第2話 セーブ厨、紅の娘に出逢う
「私、リセットした?」
待て。
いくら何でもおかしい。
私の人生にリセット機能があってたまるか。
だったらここに来る前に戻るわ。
いや、高校に戻って、大好きだったあの子に……ではなくて。
仮説を立てよう。
リセット機能があったとして、発動条件はなんだ。
状況から鑑みて、死に戻り。
だが、確かめようがない。
試しに死んでみようで死んでたまるか。
それに、むしろ、私はリセットという叫びがトリガーなんだと思う。
だが、もし、リセットがトリガーなのだとしたら、どうしてここに戻ったのか。
これにも簡単に説明がつく。
まず、ここが、リスポーン地点だという仮説。
この森が何かしら私に与えられた試練なのであれば、私がリセットするたびにここからやり直しというのもうなずける。
だが、これだと、死に戻りの可能性が浮上して検証に困る。
だが、Mr.セーブ警察の私は、自分がセーブと叫んだのが原因だと思いたい。
私はこの森に来た瞬間、セーブと叫んでいた。
くしくも、リセット後のポーズと全く同じ。
つまり、私はセーブと叫ぶことで、セーブ地点を作成し、リセットと叫ぶことでその地点に戻ることができるというわけだ。
ふと、頬を撫でると、そこには傷はない。
リセットすると、体もリセットされるようだ。
しかし、体がだる重い。
体の傷や疲労は消しとんだが、気力がすり減った気がする。
「何にせよ。生きててよかった……」
次は慎重に行こう。
そう心に決めた私は再びスーツを纏い、実験を開始した。
*
「セーブ」
特に変化はない。
10メートルほど離れ、近くの木にカッターで印をつける。
ドキドキしてきた。
これが私の予想通りに成功すれば、かなり使える。
「り、リセット!」
暗転。
ヒュ〜ッ
見事に私はセーブ地点に戻ってきた。
ちゃんとスーツも着ている。
「よ、よし!」
ここまでは予想通り。
ドキドキが止まらないが、頭は冷静に行こう。
だが、倦怠感はさっきより増した。
やはり、何かがすり減っているに違いない。
これは、連発すると死に関わるかもしれない。
実験はこれで終いにしよう。
リセットで分かったことをまとめると。
・発動条件は、セーブ&リセット。
・同じセーブ地点に何度もリセットできるかは検証が必要。
・リセットごとにごっそりと気力が持ってかれる。
・もしかしたら命に関わるかも。
そして……
印をチェックする。
もちろん見つからない。
15分かけて印のついた木を探したが、見つからない。
つまり。
場所移動ではなく、時間移動。
かなり使える能力だ。
ここまで分かれば後はトライアンドエラー。
おっと。
「セーブ」
リセットで気力が持ってかれるのは分かったが、セーブだけなら大丈夫。
こまめにセーブが大切だよね。
さて、南は地獄だった。
セーブ&リセットを繰り返しつつ、森の出口を探そう。
*
「つ、ついに……」
森へたどり着いてから20日目。
私の体感での日数であるため、この世界で正確に過ぎた時間では、7日目。
「な、長かったぁ……」
私はついに森を抜けることに成功した。
「せ、セーブ‼︎」
観察、探索⁉︎
いや、記録。
どれだけ気が緩んでも、私は二度とセーブを忘れはしない。
眼前には巨大な川が流れているが、見た感じ三途の川ではなさそうだ。
河原に踏み出すと、太陽の光が眩しい。
「き、気持ち良い……」
いつも木々に遮られていたため、直に光を浴びるのは久しぶりだ。
心なしか全身の細胞が喜んでいる気さえする。
「さて、なんとかこの川を渡らないとな」
川幅はかなり広いようだ。
一応対岸は見えているのだが、困ったことに、石造りの高い堤防がある。
「堤防? もしかして、人がいるのか?」
なんてこった。
死後の世界かと思っていたが、人がいるのなら……
「こ、ここは異世界?」
ライトノベルやアニメで見たことがある。
主人公が違う世界に飛ばされ、稀有な能力で成り上がる——
全く同じ境遇ではないか!
「ま、まさか私が、選ばれし主人公だったとは‼︎」
しかもセーブ&リセットなんて最強ではないか!
