7.「防具」
「後はなんかあるかな、あぁそうだ。ラスは防具って持ってる?」
「防具ですか……」
ラスはレミエルからの質問に少し頭を悩ませた。ラスの世界では「ギフトバトル」という名で、スポーツの大会のようにギフトによる戦いがあり、当然ラスも何回か参加した事があるのだが――防具なんて考えたことがなかったのである。
そもそも武器であっても、ラス達が例外なのであって普通はそんなものは持たないし作らない。魔道具を作る魔術師のことをマジックアイテムクリエイターと呼ぶが、そもそもこのマジックアイテムクリエイターの数が少ないし、作成費用も高いので、普通の魔術師や能力者はマジックアイテムに縁がないのだ。
マジックアイテムクリエイターが少ないのはとある理由があるのだが――まぁそれは置いておいて。
武器は「黒の長杖」で良いとして、防具である。
ラスは最高位の魔術師であり、様々な魔術を修めている。普段のギフトバトルでは「上」からの命令が無い限りは基本分身にやらせていたので、本体であるラスには何の危害も及ばなかった。「上」の命令があり、仕方なく本体で参加する時も、大抵エアと一緒に魔術の弾幕を張れば簡単に終わるので――つまるところ、ラスは防具が必要な状況に陥ったことがないので、あまり必要性がわからないのだった。
「レスティアド」達と一緒になれば、なおさらそんなものは要らなかったし。
――ラスは自分の格好を確認する。
元の世界から転移した時のままの格好だ。白のシャツにネクタイ、グレーのベストにズボン。上に羽織っていたジャケットは元の世界で脱いでいたので、割と身軽な格好ではあったが――レミエル達の格好と比べると、違和感が半端ない。目立っていたのは分かっていたが、どうしようもなかったのである。
着替えは「狭間」にしまってあるので着替えようと思えば着替えられるが、結局はラスの世界の服である。着替えてもこの世界にいる限り浮いてしまうだろう。
そう考えれば、防具という形でこの世界の防具を上に着るのは良い案のように思えた。
「……レミエル達はどんな防具を使用しているんですか」
「ボクはこれ。このローブが防具だね。……本当はプレートを付けるべきなんだけど、そうするとスピードが落ちちゃうから、意図的に軽装にしてるんだ。まぁでもこのローブ結構すごいから、あんまり困ったことはないなぁ」
「僕もレミエルと同じローブですね。アリアもネイもローブです。オーウェンは純近接なので結構ちゃんと防具を着込むんですよね」
「大体は身体強化魔法でどうにかなるんだけどな。保険ってやつ?」
レミエル、クラウス、オーウェンそれぞれの回答を聞く。聞く限りだとオーウェン以外の4人が軽装で、オーウェンが中装備というところか。
「……防具は持ってないので……別に困ったことなかったんですよね、無くてもいいと思うんですけど」
「防具無くていいって……。流石にちょっとまずいよ。……えぇ、なんかあるかなぁ。クラウスも、なんかもってない?」
「うーん……ちょっと見てみます」
ラスの言葉に絶句したレミエルが、腰につけたポーチを漁る。クラウスも同様だ。やがてクラウスが一枚のローブを取り出した。
フードの着いたゆったりとした印象を与える、丈の長い黒のローブだ。布のはずなのに、なぜか内側に星が瞬いたり流れたりしている、不思議なローブ。
「――これはどうですか?星のローブ。ちょっとファンタジーすぎて着てなかったんですけど、ダンジョン産なので性能は良いですし、おすすめですよ」
「あぁ「月夜の妖精島」の宝箱から出たやつか。いいんじゃない?」
確かにファンタジーな裏地をしているが、好意で出されたアイテムである。背に腹は代えられない。
受け取ってベストの上に羽織ってみれば、まるで元々着ていたかのようにローブが馴染んだ。サイズも少し大きめでいい感じだ。
「……ありがとうございます、……すごいですね、サイズ調整機能でもあるんですか?」
「ダンジョン産の装備には大抵付いてるね。……いいんじゃない?これで防具の問題は解決したね」
「……いえ嬉しいんですけど。えっと、頂けるんですか?」
「あげるよあげる。ボクら皆防具には困ってないしね。……お返しは、これから「アルカディア」に貢献することって所かな」
「そうですね。なので気にしなくて良いんですよ。どうせ死蔵してたんですから」
ラスの困り声に、ひらひらと手を振って気前よく話すレミエルとクラウス。
「じゃ、防具問題も解決したことだし。ギルドに行くついでに街中でも歩こうか」
「そうですね、……あぁちょっと待って下さい。――ローブのお礼といっては何ですが、これを」
そう言って、ラスは「狭間」に手を突っ込んで、一つのペンダントを取り出してクラウスに渡した。
マジックアイテムクリエイターであるラスが、元の世界で自作したマジックアイテムだ。蒼のキラキラと輝く宝石が美しい、綺麗なペンダント。これだけでも価値があるように見えるが、真髄はそこではない。
「唯のペンダント……じゃないですよね」
「そうですね。これは魔力を蓄積するマジックアイテム……此方の世界で言うなら魔法道具って言うんですかね」
「……は?」
ラスの言葉に呆けるクラウス達に、そのまま話を続ける。
「……恐らく、いやほぼ確定ですが。私がこの世界で魔術を使えたことから、魔術のもととなる力――魔力はほぼ同一なのではないかと考えられます。私の世界では「エーテル」と呼ばれる、魔力の元となる力がこの世界にも存在している。呼び名は違うでしょうがね。このマジックアイテムは、その魔力の元となる力を蓄積するものです。残念ながら魔力の元となる力を扱うことは難しいでしょうが、このマジックアイテムは溜め込むだけのものではありません」
「……何なの?」
「装着した人の意思で、溜め込んだ力で強力なバリア……防御膜を張ることができます。使い方は念じるだけですね。蓄積した力で発動するので、連続して発動するのは難しいですが」
ラスの説明に、受け取ったクラウスが震える手でペンダントを見つめる。
「ローブのお礼には足りないかもしれませんが、遠距離職の方には十分使えるものではないかと。私は自前で自動発動できますし、魔力に関しても必要ないので。如何でしたか?」
「……本当に貰っていいんですか。これ国宝級の魔法道具では?」
「国宝級が何なのかは分かりませんが。先程からローブのお礼だと言っているでしょう」
ラスは溜息を吐いた。