『神武』『クサナギ』
第三十二話
一瞬の油断だった。
今まで完璧にいなしていたバニティーの剣は、ゆっくりと、しかし着実に俺の剣にダメージを与えていたのだ。
剣が壊れる音と共に、俺の立ち回りが瓦解する。
完璧に相手の間合いだ。
その上、バニティーの剣は俺の喉元まで迫っている。
残された時間は1秒もない。
そのわずかな時間で俺は思考する。
くそ!
やばいやばいやばい。
まじでどうする?
ここからの回避は現実的ではない。
かといって、相手の剣を素手で受け止めるわけにもいかないだろうな....。
なにか残された手はないのか...!?
「ユキマルくん!!」
唐突なソルナの声で、俺は気づく。
接近するもう一つの生体反応に。
ラスだったか...。
もう回復したのか
いや、だいぶ無理してるんだろうな。
接近してきてる生体反応の正体はラスだ。
獣人であるが故の強靭的な身体能力と、彼の『固有スキル』を応用した回復で無理をしながらも戦線に復帰したのだ。
しかし、それを知ったところで、状況は悪化するばかりだった。
果たして、ここから打開する方法はあるのだろうか。
キラン。
一瞬、何かが光ったように見えた。
俺の右手あたりから。
....ッ!!
「そうかよ!!」
ジジジジジ
俺が魔力を込めるとそれは空間に裂け目を作った。
それ、とは俺が右手に付けている指輪、『インベントリング』のことだ。
『インベントリング』の中には、物を保管しておくことができる。
そして、保管したものを任意のタイミングで取り出せるのだ。
俺はそこから、『神武』である『クサナギ』を引き抜く。
まるで、鞘から刀身を抜くかのように。
カキィィン!!!
バニティーの剣が弾け飛ぶ音が聞こえた。
流石に一等級の剣でも、『神武』には及ばない。
だからこそ、俺はこの一瞬で、最高の判断をしたと言えるだろう。
「バニティー勇者を名乗るのはいいが、俺が見た本当の勇者はもっと強かったぞ!!」
と余裕の態度で言ってみる。
しかし、安心したのも束の間、その場に駆けつけたラスに、『クサナギ』を奪われてしまった。
それもまた一瞬の出来事だった。
「やるじゃん。」
俺は横目でラスを賞賛する。
「初めからこっちが狙いだったって感じだな。」
「あ?そうに決まってんだろ。」
「ラス!よくやってくれました。」
どうやら、この作戦はラス一人で行ったもので、バニティーとの打ち合わせはなかったらしい。
「さあ、これでまた、戦いの行方がわからなくなりましたねぇ。」
『クサナギ』を手にしたバニティーがそう言う。
そして残念なことに、それは本当のことであった。
『神武』とは、世界に13本しか存在しない強力な武器のこと。
その強さは伊達ではなく、『神武』ひとつで世界のバランスが変わるほどであった。
そして、ユキマルの権能で『神武』に対抗できるかどうかは──
「不明...か。」
俺は小さく呟いた。
『クサナギ』だっけか?
アレは洗脳をメインの能力とするんだよな?
俺が宿で試した時はピクリとも反応しなかった。
だから、効果は不明なままだが....。
「どうにかするしかねぇか...」
「ええ、どうにかしてみてください!」
俺の呟きが聞こえていたのか、それに反応する形で発言するバニティー。
そして、『クサナギ』を構えると、早速能力を発動した。
「『パーフェクトマインドコントロール』!!!!!!!」
瞬間。
ピロン。
『潜在能力No.11 <<精神攻撃耐性(特)>> を解放します。』
『潜在能力No.13 <<魔力耐性(特)>> を解放します。』
『潜在能力No.29 <<催眠無効>> を解放します。』
『潜在能力No.30 <<洗脳無効>> を解放します。』
『潜在能力No.44 <<暗示無効>> を解放します。』
次々と解放されていく俺の『潜在能力』。
この間、たったの0.01秒
そして──
ピロン。
『理の矛盾を感知』
謎の警告と共に、直後中庭は爆発で埋め尽くされた。
ドゴォォォォォォォ!!!!