「うおおおおおおおッ‼︎ 希望が見えてきた!」
光を浴びて思考も上向きになってきたみたいだ。
浮つく心を抑えて目の前の堤防をじっと観察する。
「文明のレベルは……中世から近代ってところか?」
建築にはあまり詳しくないからはっきりしたことは言えないが、今のような鉄筋コンクリートの堤防というわけではなさそうだ。
「川自体の流れは緩やか……でも」
うん。
熊さんの例がある。
というより、森にはかなり危険な猛獣がいた。
熊に大蛇、大型の猫科動物。
何回も死にかけた。
川といえば、彼だろう。
「ワニさん……」
いやだな。
デスロールとかされたら、泣いちゃう。
川があり、堤防がある。
ヒト、かどうかはわからないけれど、文明は水無くして発展しない。
つまり。
「水を引く、用水路的なものはあるはず」
うかつに川に飛び込んでもリスクが高そうだし、一旦周囲を探索するのが良いだろう。
「慎重にいこう」
できる社会人はちゃんと情報から集める。
まずは乱れた七三を整え——
「ん?」
なんだあれは。
目の端に、川に浮かんだ異物を認める。
額に手を当て、じっとそれを見遣る。
「お、女の子⁉︎」
それはボロボロの板に寄り掛かり、意識を失って、川の真ん中辺りを漂っていた。
炎のように紅い髪。
歳は、14、5歳くらい?
流れは緩いとはいえ、このまま流されるとどこに行くか分かったもんじゃない。
「ど、どうする⁉︎」
見ず知らずの女の子。
川は広く、泳いで渡り切れるかは五分五分。
そして何より川にどんな生き物がいるか分かったもんじゃない。
私は頭を抱えた。
いや〜、さすがに死にたくない!
森での例もあるし……
リセットできるとはいえ、受けた苦痛は忘れない。
餓死しそうになった時は、本当に怖かった。
でも。
うん。
私の大好きなアニメや、ラノベの主人公は絶対にこういう時に見捨てはしない。
「お、お天道様は見てるもんな‼︎」
自分のことで精一杯。
だからといって、見捨てることもできない。
なけなしの勇気を振り絞る。
靴と服を脱ぎ捨て、川に飛び込んだ。
「つ、冷てぇぇッ‼︎」
思わず叫ぶ。
瞬間で後悔。
よく考えたら、冷たいのは当たり前だ。
森の中でスーツで歩き回っていても、熱中症にならないレベルには涼しかった。
まあ、日本で言えば晩春から初夏。
まだまだ気温は低く、お日様の光もそう強くない。
川遊びにはだいぶ早かった。
おそらく唇は真紫であるが、動かないより、動いた方が体があったまる。
「い、いくぞっ!」
奥歯がガチガチなるが、必死にクロールするうちに、だんだんと寒さは気にならなくなった。
恒温動物で良かったと思う。
流れは緩やかであるので、数分間、冷たい水と格闘した末に、なんとか少女の元にたどり着いた。
遠目でも分かるくらい紅い髪の毛と対称的に顔色は真っ青。
アニメでしか見たことのないくらい豊かな髪は紅いのだが、ハッとするほど美しい顔立ちのせいか、それほど違和感を感じない。
「お、おい! 大丈夫か⁉︎」
息継ぎの間を縫って叫びながら少女の肩に手を伸ばした。
「冷たッ‼︎」
少女の肌は川の水温より低いのではないか人思われるほど冷たく、思わず肩から手を離してしまった。
おおよそ人の体温ではない。
もしかして、私は森の時と同じく失敗してしまったんじゃ……?
もしかして、この娘はもう死んでいて、助ける必要はなかったんじゃないか……
とりあえず、このままじゃかわいそうだし、岸に運ぼうか。
脇に手を入れて——
ん?
なんだこの柔い感触は……
前腕にあたる柔らかい重み。
思わず顔が引き締まる。
ほうほう、これは。
間違いない。
うんうん、と思わず深く頷いて納得した。
これは。
「おっぱ——ッ‼︎」
カッと見開いた目が、正面の方とバッチリ合う。
あ、こんにちは。
めちゃくちゃ寒いのに、ドッと汗が出てくる。
ギュッと娘を抱き寄せて、静かに睨む。
100秒後に挽肉になる私。
川で一番会いたくない動物ランキングで必ず上位に来る、はず。
「W A N I ……」