実験開始!
「いえ、内心驚いたりすることもありますけど……ゲーム会社に勤めていたので、なりきりコスプレイヤーを見たこともありましたし、ストーリーを考えるあまり現実と空想の世界を行ったり来たりする人もいましたから」
留さんが小さく息を吐き出す。
「ああ、そうか。私の読みは外れちゃったようだね。ふるちゃんもこっち側の人間だと思ったんだけど」
こっち側?
っていうのは、ゲームを作る側っていうことかな?
「残念ながら、ゲーム会社にいたんですけど、ただの事務員だったんですよ。実はあまりゲームにも詳しくなくて……」
イベントのお手伝いに行くときはさすがに知らないとか詳しくないとか言わずに分かったふりしてにこにこ笑ってましたけどね。
そうそう。その時の経験が、お客さんがどんな話をし始めてもにこにこして聞き流すことができるのかもしれない。
いや、聞き流すというか、本当に、どんな話も楽しいですよ。
「いや、こっち側っていうのは、そういうことではないんだけど……」
え?
「まぁいいでしょう。私も賢者と呼ばれた男です。そのうち解明して見せますよ」
賢者と呼ばれた?
そういえばサファルさんも大賢者がどうのとか留さんと言っていたけれど。
大きなゲーム会社の会長だし、ヒット作の生みの親だし、賢者と……社員は呼んでいたのかな。
う、思い出しちゃった。
私、裏ではピョンと呼ばれていた可能性があったことを……。うう、うう。自信を持って「ピョンと呼ばれていた女なんですよ」と言える……ことはたぶん一生ないな。うん、そう考えると留さんは充実した人生送ってるんだよね。
時計を見れば、8時少し前。
やはり土日は7時台はお客さんが少ないなぁ。8時過ぎればもう少し来ると思うけれど。
チリンチリーン。
「いらっしゃいませ」
サファルさんだ。
「おお、サファル、来たか!」
今日もなんか疲弊した様子で来ていますが……何かの病気じゃないのかな、本当に。
ふらふらです。
あ、でも、病気でなくて、コーヒーを飲んだら元気が出るっていうの、どこかで見た気が……。
……ああ、そうだ、思い出した!
納期が近くなってきたプログラマーたちだ。
あと、バグが見つかって修正作業を徹夜でしてるプログラマーたちとか。
……死にそうな顔してるけど、コーヒー……じゃないな、そのレベルのカフェインじゃなんともならなくて、エナジードリンクや栄養ドリンクを飲んでちょっと生き返った顔になるみたいな……。
なりきりレイヤーさんじゃなくて、もしかして作る側の人間なのかな?
時々そういうクリエイターがいるという話は聞いたことがある。ドレスを着て乙女な気持ちにならないと描けない少女漫画家さんとか。クリエイター業って、服装自由ってすると、着ぐるみ着て来たりいろいろな人がいるというのも聞いたなぁ。
留さんが立ち上がり、テーブルの上に150円置いた。
そうか。チケットだけじゃ今日は足りないんだった。カフェオレだからチケットに+50円。それから100円プラスのセットを頼んだんだ。
「すまん、サファルとまた後で来るよ」
留さんが店に入ってきたばかりのサファルさんの腕をつかんだ。
「え?あ、はい」
ここで待ち合わせでもしていたのかな?
「トーメ様、ちょっと回復してから……エリクサーを、エリクサーを飲ませてっ」
サファルさんが私に手を伸ばすんだけれど、留さんがどんな力を出したのか、サファルさんの腕を引っ張りぐいぐいと店の外へ出そうとする。
エリクサーは置いてないですけどね。コーヒーのことだと思えばいいのかな?
「飲んでからじゃ、大切な実験ができなくなるだろう?」
と、留さんが鞄からペットボトルを1本取り出した。
カフェオレと書いてある、オレンジ色のキャップのペットボトルだ。
いつもありがとうございます。
ええ、今日は、あとがきはお休み。
……いや、普通なだけなのに、何だろう、この、あとがきを書かないことから生じる背徳感……