爆発の規模はそれほどでもない。
しかし、その威力は半端ではなかった。
咄嗟にソルナに10枚のシールドを張ったが、それでも無事かどうかはわからない。
「ゲホッ、ゲホッ。」
しばらくして、煙が引いた。
周囲を見渡すと、そこには倒れているソルナの姿があった。
爆風で吹っ飛んで、気絶したようだが、致命傷には至っていない。
すぐに『ヒール』をかけたので、命に別状はないだろう。
かくいう俺も大丈夫ではなかった。
嘘だろ?!<<爆発無効>>があってなお、このダメージかよ!
俺の服はところどころ焼き切れていた。
それに爆発のダメージで俺自身も傷ついている。
「痛ってぇ。」
俺は愚痴をこぼしつつ、さらに周りを見渡した。
バニティーとラスがどうなったのかが気になったのだ。
まず初めに見つけたのはラスだ。
正確には、ラスの遺体だ。
もう、呼吸はしていないし、間違いなく死んでいる。
もう少し、見渡すと、そこには横たわるバニティーがいた。
「まじか。」
生きている。
全身ボロボロだが、かろうじて生きていた。
爆発から一番遠かったことが功を奏したのかもしれない。
「悪運があるのはお互い様ですね....。」
掠れた声でバニティーが言う。
意識があること自体、すごいとしか言いようがない。
先ほどの爆発の大きさは、半径10メートルほどしかなかったが、その威力は桁外れだったのだ。
ユキマルですら傷ついている点からそれが伺えるだろう。
「完敗...です....煮るなり焼くなり、好きにしてください....」
「そうか。」
これにてユキマルとバニティーの戦いは、意外な形にて決着したのである。
ユキマルは地面に転がっていた『クサナギ』を拾い上げる。
相変わらず、何の力も感じない。
さっきの爆発は一体なんだったんだ?
『理の矛盾』だったか?
...いや、今考えるべきじゃないな...。
俺は考察するのは後にして、一番大事な話に移った。
「この『クサナギ』について話してもらおうか。」
「ええ、構いませんよ。」
バニティーは小さく頷くと話を続けた。
「その『神武』は私が魔王様より直々に授かった物です。前提として『神武』は己が主人を自ら決めるので、必然的に適性があった私の元に来ました。」
なるほど。
つまり、『クサナギ』に限らず、『神武』には適正というものがあり、『神武』自身が所有者を決めるということか。
だから、俺にはこの『神武』が使えなかったのだ。
少し残念に思ったが、それは大した問題でもないので、そろそろ本題に取り掛かる。
「フリエナ!」
俺が呼ぶまでもなく、彼女は近くに来ていた。
「フリエナは、どうする?」
それはいうまでもなく、バニティーの処遇についてだった。
しかし、それはフリエナも理解しているところだった。
「ええ。」
小さく頷くと、フリエナはバニティーの元へとゆっくり歩いて行った。
「はっはは。どうしますか?私を殺しますか?」
もはや腕を上げる力すら残されていないバニティーだが、頭は鮮明に回っているらしい。
何か策があるのか、その顔からはまだ笑みが消えていない。
「もし、私を殺すつもりならば、それはおすすめできません。なぜならば、私を殺す、もしくは気絶させると、この街の住民もまた、死ぬからです。そう、保険をかけておいたのですよ。ですので、あなたたちが取るべき行動は私を治療することです。」
「うるさい!」
バニティーの言葉を遮るようにフリエナの怒号が響く。
正直、ここまで感情的になったフリエナを見るのは初めてだった。
だからバニティーはもちろん、俺もびっくりしたのだ。
「どうしてジョン君を殺したのよ?」
フリエナから発せられた質問は俺が思っていたものとは違った。
「ジョン...?ああ、最初に話した少年のことですか。本当は話す気はなかったのですが、この際だから、答えましょう。」
バニティーは少し、考えて話を続けた。
「そもそも、あなた方の潜入はなぜばれたのだと思いますか?」
バニティーが聞く。
よくよく考えれば、確かにおかしな話であった。
俺たちの正体がバレることなど、本来はありえないのだ。
なぜかというと、バニティーは、このマスコポル領に入る人は全員洗脳済みだと思い込んでるからだ。
つまり、潜入者を疑うとか、それ以前の問題なのだ。
疑う必要がないように、洗脳しているのだから。
ならば、考えられる可能性は、俺らがどこかでボロを出したか、もしくは....
