プロローグ:邂逅
――異世界に飛ばされる。
そんな本でしか読まないような、少年少女しか憧れないようなシチュエーション。それが、この男――ラスティードの身に起きている現状だった。
(ここは……、「先生」達とも連絡がつながらない。そもそも電波もない。言葉もわからない)
少なくともラスティード――ラスの知る場所ではない。ヴェネツィアのように、あらゆる場所に水路が走る綺麗な土地に中世のような格好をした人間達とファンタジーに出てくるような異種族、エルフなどが仲良く接している。
ラスの住む世界には存在しないといわれている種族。
「エーテル」にも違和感を感じる。ラスティードのいた所とは全く違う――性質は似ているように感じるが、何かが決定的に違う。ラスの従える「精霊」は感じるが、「魔術」が使えるかどうかは怪しいといったところか。「魔術師」であるラスにはあまりにも頼りない状況だった。
水路の近くで佇みながら現状を考察するが、情報が足りなさすぎる。言葉がわからないというのが致命的だ。
(、あぁ……最悪ですね。ここまで詰んだ状況からだなんて、小説でもないでしょう)
「××、△△○△□□○?」
思考の海に沈んでいると、後ろからとんとんと肩を叩かれてわけのわからない言葉で話しかけられる。振り向けば、そこには一人の少女がいた。
――金色に輝くショートカットの髪に、同色の瞳をした美少女だ。白のおしゃれな装飾のされたローブに黒のハイネックとショートパンツ。腰にはベルトが巻かれており、そこには左右それぞれに長剣が取り付けられていた。
何か話しかけられていることは分かるのだが、生憎ラスは全く言葉が分からない。全く聞いたことのない言語に首をかしげていると、少女がぽんと手を打つ。
後ろに手をやった少女が短杖を取り出して、何かを唱える。
(……魔術、いや違う。何かに力を借りているような)
少女の使った魔術に驚いていると、なにかがラスに干渉する気配を感じた。いつもなら防御魔術で振り払ってしまうが、今回は試しにそのままそれを受けてみる。
そうして。
「……ねぇ、ボクの言っていること分かる?」
――先程まで全くわけのわからなかった声が、はっきりとラスの理解できる言葉になった。
「……は、翻訳魔術?」
「?魔術?、これは翻訳魔法だよ、普通は言葉の通じない種族に使うものなんだけど……、それより君。君だよ」
ラスの呟いた言葉に疑問符を浮かべた少女は、急に彼に対してビシっと指をさした。
「君、なんなの?ボクと同じ人間に見えるけど、言語が通じないし。ボクの精霊も怯えているし。マナもない。その割には変な力を感じるの、なに?」
「そんなこと言われても。私は人間ですよ、正真正銘」
少女の言葉に苦笑し、ラスは静かに自身の使役する「精霊」を呼び寄せた。
――なぜか発動する「言霊」で、静かに彼の忠実なる下僕に対して「命令」する。始動キーは省略。彼の世界では高等技術だとされる「詠唱省略」で、少女に気付かれないように。
――瞬間。
――少女の周りに、巨大な力が渦巻く。同時に言霊で「陰陽術」による「結界」を張ったラスによって、それは誰にも気づかれない。彼らが街の隅っこにいたことも大きいだろう。
驚いて動けない少女を、「白」で形作られた幾つもの剣郡が取り囲んでいた。
後ろから少女の首先に、同じ「白」の剣を突きつけるのは白のロングヘアに金の瞳をした、白のワンピースの少女――ラスの信頼する「精霊」、エアだ。
「……!?、な、これは、……」
「この世界出身じゃない人間、という注釈はつきますがね」
「…………」
ラスの言葉に、黙りこくる少女。ラスがそれを見て、ぱちんと指をならせば音もなく「結界」は消失し、エアも少女を取り囲んでいた剣郡を消し、ラスの影に移動し姿を消した。
「信じられないでしょうけどね。まぁでも証拠は色々見てるのでは?先程貴方に見せたこの魔術も良い証拠ではありませんか」
「…………。詳しい話をきいてもいい?」
「ここでないのなら」
「なら宿屋かな。ついてきて、案内するよ」
そう言って歩き出した少女の後ろを、ラスは静かについていった。