番狂わせ
第五十三話
スロースは、自分のいる地点は安全だと確信していた。
実際、自身の左右を長い石の壁で囲われていたら、誰もがそう思うだろう。
それゆえ、気が緩んでしまっていたのだ。
一方、それぞれ二体の『刃混獣』を引き受けたフリエナとソルナは、壁をまたいだそれぞれのエリアで全力で敵の攻撃を避けていた。
『刃混獣』の一撃で石畳が粉砕されている様子を見ると、一見、死と隣合わせの作業かのように見えるが、実際はそうでもなかった。
どうやらフリエナの言っていた『刃混獣』の知能は低いという考察は当たっていたようだ。
そのおかげで、『刃混獣』の行動パターンさえ理解してしまえば、簡単に避けれるようになってしまったのである。
召喚者が逐一命令を下していたらもっと手こずったのかもしれないが、そんなのはタラレバだ。
フリエナの魔法によって隔離した、こちらの作戦勝ちなのである。
「ソルナ、こっちはいつでも大丈夫!!!」
壁の向こう側まで聞こえるよう大声で話すフリエナ。
彼女が伝えたことは、作戦の重要事項であった。
それは”タイミング”である。
ソルナが立てた作戦は、タイミングが合うか合わないかで成否が決まるものだった。
故に、コミュニケーションをとって、絶対にタイミングを合わせる必要があったのだ。
「私もいけるわ!!!」
準備は整った。
お互いの位置を掛け声から把握し、作戦の締に取り掛かる。
ソルナとフリエナは、それぞれ『土魔法』<<ロックリフ>>で作られた壁を背に、『刃混獣』を迎え撃つ姿勢をとる。
そこからは一瞬の出来事だった。
スロースに与えられた指令のまま標的に向かう『刃混獣』たちを二人はギリギリまで引き寄せて、躱した。
すると、勢いのまま突っ込んだ『刃混獣』たちは急停止をすることができず、壁に衝突した。
その勢いは凄まじく、壁を貫通し、ソルナの作戦通り、反対側にいた『刃混獣』と衝突をした。
そのまま、その獣たちは召喚が解かれ、塵になって消えていった。
『召喚者』が召喚する『召喚獣』はある一定のダメージを受けると塵になって消えてしまうのだ。
そして、基本的に生身の性能が高くない『召喚者』にとって、『召喚獣』が消えてしまった状況は敗北を意味する。
「今よ、コラゴン!!」
ソルナの掛け声と共に、ひっそりと上空で待機していたコラゴンがここぞとばかりに『ファイアボール』を放つ。
流石は『古代白律龍』を自称するだけはあるといったところか、小さな口から放たれる真っ赤な火種は、無防備な少女に大ダメージを与えるには十分だった。
しかし、それも当たればの話である。
ドゴーン
爆風によって黒い煙が晴れる。
しかし、そこにいたのは、倒れているスロースではなく....
「ラスー!!」
助けられたスロースですら、目をぱちくりして驚いている。
ユキマルとの戦闘で深手を追い、先ほどまで療養に集中していたラスがすんでのところでスロースを庇ったのだ。
そしてこれはソルナの計算外だった。
「まさか、あなた達にそこまでの絆があったなんて....!」
「動揺している場合とちゃうで!いくら手負と言っても、あいつはマジでやばいからな。」
「ええ。」
それは、ソルナが一番良く理解していた。
コラゴン、フリエナ、ソルナ。
三人で束になってかかっても、勝てるかどうか。
いや、おそらくは勝てないだろう。
「ソルナ!私が囮になる!!」
それぞれが思考を巡らせている中、最初に口を開いたのはフリエナだった。
「それに私なら、相手も本気で来れないだろうし!!」
フリエナには確信があった。
『魔王狂信派』の目的がフリエナとコラゴンなのだとしたら、命を奪うことはないだろうと。
しかし、あくまでも命を奪われないだけで、最高からは程遠く、最悪には限りなく近い状況であることは依然として変わらない。
考えてる暇などないと察したフリエナの、まさに苦肉の策なのだ。
「上等だぁ.....!」
ソルナ達の作戦を聞いて、真っ向から向かいうつラス。
彼にはあれこれ考えて戦うより、正面から叩きのめす戦い方の方が性に合うのだ。
こうして、ラス対『タリスマンズ』の第二ラウンドが始まろうとした時だった。