「外部からの介入か。」
そうだ。
思い返してみると、俺らが初めてバニティーと接触した時、ラスとスロースの気配はなかった。
つまり二人は後から来たのだ。
「それが正解だと思うわ。」
振り返ると、いつのまにかソルナが立っていた。
「大丈夫か?」
「ええ、おかげさまでね。」
軽く彼女の状態を確認すると、ソルナは話を続けた。
「バニティーは、ラスとスロースが潜入者の存在を教えてくれたと言ったわ。つまり、なんらかの方法で私たちがスパイだと知ったラスとスロースがそれをバニティーの元に伝えにきた。それでバレたってわけね。」
「流石ですね。その通りです。」
「それがどう、ジョン君の死と繋がるんだ?彼は見てしまった、と言ったな。ジョンくんは一体何を見たんだ?」
と、少し踏み込んだ質問をしてみる。
「そうですね。先ほどの答えに少し付け足すと、ラスとスロースもまた、とある人物から話を聞きました。そして、王都へと向かうジョンくんとラス達はたまたますれ違った。その時に、その人物を見てしまったのです。」
「...それだけで?!」
「そうです。それだけで、彼は死ななければならなかったのです。」
「それでその人物は誰なんだ?」
「彼女の名は...エタニタ・シグナトス!!『西方奴隷商』の幹部の一人です!」
「『西方奴隷商』....!」
ソルナが驚く。
またこの名前か。
こいつらともいつかは決着をつけなければならないな。
「そして、この際なので、もう一つ、耳寄りの情報を授けましょう!我々がわざわざ、この『アクアンティス国』を乗っ取ろうとした理由....それは、もうすぐ『南の魔王』が復活するからです!!この国の民にはその生贄になってもらうはずだった、なのに....あなた達が邪魔をしたのです。」
「『南の魔王』が復活する!?」
それは、これまでにないほど驚きに満ちたソルナの声だった。
驚愕の事実を前に、遠くで聞いていたコラゴンとルフテも唖然としていた。
「『南の魔王』が復活すると何かまずいのか?いや、まずいんだろうけど、こっちにも『勇者』がいるだろ。」
「ええ、問題も問題。大問題よ。今こそは二人の『魔王』と三人の『勇者』がお互い睨み合うことで、平和な時代が維持されているけど、もし、その絶妙なバランスが崩れたら、再び1000年前と同じ戦乱の時代に突入するわ。」
まじか。
確かにそれはまずい。
「さあ、これで私をここに留めておく理由がなくなったでしょう。これで今回はお別れということで──」
ペチィィン!!!!!!
瞬間、透き通った音が響いた。
見事にバニティーにビンタが決まったのである。
やったのはフリエナだ。
「あんただけ、逃げれるわけないでしょ!!」
「これは、まさか、本当にやるとは....警告は本当なのですよ...?」
そう言い残すと、バニティーは気絶した。
もっとも、今まで意識を保つのもギリギリだったはずだ。
最後にフリエナがビンタしたことで、トドメを刺したのだ。
「ユキマル。やっちゃった。」
フリエナがこっちを見る。
その顔には悪びれは一切ない。
でも、俺はそんなフリエナに腹を立てたりしない。
むしろ、フリエナが自分の感情をはっきりと出してくれたことが喜ばしいからだ。
そして、その後片付けもまた、俺がすることだ。
「しょうがないな。任せとけ!!」
そういうと、俺はバニティーの気絶による住民の大量死を止めるべく、町の広場へと向かったのだった。
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