第三話
残念ながら予算の都合で、カップはそれほど高価なものではない。どこにでもあるような、平凡な白いコーヒーカップ。こだわったところは、持ち手の輪っかが、大き目なところと、飲みやすい飲み口の厚み。持ちての輪っかが小さいと指が入れにくいので、しっかりとしたものにした。
男の人がスプーンを持ち上げて裏返したり表に向けたりして顔の前で観察している。
「これは、銀か?いや、違うな。白金?いや、まさかオリハルコン?」
いやいや、ただのステンレスです。
「この飲み物もよほど高級な物なのだろう。しっかり味わわないとな……」
だから、うん、高級じゃないよ。コーヒー豆は安物でもないけど、高級でもない、中程度の物だよ。ただ、その中から良いものを一生懸命選んで、自分の好みで酸味が少なく苦みが深いけれどすっきりした後味のブレンドをした自慢の一品だけどね。
だめだ、だめだ。ついほかにお客さんがいなくて独り言に耳を傾けてしまう。
盗み聞きしようとしてるわけじゃないよ。ああ、むしろ、話しかけて会話したほうがいいのかな……。
ううう、この辺のさじ加減が、まだよくわからない。というか、なりきりレイヤーさんの相手なんて分かるわけもないか。
コーヒーに砂糖もミルクも入れないまま、男の人はカップを傾けてごくりと一口飲んだ。
ブラックを好む人でしたか。と思ったら、思いっきり顔をゆがめた。
「苦いっ、なんだこれは……」
そこまで苦いコーヒーは出してないですよ。普通です。コーヒー飲んだことのない体なのか、本気なのか……。
「ん……待てよ……」
男の人が首をかしげてもう一口コーヒーをすする。
眉が寄る。ああ、あれは本気で苦いと思っている気がする。
……このまま無視するのも難しいな。うん。
「お客様」
うちは砂糖もコンビニやファミレスのようにスティックシュガーを使っていない。シュガーポットにグラニュー糖を入れてテーブルに置いてある。もしかしたらそれが分からない可能性もあるかもしれないので……実際に、喫茶店を利用したことのない高校生カップルとか「砂糖ください」と言うこともあると聞いたことがあるので……。
「これ、ホットといったか?薬草茶か?」
「いえ、コーヒーです」
「そうか、コーヒーという薬草茶か」
いや、違う。なんだろう、この漫才のようなかみ合わなさ。
「薬草ならば苦くても当然だが……。これは、すごいな。なんだか疲れがふわっと軽くなる」
……まぁそうですね。
「カフェインが入っていますからね」
疲れた時にカフェインを摂取すると、もうひと頑張りできたりしますよね。
カフェインって、覚醒作用や強心作用がありますし。最近の研究では、適度なカフェイン接種は、伊地知的に記憶力や論理的思考力が向上するとか、運動能力及び持久力によい影響を与えるとか。
「みるみる、HPが回復しているようだ」
HP……ふふ。
「苦いようでしたら、砂糖を好みでお使いください。スプーン1杯~3杯くらいが適量でしょうか」
シュガーポットの蓋を持ち上げて、中のグラニュー糖を見えるようにする。
「砂糖?……ずいぶん白くてきれいな砂だな……いや、砂じゃなくて、魔石を砕いたものか?」
魔石、はぁ、いや。違いますよ。
まぁでもそういう遊びがしたいのならそういうことで……。
「甘くなりすぎるといけませんから、まずは1杯からどうぞ」
シュガーポットのスプーンでグラニュー糖を1杯救ってコーヒーに入れる。
「混ぜて飲んでみてください。まだ砂糖が足りないようなら追加してください。スプーンは混ぜるときは皿の上にのせてあるもので。こちらは濡らさないようにお願いします」
と、注意事項を伝えてカウンターの奥に戻る。
「甘くなる?」
男の人が首をかしげてコーヒーを混ぜ、それからゴクリと一口飲んだ。
「あ、甘い……どういうことだ?いや、この白いものが?はちみつでもないのにとても甘い」
はちみつ……。砂糖がない、もしくは高価な設定のアニメかゲームか漫画か小説のキャラクターですかね?
「甘いものなどとても高価だろう。それを、好きなだけ使ってもよいというのは……これ1杯いくらするんだ」
なんだかだんだん楽しそうだなぁと思えてきたよ、なりきりもね。
「ああ、今度は頭がすっきりしてきた気がする」
ふふ、砂糖は脳のエネルギーを送るにはいいっていいますもんね。でも、そこまで素早い効果があるわけじゃないですが。
あ、でも甘い物は、リラックス効果もあるらしい。セロトニンとかメラトニンとかなんかあったなぁ。ストレス溜まっていた脳みそをリラックスしてエネルギーを供給できるんだから、疲れてくると甘いものがほしくなるというのも自然なんだよね。
「これは……MPが回復しているに違いない」
MP……ぷっ。
やばいやばい。聞き耳立てて笑ってはいけない。
「ステータスオープン」
ステータスオープン来たっ!だめだめ、笑っちゃ。
ご覧いただきありがとうございます。
喫茶店が舞台の話が書きたいとずーっと思っていて、喫茶店舞台の話をいくつも考えていたのですが……現代物謎解きとか(喫茶店巡りをする系)、気が付いたら異世界とつながってしまった!
っていう話ですが、舞台は現代です。ずっと現代日本の喫茶店が舞台です。主人公、今のところ異世界へ行く予定はないですし、戦場は日本です(=゜ω゜)ノ
と、いうわけで、よろしくお願いします。