2.「初戦闘」
「――着いた。ここが冒険者ギルドだよ」
レミエルに連れられ、ラスは「冒険者ギルド」の門の前に立っていた。クラウスとオーウェンも一緒だ。
クラウス、オーウェンと戦うことを了承したラスだったが、流石に宿屋で戦うわけにはいかない。そんな三人にレミエルが提案したのが、冒険者ギルドの訓練場を使った模擬戦闘だった。
実はラスの持つ「魔術」を使えば、ある程度開けた場所であればどこでも戦うことができるのだが、まだ三人を完全に信用した訳ではないということと、ラスが勝った時に場所を理由に抗議されるのが面倒という理由により言わずに、そのままレミエルの提案を飲んだのである。
見世物のようになるようだったら、視界を遮る結界でも張ってしまえばいい。ラスは人の善性を全く信用しない人間だった。
訓練場は本来ならギルドメンバーしか利用できないが、レミエルがなんとか許可をとったらしい。
レミエルの後に続いてギルドに入れば、不躾な視線がじろじろとラスを見つめる。ラスは慣れたように無視して渡り廊下を歩き、ついたのはギルドの別館だった。
ラスの見たことのない結界らしきものが張られた、広々とした空間。確かにここだったら周りを気にせずに戦えそうだ。
筋骨隆々のプレートを纏ったおっさんが、奥からレミエル達のいる方に近づいてくる。
「おうレミエル。急に訓練場が使いたいっていうから驚いたぜ。……そこの新顔が候補者か?見ねぇ顔だな」
「マスター。……ラス、彼が冒険者ギルドのギルドマスター、ガンドルド・エスクードだよ。おっさんにしか見えないけど、こう見えてすっごい強いんだ」
「おっさんとはなんだおっさんとは。俺がここのギルドマスター、ガンドルドだ。よろしくな」
「ラスティード・エーヴェンシュタインです。どうぞよろしく」
ラスはガンドルドから差し出されたごつい手と握手した。手がごつごつしているのはマメのせいだろうか。剣道とかをやっている人の手に似ているように感じる。
「おぉ、オーウェンにクラウスも来てんのか。……それでラス、お前さん誰と戦うんだ?」
「そこの二人ですね」
「あぁオーウェンとクラウスか。…………はぁ!?」
■
――訓練場で、ラスとオーウェンとクラウスが対峙する。
「勝利条件は相手の気絶もしくは重傷かな。敗北条件は自分の気絶もしくは重傷。ようは相手を動けなくしたら勝ちだ。――あんまりやりすぎて訓練場を壊さないように」
「――はじめ」
レミエルの始まりを告げる声と同時に、ラスは首にかけていた黒のペンダントから黒の長杖を生成する。全てが真っ黒な、ラスの身長ほどもある長い杖だ。先端に真っ白な宝石のようなものが嵌っている。
それと同時に、エアを呼び出す。クラウスは付与術師――ラスの予測した通りなら遠距離だから問題はないが、オーウェンはどう見ても近接職だ。ラスとは残念ながら相性が悪い。――まぁやりようによってはハメ殺せるのだが、通常ラスが近接と戦うのなら、盾は必須だ。
――ラスティードは魔術師である。魔術師と能力者に分かれる元の世界で、ラスティードは最高位の位に選ばれた、世界でも片手の指に選ばれるほどの魔術師であった。
ラスの世界のあらゆる魔術師は、生まれながらに「属性」を持つ。例えば火、水、土、風の基本となる四大属性。氷や雷などの複合属性。
――そして、「虚無」属性。
ラスの持つ、世界でも彼以外に持つ者のいない、例外たる「属性」。
あまりにも強力すぎるせいで、普段はほぼ使わないが――普段と異なるエーテルのせいで、どこか不安定な状況では、一番慣れ親しんだ魔術が良いと判断した。
ラスの持つ黒の長杖は、元の世界の腐れ縁にして最強の能力者「レスティアド」と、ラスが最も尊敬し敬愛する「先生」、そして「あの方」、レスティアドの親友「ミラ」、そしてラス自身によって作成されたマジックアイテム――アーティファクトである。ラスの思うように自在に伸縮し形を取ることが出来、魔術の制御を安定させてくれる、ラスの信頼する武器だ。