番狂せとは連続して起こる物で、建物を突き破って戦場に乱入してきたのは激しい戦闘を繰り広げているラストとロスウィンだった。
炎を纏った黒い包帯を巧みに操り、ロスウィンが放つ矢を叩き落とすラスト。
しかし、物量で押し切ろうと、ひたすら矢を放つロスウィン。
そんな、ソルナ達からしたら超絶ハイレベルな戦いが、町中の屋根を飛び移りながら行われていたのだ。
「今度はなに?!」
まさかの登場に驚く一同。
それはラストとロスウィンも同じのようだった。
「あら?みんな揃ってどうしたの?」
即座に状況を理解し、『魔王狂信派』の元に駆けつけるラスト。
それを見て、距離を取るロスウィン。
こうして図らずもユキマル達がそうだったように、三つ巴の構図ができてしまった。
しかし、状況は圧倒的に『魔王狂信派』に傾いていた。
いくら、ラスが手負いとはいえ、ラストがいる状況では、あまりにも戦力が揃いすぎているのだ。
対して、この場で最も不利なのは『タリスマンズ』....ではなく、孤立無縁のロスウィンだ。
彼女は他の司教達が全滅したことはまだ知らないが、そもそも助けが来るなどとは期待していない。
第一、彼女の能力は対複数戦に特化した能力であり、こんな状況如きでは焦らないのだ。
故に彼女は冷静に対応した。
まずすべきは、自身の『固有スキル』<<無垢の矢>>で『タリスマンズ』を味方につけることだ。
だからロスウィンはソルナに向けて狙いを定め、『固有スキル』で生成した矢を放った。
矢は真っすぐにソルナへと向かい、胸を突き刺す。
「うっ!!!」
「「ソルナ?!」」
とっさに反応するが、間に合わなかったフリエナとコラゴン。
これでソルナは完全にロスウィンの手によって操られてしまった。
後はエルフの少女にも同じことをすれば、形勢が逆転するはずとロスウィンは考えた。
しかし、またしても予想外の出来事が起こる。
「なんとも...ない...?」
胸に手を当て、自身の無事を確認するソルナ。
「え?」
これにはさすがのロスウィンも動揺した。
今まで彼女の教えが拒絶されたことなどなかったからだ。
しかし、目の前で起こったことは紛れもない現実で、それはつまり、ソルナには操作系の能力が効かない、ということになる。
これは半分正しかった。
マスコポル領にて、『神武』『クサナギ』による支配を受け、ユキマルの手を借りつつも、自ら支配から脱却したソルナは、高い支配耐性を獲得していた。
無効ではなく耐性というのがミソなのだが、その耐性の高さはロスウィンの『固有スキル』を打ち破るのには十分だった。
故に彼女に<<無垢の矢>>は効かなかったのである。
そして、この事実により、形勢は大きく傾いた。
『魔王狂信派』の独壇場である。
「なんだかよくわからないけれども、かわいこちゃん二人は任せたわよラス。」
そう言って自身はロスウィンとの戦いに集中することにしたラスト。
「指図すんじゃねぇクソ女ぁ!!」
罵りつつも了承するラス。
そしてここからの戦闘は一方的だった。
ラスは大きく踏み込むと、一気にソルナたちとの距離を詰める。
獣人ゆえの格闘センスを活かし、まずは様子見のジャブを入れる。
対するソルナはぎりぎりで『スキル』<<シールド>>を発動し防御するも、一発で粉砕されてしまった。
すんでのところでフリエナが『氷魔法』<<アイシクルドーム>>でソルナを守ったから、ダメージはなかったものの、緊迫した状況は続いた。
ソルナとフリエナからしたら、完全に回避と防御に徹していて、なんとか無事でいられているといった感じだ。
「あれだけユキマルくんにやられたのに、もうここまで回復するなんて....」
「ユキマルったら、私たちを放ってどこかに行って!あとで文句言ってあげるんだから!!」
「二人とも、今はそんなこと言ってる場合とちゃうで!次が来る、避けや!!」
ドゴオオォォォォ!!!
コラゴンが警告を言い終える間もなく、ラスの次の一撃が二人を襲った。
しかし、かろうじて避けれている。
そんな中ソルナがある違和感に気づく。
私たちだけでラスを対処できている....?
