第九話
「あの、社長、とても働きやすい素敵な職場でした」
ゲーム会社はゲームを売るんじゃない、夢を売る仕事なんだと。社長は社員が夢も見られないくらい疲弊した職場ではいいゲームは作れないと。納期近くでプログラマーが泊まり込みで作業するようなこともあったけれど、その分1か月の長期休暇があったりと、本当に会社の待遇は素晴らしく整えられていたと思う。女性が働くこと、働き続けられる職場にすることにも勉強熱心で。社員数1000人以下の企業としてはいち早く社内保育施設も設置。もちろん男性への育児休暇も充実していた。女性だけでなく男性も子供や介護を理由にした時短勤務制度もあった。
パワハラセクハラなど困った社員の投書箱も設置し迅速に対応するなど、とにかく……世界一素敵な会社だと社員はみんな思っていたと思う。
もちろん私も。
「じゃぁ、なぜ辞めたの?」
「お金が溜まったので夢を実現させるためです」
私の言葉に、社長がふっと肩の力を抜いて、店の中に視線を向けた。
「そうか……夢か。どんなものも夢には勝てない……。」ああ、これが……君の夢……とても素敵な夢だ……。」
「ありがとうございます。あの、社長、コーヒーはいかがですか」
お湯が沸いたので、慌てて火を止めコーヒーを入れる。
「今日は休みなんだろう?」
「お世話になった社長に私の入れたコーヒーを飲んでもらうのも、私の夢だったんです」
にこりと笑うと、社長がカウンターの席に座った。
「ああ、その笑顔。思い出した。ウサギ人ピョン属のコスプレ、似合ってたよ。えーっと、古田さんだ」
う、ウサギ人のピョン属。
イベントでやってたコスプレですね。代表作のゲームではプレイヤーがまずキャラクターを選べるらしく、ウサギをモチーフにした獣人であるピョン属というのがあって、特徴としては垂れたウサギの耳がついていることと、お尻の丸いしっぽ。それから他のキャラクターと比べて小柄だということが一番の特徴。……ええ、身長150センチあるかないかの小柄の私が抜擢されたんですよね……。
確かに、イベントのときはずっと笑顔でいたけれど。まさかそれで、思い出してもらえるとは……。
せっかくなので、先ほど試作したホットケーキも温めなおし、撮影用にと用意していたモーニングのセットもコーヒーと一緒にお盆に乗せてカウンターから外に出る。
「そうそう、古田さん、背が低くてピョン属のイメージにぴったりだと、駆り出されたんだったよね」
カウンターの中は店内が見渡しやすいように1段高い作りになっている。カウンターの外に出ると……150センチあるかないかの身長がはっきりする。……チビがよくわかる。
「どうぞ」
テーブルに、入れたてのコーヒーと温めたホットケーキの乗った皿を置く。マーガリンを真ん中に、皿のふちに生クリームを添えてある。
もう一つ。3つのくぼみのついた皿に、フルーツ、ゼリーの器、ケーキシロップの入った器が乗っている。
「え?これは?」
「ちょうど、明日の日替わりモーニングの試作をしていたところなんです。社長がよろしければ、食べて感想を聞かせていただけると嬉しいです」
私の目の前にも同じものを用意する。