第四話
「ん?表示されない……。まさか、ここは魔素がないのか?ああ、だからか。だから魔物が近寄れない……」
なんだ、残念。ステータスごっこはしないのか。
「ステータスを見なくても体で実感できるな。HPもMPも回復してる、間違いない」
残りのコーヒーを飲み干すと、なりきりさんは立ち上がった。
「いくらだ?これで足りるか?」
小さな鞄から取り出したのは、どう見ても……ベーゴマ。
「あ、えっと……」
メニューを手に取り見せる。
「えっと、コーヒーは400円になります」
「すまん、どうも文字は読めないが、四百といったか?……高いな、いやそうでもないのか。HPとMPが回復するだけでなく、こんな危険な場所で安全と回復を授けてもらえるんだものな。命の値段と思えば安いものだ」
はあ。高くないですけど。400円ですよ。このあたりの喫茶店のコーヒーの相場は、380円~420円ですし。
まさか、コンビニコーヒーと比べられてます?
それだとさすがに辛いというか。
「あるかな……空間魔法に使わない金は収納してあるからなぁ……ここでは魔法使えないから、鞄の中にいくら入ってたかな」
カバンの中に再び手を突っ込んだ男の人が、ベーゴマを3つ取り出しておいた。
「あった。何とか足りた」
にこっと嬉しそうに笑う男性。
言葉を失う私。
これが、あなたの世界のお金なのでしょうか……。でも、あの、ここまでなりきられても困るというか。
「助かった」
男の人はにこやかな笑顔のまま、ドアを開けて店を出て行った。
「無銭……飲食……」
テーブルの上に乗せられたベーゴマのようなものを一つ手に取る。
表面には、細かい竜の模様。他の物にも同じ模様が寸分たがわず乗っている。
あの人にとってはお金のつもりとはいえ……。困ったな。ベーゴマっていくらするんだろうか?フリマアプリで売れる?1個100円なら400円になるけれど、手数料だとか手間だとか考えると……。
まあいいか。
留さんとか他のお客さんが懐かしいって喜んでくれるかもしれないし。
レジ台の邪魔にならずに適度に目立つところに並べることにした。
カップを片付けているところで、11時を知らせる音が壁時計から聞こえてきた。
「あー、モーニングタイムにお客さんが一人も来なかった!いや、一人来たけど……」
ベーゴマは収入にならない。というか、モーニングもいらないって言われちゃったから、モーニング全部残ってる。
……今日は水曜日で、明日は定休日の木曜日だ。……ど、どうしよう。破棄?もったいなくて無理だよぉ。
そうだ、本日サービスデーということで、1日中モーニング提供しますってことにしようかな?
うん、そうしよう。
日替わりモーニングとして準備していたのは今日はミニカレーライスだ。
モーニングってトーストとゆで卵じゃないの?と思う人もいるようだけれど、このあたりでは何でもあり。ラーメンや寿司をモーニングで出すところもある。夏はそうめんとか。カレーは割と定番。いや、定番ってほどではないけれど、50店に1店くらいは提供している店があるんじゃないかな?というていどに、めちゃくちゃ珍しいわけではない。
「あ!閃いた。ドリンク代に無料でサービスする日替わりモーニングはミニカレーライス、ドリンク代にプラス100円で、普通サイズのカレーライスになりますってことにしようかな?」
うん、我ながら独り言が多いなぁ。誰もお客さんがいないから、つい……。
そうと決まれば、表に出してある今日のモーニングを書いたボードを書き直さないと。
ペンを手に、店のドアに手をかける。
ん?
「あれ、おかしいな」
押しても引いてもびくともしない……よ?いや、引いても開かないけど。ノブを下げて押してもびくともしない。
ど、どういうこと?
さっきのなりきりレイヤーさんはこのドアを開けて入って来たよね?鍵は、内側からしか開け閉めできない。ノブの下のカギは横向き。つまり開いてる。
なんで?建てつけの問題?
まさか……。
なりきりレイヤーさんの大きな体を思い出す。ずいぶんしっかりとした筋肉もついていた。かなり力がありそうだった。
彼くらい筋肉隆々で力持ちじゃないと開けられないとか?だから、今日は他のお客さんがドアが開かなくて入れなくて来なかったとか?
そ、そんな……馬鹿な……。
裏口から外にでて慌てて入り口を確認しなくちゃ。何かつっかえになっていてあかなくなっている可能性もあるし。
カウンターの奥、自宅部分とつながっているドアを開いて、自宅玄関から外に出て店の正面に向かう。
見た感じドアに何かがつっかえているようには見えない。
っていうか、そもそもドアは内側にも外側にも開くはずで……。つっかえの問題じゃないんだよね。
「何が原因で開かないんだろう?こういう場合は鍵屋さん?建具屋さん?あ、違う、工務店だっけ?どこに連絡すればいいんだろう……」
ちょっとパニックになりつつ入り口のドアに手をかけて引っ張る。
「うわぁっ!」
危ない。思わず勢い余ってしりもちつくところだった。
力いっぱいドアを引っ張ったら、驚くほど普通にあっさりドアが開いた。
「な、なんで?」
さっきは、あかなかったよね?
首をかしげながらドアを一度閉めてもう一度開く。内側に、外側に……。どちらにも開く。
それを2、3度繰り返した後、店の中に入って、中からもドアを開け閉めしてみる。
「問題ない……なんだろう?誰かがいたずらでドアを押さえてたとか?……な、わけないか」
ドアはガラスのはまっていない木製のものだ。顔の高さに15センチ四方の小さな擦りガラスがはまっているだけで、外からドアを押さえつけられていてもよくわからない。
「あれ?今日は今から営業ですか?」
入り口に出してあるボード書き直していると、声をかけられた。
ご覧いただきありがとうございます。
早速ブクマ、評価してくださった皆様ありがとうございます。
ベーゴマ戦隊イセカイジャーみたいな感じになります。
ぐふふ、ベーゴマで戦う戦士。ヨーヨーみたいに戦いに使うわけじゃないよ。だって、回収できない……。
ちなみに、駄菓子屋に足を向け、ベーゴマが売られているのを確認してまいりました。
誰むけに売ってるのかはよくわからないけれど、お値段300~400円とそこそこしました。