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エッグシェル  作者: 弐番
4/5

出会い

ガレージの空気はいつにもまして湿っている。

自宅に戻ったトイフェルは《ピーター》を脱いだ。

壁に掛け、メモリーをパソコンへとつなぐ。

戦闘のデータを抽出し、次回へ生かすためである。

どんな状況であろうとこの作業を欠かしたことはない。

無言で、夢中でキーボードを叩くトイフェルをティンクが見つめた。

はあ、とため息をついた後にトイフェルが口を開いた。

「ティンク」

「なんでしょう?」

機械の合成音がいつもと変わらないテンションでトイフェルの耳朶を打つ。

「悪いが、あっちむいててもらえないか?」

「どういうことですか?」

「気になるんだよ、視線がな」

「無機物の私でもですか?」

「ああ」

首を左右に倒した。

関節がごきごきと音を立てて鳴る。

「例え機械でも、な」

再びパソコンに向き合った。


PCモニターに先ほどの戦闘の映像が再生される。

トイフェルはタバコに火をつけ、じっとそれを見つめた。

「トイフェル」

ティンクが問いかける。

「彼は、何者なのでしょうか」

「わからん」

紫煙を吐きながらトイフェルが答えた。

「いや、一つだけ分かることがある」

「それはなんですか?」

「気に食わねえ奴だ、ってことだけさ」

モニタの電源を落とし、立ち上がった時だった。

トイフェルの目の前が急に回ったような感覚に襲われた。

「ぬう……」

思わずその場に座り込む。

「大丈夫ですか?」

ティンクが問うた。

「ああ……」

いけるさ、と口にしようとした時だった。

目の前が完全に暗くなった。

ティンクが何かを言っているのも聞こえなくなりそうだった。

ああ、またあの症状かと思った。

また、おれはあれに悩まされるのかと思った。

トイフェルは倒れこんだ。


夢を見ているというのは分かる。

なぜか。

それは死んだはずおふくろが前にいるからだ。

死んだはずのおふくろが、おれの名前を呼んでいる。

「トイフェル」

「来ては」

「だめ」

途中で声が途切れ途切れになっているのは、なぜだろう。

9歳の頃のおれには理解できなかった。

でも、今なら分かる。

それはおふくろの股の間で腰を振っているあの男のせいだ。

そうか、

犯しているのだ。

おれの目の前で、

おれのおふくろを、

犯しているのだ。

死んでしまうと思った。

苦しそうなおふくろをみて、

おれはおふくろが殺されると思った。

だから、目の前にあったナイフを手に取ったのだ。

おふくろが死ぬのは嫌だった。

夢中だった。

男の腰から拳銃を抜いて、男の頭を撃った。

頭からピンクと赤色のものを吹き出しながら、男は横に吹っ飛んだ。

ざまあみろ。

おれはおふくろを守りきったんだ。

よろこんでくれよ。

だが、

どうしてだ。

どうして、おふくろが捕まっているんだ。

首にどうして縄がかかっているんだ?

え?

軍人の殺害は国家反逆罪?

よくわからなかった。

おれはガキだったからな。

でも、今度こそ死ぬのは分かった。

大勢の前で台に立っているからな。

公開処刑だ。

これは、絶対に逃れられない。

見張りが多い。

ああ、おふくろは死ぬんだな。

あいつら、あんなに盛り上がって。

ほら、あの赤と青の服の男を見てみろよ。

「俺は10秒に10ゼニー」

「じゃあ俺は20秒に」

何分で死ぬか、かけてるぜ。

おふくろの死なんて、こいつらにとっては娯楽でしかないのか。

そうか。

貧乏人はろくなもんじゃねえ。

だけどよ、軍はもっとろくなもんじゃねえ。

おまえら、覚えておけよ。

絶対に許さねえよ。


母親の死体が台から下されるまで、トイフェルはそれを見続けた。

悔恨の念と怨讐の思いが涙と共に出てくる。

あそこで軍人を撃たなければ、母親は死ななかったかもしれない。

自分が悪いのである。

いや、そうではない。

自分が悪いのではなく、貧困がいけないのである。

貧困のあまりに母親は軍人にものを恵んでもらおうとしたのである。

トイフェルはそう思った。


そして、靴にいれておいた拳銃をそっと確認した。

その夜、トイフェルは二人の男を殺した。

あの母親の死ぬ時間を賭けた二人の男である。

頭を撃ちぬき、10ゼニーを額に置いた。

それを二人にした。

許されざる行為でもなく、復讐ですらない。

ただの憤りのやり場に困っただけである。


現場から足早に逃げ去った。

路地裏に逃げ込み、物陰に身を隠す。

鳴り響くパトカーのサイレンがトイフェルの心臓の鼓動を早める。

不安ではあったが、見つかるとは思っていなかった。

万が一見つかっても、トイフェルをトイフェルであると確認できる手段は存在しないのである。

貧困家庭に生まれたために、トイフェルは国にDNA登録をしていない。

そのために、正式には生まれていない子供なのである。

戸籍上は存在しえない子供なのである。

だから、犯人がトイフェルだと確定できても、

それがどこのだれなのかという事は一切合財不明なのである。

そう思うと、トイフェルは笑えてきた。

愉悦なのか、自暴自棄なのか分からない笑いが込みあがってきた。

母だけが自分の存在を証明してくれたのに、それを殺したのは自分であった。

加えて全く意味のない殺しを2回している。

9歳であっても、それがまったく意味がないことは分かった。

そして、虚しくなった。

馬鹿らしくなった。

全ては無意味な世界であると悟り、そっと銃を口にくわえた。

指に引き金を掛け、眼をつぶった。

その時であった。

「まったく、なんだな」

隣りから声がした。

とっさに振り向いた。

しわくちゃの老人が隣りに座っている。

いつの間にであるのか。

全く、気配を感じさせない老人であった。

老人がトイフェルの口から銃をひきはがす。

「腹が減ってるからって、こいつは喰えねえぜ」

微かに笑っているのかもしれないが、しわくちゃのせいで表情が読み取れなかった。

「おまえさん、この間処刑になった女のガキだろ?」

老人がトイフェルをにらみつけた。

「どうして、それを知っている?」

トイフェルが老人に問うた。

「あんな場所にガキが一人でいれば、いやでも目立つさ」

「……」

「で、男二人を殺したのもお前だな?」

トイフェルが老人をにらみつけた。

かかかかか、と老人が声を出して笑う。

「その目は、人殺しの目だ」

老人が立ち上がった。

「どうだいお前さん。俺のもとで暮さないか?」

「え?」

「なに、おれの商売はジャンク屋でな。人手が欲しかったんだよ」

「そう」

「ついてくるか?」

トイフェルがうなずく。

「そうか。あー、お前さん名前は?」

「アンデクティヒ・トイフェル」

「良い名前だ」

「おじいさんは?」

「わしの名前は、ちと長いんでな。みんなわしのことをサギという名で呼んでいる」

「そう、おもしろいなまえだね」

その日からトイフェルはサギのもとで暮らし始めたのであった。

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