婚約破棄された貴族令嬢が三人集まると……
「ライラ! 君との婚約を破棄させてもらう!」
貴族街にある閑静な公園に、ロメロの声が響いた。驚いて小鳥が飛び立つ。
「何故? 私、何かした?」
ロメロと私は幼い頃からの許嫁だ。それを今になって婚約破棄だなんて……。
「私は真実の愛を見つけてしまったのだ! その前では親同士が決めた結婚など、無意味だと気が付いた!」
その声を合図にして、木の影から一人の女が歩み出てくる。ロメロに近づくと、腕を絡めてしなだれた。
「おぉ、ミーニャ。私の愛しい人よ」
「ロメロ。早く行きましょう」
「そうだな。もう用事は済んだ」
わざとらしい。諦めさせる為にやっているの? それとも、恥をかかせる為?
二人を見ていると、息が苦しくなる。
悔しくて、悲しくて、涙が落ちる。
二人は何も言えなくなった私を見て、笑いながら行ってしまった。
自分の泣き声だけが公園に広がる。
このまま家に帰る気にはならない。酷い顔を両親に見せたくない。涙が止まらない。
私は下を向いたまま、王都を歩き始めた。
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貴族街を抜け、大通りを歩いていると色々な人に振り返られる。貴族の娘が一人で歩いているのが珍しいのだろうか? それとも泣き腫らした顔が滑稽なのか?
居心地が悪くなって裏道へと入る。
人通りの少なさが、私の心を癒した。
少し気持ちが落ち着き、顔を上げるとある看板が目に付く。
『失恋茶房』
まるで、今の私の為に作られたような店だ。センスの良いレンガ造りの外構に引き寄せられ、ドアノブに手を掛けた。
「いらっしゃいませ」
低く落ち着いた男性の声が迎えてくれた。カウンターだけの店内には、切長の目をした店主と二人の女がいた。
服装を見る限り、女達は貴族令嬢のようだ。
「どうぞ、おかけ下さい」
水の入ったグラスを置かれ、席につくよう言われた。店主の声には、進んで従いたくなるような不思議な魅力がある。
「どうされましたか?」
「……婚約破棄されて、呆然として王都を歩いているうちにここへ辿り着きました……」
初対面なのに、全てを打ち明けたい。と思ってしまう。
「貴方もなのね」
「私達もよ」
私の告白を聞いていた二人が、こちらを向く。見事に泣き腫らした顔だ。
「ここにいる三人とも、今日婚約破棄された。ってことですか?」
少しだけ、声が弾んでしまった。仲間を見つけたような感覚になる。
「そういうことになるわね」と手前の女。
「不思議な出会いもあるものね」と奥の女。
三人で顔を見合わせて驚いていると、スッとカウンターにティーセットが出された。
「ワインに果実をつけて、温めたものです」
店主はそう言いながら、三つのカップに赤い液体を注ぐ。芳醇な香りが店内を漂った。
一口飲むと、泣き疲れていた身体が急にはっきりとした。血が全身を巡り、火照る。
自然と三人は饒舌になった。
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「ロメロはわざわざミーニャとかいう女を呼んで、私の前でイチャイチャして!!」
「私なんて、お茶会の席で! 沢山の人の前で婚約破棄されたのよ!」
「私なんて私なんて! 濡れ衣を着せられて、婚約破棄されたの!!」
一人が口火を切ると、もう止まらない。
「ロメロとは幼馴染だったのに! それをポッと出の男爵家の娘に横取りされるなんて!」
「私なんて、結婚式の日程まで決まっていたのに!」
「私なんて私なんて! 今年二回目の婚約破棄よ!!」
あれ……。なんだか自分の境遇がマシに思えてきた。
「もう! 絶対男なんて信用しないわ!」
「私も! 今度は私から婚約破棄してやるわ!」
自分より怒っている人を見ると、冷静になってしまう。
ふとカウンターの中を見ると、店主と目が合った。切長の目を軽く瞑り、小さく頷く。
「もう行きない」と言われた気がした。
一杯のワインには充分な額をカウンターに置いて、立ち上がった。
二人はまだ「如何に酷い目にあったか」について競いあっている。
私はすっかり軽くなった心で『失恋茶房』を後にした。
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婚約破棄されてから一年と少しが経った。私は伯爵家の嫡男と結ばれ、今はもう実家を出ている。
夫は優しくて仕事もでき、何より私を愛してくれる。
ロメロに振られた時はこの世の終わりのように感じていたのに、人生とは分からないものだ。
「ここで止めて頂戴」
声をかけると、馬車がゆっくりと止まった。
「どうなさいました?」
侍女が不思議そうに尋ねる。
「この近くに素敵な茶房があるの。ちょっと寄ってもいいかしら?」
「なるほど。そういうことですね。お供致します!」
甘いモノに目がない侍女が嬉しそうに客室から飛び出す。茶房と聞いて、ケーキを期待しているのだろう。
路地裏に入ると、懐かしい看板が見えた。相変わらずセンスのよい外観をしている。
「ライラ様、どうぞ」
侍女に促されて中に入ると──
「えっ!?」
ロメロに婚約破棄されたあの日と同じ二人の貴族令嬢がいる。一体どういうこと……!?
「ふふふ。いらっしゃいませ。二度目の来店ですか?」
「はい……。何故、それを」
「随分と驚いた顔をなさっていたので」
店主は切長の目で笑う。
「あの、カウンターのお二人は?」
「当店のスタッフですよ。失恋した時、一人で立ち直るのは大変なんです。でも、同じような境遇の人が周りにいると、不思議と頑張れます」
やられた……。でも、怒る気にはなれない。むしろ、感謝の気持ちが湧いてくる。
「本当、そうですね。私もすぐに立ち直ることが出来ました。それに新しい幸せも……」
店主に促され、カウンターに着く。
「新しい幸せって、もしかしてご結婚なさったんですか?」
「いーなー! どんな方と?」
奥の二人が人懐っこい笑顔で尋ねてくる。
「ええっと──」
それからしばらく、私達は美味しいケーキと会話を楽しんだ。
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