――長杖を振り上げる。
ラスの足元に複雑な文様を描いた、白の魔術陣が浮かぶ。同時に言霊により、結界を生成。クラウスを取り囲んでから、詠唱破棄により虚無魔術を発動。虚無属性で創られた魔弾が弾幕のようにクラウスを襲った。クラウスは当然のようにバリアー、防御魔術のようなものを使うが、ラスの放った虚無属性の魔弾は、バリアが無いかのようにするりとすり抜ける。
ラスはその様子を見ながら、冷静に頭を回転させた。
(付与術師……恐らくゲームでいうエンチャンター。勝利条件は動かなくすること。仲間になるならあまり傷つけるべきではないでしょうね。なら)
魔弾を避けたクラウスは驚愕の表情を浮かべているが、今は戦闘中である。容赦のないラスの呼びかけによって現れたエアが後ろからエーテルの砲撃で、クラウスを吹っ飛ばした。
「クラウスばっか見てんじゃねぇぞ!」
「気づいてないとでも?」
何かしらの魔術、いや魔法だったか。おそらく身体強化辺りだろう。全身を金色の魔力で覆い、ラスに槍を突き出してくる。ラスが長杖を大剣に変化させて受け止めれば、火花と魔力が散った。
――だがここにいるのはラスだけではない。ラスがオーウェンの攻撃を受け止めている間に次のエーテルの砲撃の準備が終わったエアが、ラスとは別の方向からオーウェンによってエーテルの砲撃を行う。
――ラスとクラウスとオーウェンの戦いは、ラスの勝利ということであっさりと終わったのだった。寄ってきたエアの頭をなでていたラスに、ギルドマスターとレミエルが近づいてくる。
「……ラスの勝利。――まさか本当にクラウス達に勝ってしまうとは」
「ほぼ何もさせてなかったね。――クラウス、オーウェン、大丈夫?」
傷まみれで気絶していたクラウスとオーウェンをレミエルの魔法で癒やせば、二人はゆっくりと目を開けた。
「――うぅ、とんでもないんですけど、ほんとに」
「なんで瞬動に対応してんだよ、つーか何だあのでたらめな力は。っていうかアレ精霊だよな?」
恐らくラスのことを軽く見ていたのだろう、ここまで完封されるとは思っていなかったらしい。
ラスは嘘をついてはいなかったのだが、まぁラスの見た目は普通の人間である。別に筋肉ムキムキとかそういうことはないし別に歴戦の雰囲気もない。見た目で侮られるのは元の世界でも経験があったので、ラス自身としては「まぁそうですよね」くらいの気持ちであった。
「まぁとりあえず、オーウェンとクラウスに勝ったということで……「アルカディア」にようこそ。正式に加入するってことでいい?オーウェンもクラウスも、文句ないよね」
「あぁ。これだけ強けりゃ色々と楽できそうだ」
「そうですね。A……いやSはありますし、冒険者ランクも簡単に上がるでしょう」
レミエルの言葉に、オーウェンとクラウスも笑顔で同意する。
「ラスティード、君はどうする?」
「私は――」
ラスは少し黙ってから、レミエル達を見つめた。
――ラスの力に、少しも恐怖していないし怖気づいてもいない。寧ろ嬉しそうだ。
恐らく彼女たちは、本当に人柄が良いのだろう。だから自分が手も足も出ずに負けた相手でも、笑顔を浮かべることができる。わざとではない。ラスが加入してくれれば嬉しい、といった素直な笑みだった。
……少し彼女たちが眩しい。黒に慣れすぎたラスに、白の「アルカディア」のメンバーは眩しすぎて仕方がなかった。
――ふと思い浮かべる。ラス自身が一番尊敬し、敬愛する「先生」のことを。
何故か「先生」と、レミエルが重なって見えた。
そうしてラスは、彼女たちを受け入れることに決めた。
「――加入するということで。これからどうぞ、よろしくお願いしますね」