力バリアとは別の力場を作り出し、相殺したのだ。
彼女のオーラが大きくなったのは、暴走が激化したからでなく、むしろルクスに対する最後の抵抗だったのだろう。
ではなぜルクスはこのような面倒くさい手段に出たのか。
彼にとってこの程度のバリアを破ることは造作もない。
それでも、この手段をとるしかなかったのだ。
それはギルティアを守るためであった。
なんと、強力であると思えた重力バリアには思いがけない欠点があった。
それは一度でも突破されてしまうと、使用者に何倍もの衝撃が返ってくるというものだ。
これは、全方向に重力バリアを使ってしまったことによる副作用である。
ルクスはこのことを正確に見抜いていた。
ゆえに軽々しく手を出せなかったのだ。
なぜならば、重力バリアを破るには多少なりとも力を籠めなくてはいけないし、それをしてしまうと、ルクスが出した何倍もの衝撃がギルティア自身に降りかかるからだ。
今のボロボロなギルティアの体にそれは耐えられるとは思えない。
だから、重力バリアは壊すのではなく、相殺する方向に持って行ったのだ。
さて、一方重力バリアを失ったギルティアだが、同時に浮遊能力を失ったため、地上10メートルほどから落下した。
そして、体が地面にたたきつけられるその刹那、ルクスが彼女をキャッチしたのである。
「大丈夫かルクス?」
ルクスの元へ駆けつけるユキマル。
正直、心配なんて必要ないのはわかっているが、なんとなく言ってしまったのだ。
「ありがとう。俺は大丈夫だけど....彼女の状態がわからないんだ。」
そう言って腕に抱えているギルティアを見下ろす。
「まだ、意識が戻ってないのか?」
「どうやら、そうみたいだね。」
彼女は未だに赤紫色のオーラ纏っていた。
恐らくだが、それが悪さをしているのだろう。
「ガフッ」
そんなことを言っていると、ギルティアがせき込んだ。
ユキマルとルクスの視線がギルティアに集まる。
「おい!!聞こえるか?」
とりあえず話しかけてみたが反応はない。
しかし、次の瞬間、事態は予想外の方向へと向かった。
ドドドドドドド!!!!!
重力波の一斉放出である。
暴走は終わっていなかったのだ。
とっさにシールドをだすユキマル。
しかし、問題はルクスの方だった。
あいつ、ゼロ距離であれをくらったんじゃ....。
そして土煙が晴れると、そこにはゆらゆらと立つギルティアの姿があった。
立っているのがやっとといった感じだ。
それだけ弱っているのだろう。
そして問題のルクスだが、俺の横に立っていた。
流石の速さというべきか。
あの至近距離からの攻撃すらも避けれてしまうらしい。
「心配してなかったぜ。」
「ありがとう...でいいのかな?」
そんなたわいない会話を交わすくらいには余裕そうだ。
「さあ、どうする?あいつを正気に戻すにはやっぱり魔力を使い果たさせるしかないんじゃないか?」
ユキマルの提案に対して少し考え込むルクス。
「いや、今の彼女から魔力と体力まで奪ってしまったら、恐らく死んでしまう。だから別の作戦を考えよう。」
「いや、俺がすぐに『ヒール』を使えば問題ないと思うぜ。」
魔力を使い果たした人物は、しばらくの間、体すら動かなくなる。
ラスのようになるのだ。
体の自己修復機能もかなり弱まってしまう。
これは今のギルティアにとって致命的だ。
だから、彼女に魔力を使い果たさせたのちに、ユキマルが『ヒール』で彼女を回復させれば問題ないのだ。
「君は『ヒール』が使えるのかい?!」
少し驚くルクス。
通常スキルとは役職ごとに覚えやすいものが決まっている。
特に聖職者や僧侶などが覚える『ヒール』という汎用スキルは、汎用でありながら冒険者の間で重宝されているのだ。
『ヒール』を持っている攻撃職ならなおさらだ。
このスキルの強みはなんと言っても他者も治療できるところだ。
自己回復系スキルならさほど珍しくないのだが、『ヒール』ような自他回復系スキルは、先ほども言った通り、かなり重宝される。
ゆえにルクスは驚いたのだ。
「ああ、だからこの作戦でいいか?」
「もちろん!」
そうして再び戦いが再開しようとした時だった。
「正義...!!正義のために...!」
ギルティアである。
魔力をかなり消耗したことによって、かえってオーラが薄まり、意識を取り戻し始めたのだ。
「私が悪を....。」
どうやら、暴走してもなお、ギルティアの行動原理は彼女が信じる正義にあるようだ。
魔族は悪、人類が正義。
「『勇者』よ....。あなたは....人類の味方でありながら....なぜ....??」
ルクスに問いかける。
ギルティアは英雄ダルフに倣い、悪としている魔族と戦い続けてきた。
それなのになぜ、『勇者』は魔族の信奉者たちに手を貸すのか?
ギルティアははっきりとしない意識の中で思案する。
「私にも力が....力があれば...!!!あなたのような力があれば──」
「魔族を滅ぼせると言いたいのかい?」
ギルティアのセリフを完成させたのはルクスだった。
途中で言葉を遮ったルクスだが、その顔は真剣であった。
「君がどんなことを経験して、どうしてその結論に至ったのかはわからない。俺にも許せない悪はいるし、守りたいものもある。だから君の正義を安直に否定したりはしない。でも、それを踏まえた上で言わせてもらう。正義ほど定義が曖昧なものはないよ。」
それはギルティアの信念を否定する言葉であった。
「そうですか...あなたも...あなたも....”悪”なのですね。」
ギルティアのオーラが再び膨張を始める。
もう魔力はほとんどないはずだ。
「やめるんだ!!それ以上は君の命を削ることになる!!!」
ギルティアの状態に気づき彼女を制止しようとするルクス。
「ならば”正義”の名のもとに!!!」
しかし、もはやルクスの声はギルティアに届かないのであった。
「おいおい、今度こそマジでまずいぞ!」
オーラの膨張具合を見るに、今から彼女は街全体を巻き込んだ自爆をする気だ。
そして俺たちにはどちらかしか救えない。
街か、ギルティアか。
「どうする?」
「さすがにこれはまずいね。」
ルクスに聞いてみたがどうやらあいつも焦っているようだ。
そんなことをしている間もオーラはどんどん膨らんでいく。
もうだめかと思ったそんな時だった。
「ギルティア!!!!」
大声で彼女のことを呼んだのはスヴァルクだった。
「もうやめてくれ!お前が傷ついたら意味がないんだ.....!!俺が...嘘をついた意味が....。」
その声は悲しみに満ちていた。
しかし幸いにもギルティアはスヴァルクの声に反応した。
そして肥大化を続けていたオーラも止まったのだ。
「思いもしなかったんだ、お前の正義がここまで歪んでしまうなんて。自分を犠牲にしてしまうなんて。すまない...俺があの時ついた嘘を、全て話すよ。あの事件の日に起きた本当のことを...。」
スヴァルクが語りだしたそれは、あまりにも酷で救いのない事実であった。
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