いや、違う。
ユキマルくんの攻撃が効いているんだわ。
マスコポル領みたいに、かなり無理して動いているのね。
本来の万全な状態のラスであれば、ソルナとフリエナ相手に手こずることなどなかっただろう。
しかし、ソルナの予想通り、ラスは満身創痍もいいところだった。
故に、二人を仕留めれずにいたのだ。
しかし、それはラスが二人に勝てないというわけではない。
彼は今の状態でもなお、ソルナとフリエナをノックアウトできるだけの力を有しているのだ。
それにラスにはとっておきの切り札があった。
これは思いがけず手に入れた物だが、先のユキマルとの戦いにて、膨大な魔力を吸収することに成功したのだ。
ユキマルからしたら少し吸われた程度だが、ラスの力を増幅させるには十分な量だ。
少し回復に使ったが、その大半はまだ残してある。
その理由は一撃で決めるためだ。
全てを一気に放出するなどといったバカなことをするつもりはないが、3割いや4割ほど使って、決定打を打とうと思っているのだ。
今はそのタイミングを見極めている。
獣人ゆえの野生の勘、それが必ずや絶好の機を教えてくれるはずだ。
そう思っていた。
しかし、ラスの野生の勘、それが知らせたのは更なる絶望だった──。
・・・・・・
・・・・
・・
ラスト対ロスウィンの戦いもかなり一方的なものだった。
ラストの体に巻きついてある黒い包帯は、魔法による炎を帯び、それを巧みに操ることで適切な距離を保ちつつ、着々とロスウィンを追い詰めていた。
対するロスウィンは打つ手を失い、かなりまずい状況に立たされていた。
ラストとロスウィンの実力は拮抗していたといえよう。
しかし、むしろそれが問題だった。
なぜならこの戦いは、ラストからすればロスウィンを倒すだけで終わるが、ロスウィンからしたら、ラストを倒しても次はラスが控えている。
もしかしたらスロースや他の『布教者』とやり合わないといけない可能性もある。
連戦のことを考えておくと、どうしても余力を残した勝利が最低条件になってしまうのだ。
しかし、先ほども言った通り、両者間の実力は拮抗している。
つまり、勝利できたとしても余力が余ることはなく、もしかしたら引き分けで終わるかもしれない。
最悪の場合は敗北だ。
それらのことを考えると頭が痛くなってくる。
そのためロスウィンはなにか別の打開策はないかと考えた。
チラッと地面の方を見る。
ラストとロスウィンは建物の屋根の上で戦闘を繰り広げているので、必然と見下ろす形になるのだ。
そして、見下ろした先にはラスの攻撃を必死に避けているソルナとフリエナの姿があった。
これしかない。
ロスウィンはフリエナに目をつけた。
この孤立した状況を変えるには、仲間を作ることが一番の打開策だ。
しかし、ソルナには<<無垢の矢>>が効かない。
一番簡単そうなのは魔力を使い果たし弱っているスロースだが、『魔王狂信派』などという極悪人に教えを解くつもりはない。
同様の理由で、ラスとラストもダメだ。
それに、そもそもの話『布教者』とはレベルが拮抗していて、レジストされる可能性が高いから、弱っているスロースはともかく、ラスとラストに対してはやっても無駄だろう。
というわけで、必然的にフリエナが選ばれたのだ。
ロスウィンは、ラストとの戦闘が極限の状態で、フリエナに向かって矢を放った。
カキーン
しかしそれはシールドによって阻まれることとなる。
「そうくると思ったわ」
不適な笑みを浮かべるラスト。
彼女からしたら、あとはもう詰めるだけなのだ。
一手一手を慎重に進めて、着実に相手の首元へと手をかける。
そういう作業になっていたのだ。
そして、今回のロスウィンの一瞬の隙が、勝敗を左右した。
「ふふふ、真紅の繭の中で眠りなさい、『紅き黒曜の抱擁』!!!」
それはラストの奥義であった。
対象を中心に同心円状に360度を燃える包帯で包み、一気にぐるぐる巻きにするというものだ。
喰らった対象は一切の抵抗を許されず、そのまま灼熱の地獄へと落とされることとなる。
「がああぁあぁ!!」
ロスウィンの悲鳴が鳴り響く。
全身が焼かれているのだ、無理もない。
「貴方達、悪に.....負けるなど...許されない...!!」
ロスウィンは薄れてゆく意識の中、そう言った。
悪が勝つはずがない、ギルティア様に仕えている我々『英傑団』が正義で、勝利するはずだ。
正義は必ず勝つ。
そう信じている。
しかし、現実は違った。
彼女は負けたのだ。
人間でありながら『魔王』に与する異端者どもに。
それはロスウィンにとって『英傑団』の教えの否定、ひいてはギルティアの否定に他ならなかった。
「な...ぜ....?」
ロスウィンは疑問を抱いた。
ならば、彼女が今まで信じてきた物は何だったのかを──。
「ふう、意外としぶといわね。」
戦闘が終わり、勝利したラストは、かろうじて原型をとどめているロスウィンを見てそう言った。
なんと、意識はとうに飛んでいるものの、まだ生命活動を続けていたのである。
しかし、それもそう長く続かなかった。
しばらくの沈黙ののち、彼女の意識は深い眠りについた。
「さて、ラスの方はどうなったかしら...」
そう言ってラストはラスの方へと視線を向けたのだった。
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