第二話
動きやすさを重視した皮と金属を組み合わせた鎧。背中には大きな剣を携えている。ベルトに通した小さめの鞄は動きの邪魔にならないようにやや後ろにつけている。
どういう作品のなんというキャラクターのコスプレなのかは分からないけれど……。ずいぶん作りこんだ本物っぽいコスプレだ。それゆえに、キャラクターへの愛着もひとしおなのだろう。
働いていた会社はゲーム会社だった。経理の仕事をしていたので特にゲームが好きというわけでもなく働いていて詳しくなったわけでもないんだけれど、時々イベントで人手が足りないと手伝いに駆り出されたりもした。ビッグサイトで行われる最大級のゲームの祭典だとか、同人誌即売会の企業ブースだとかの手伝いをすると、たくさんのコスプレをした人……コスプレイヤー、通称レイヤーと呼ばれる人とと接することもあった。
そして気が付いたのだけれど、レイヤーには2種類いる。
キャラクターのコスプレをしただけのレイヤーと、キャラクターになりきったレイヤーだ。
しゃべりことばは「拙者~でござる」だとか「好きなお菓子はキャラメルパフェだにゃん」だとか、キャラクターを真似、会話ではプライベートなことは一切出さず、キャラクターに徹した返しをする。なり切りレイヤー……なりきりさん。……本当に、何度困ったことか。
だって、自社のゲーム好きななり切りさんが来るってことは……当然、ゲームのことについてすごい勢いで話始めるんだけど……。▽▽のダンジョンの最深部で○○という罠を潜り抜け手に入れた小手でござるとか言われても……さっぱりわからないんだよ。
ごめん、ただの経理には荷が重い。ごめんなさい。ああ、でも
一番つらかったのは……。
「××ですよね!うわー、すごい!写真とってもいいですか?似合ってますよ~。いいなぁ。身長低くて。ピョン属のコスプレ似合いますよねぇ。本物だぁ」
……時々、本当に時々よくわからないキャラクターのコスプレを着せられたこと。そのキャラクターについて当然話しかけられるんだけど、名前くらいしか知らなくて申し訳ないと思ったことは……今となれば懐かしい思いでですが……。
その時の経験がなければ、店の中に突然入ってきたなりきりレイヤーさんを不審者だと思って警察に通報していたかもしれない……。
「お好きな席にぞうぞ」
と、テーブルを示すと、戸惑いながらも剣士だか戦士だかそれっぽい衣装を身に着けたそこそこイケメンのでかい男が椅子に座った。
店の椅子は、ちょっとレトロな喫茶店を思わせる、角ばった小さなソファみたいなコールテン生地のふかふか背もたれ付きの椅子だ。
座面がちょっと低めにできているため……身長が2m近くある巨大な男にはちょっと小さすぎるようだ。
「ご注文はどうなさいますか?」
「注文……ああ、給水所ではなく食堂みたいなところか……任せる」
任せられたよ。まぁ、でも看板にcoffeeって書いてあるのを見て入ってきたんだろうし。
「ではホットでいいですか?」
「ホット?温かいものか?ああ、それでいい」
「モーニングはお付けいたしますか?」
時計の針は10時50分。11時までがモーニングの時間なので提供中。とはいえ、今日はお客さんが少なくて……いえ、まったく来なくて、下ごしらえしたモーニング全部残っているので、11時を過ぎても来たお客さんにはお出ししようとは思っている。
「モーニングとはなんだ?」
おや?
さすがに名古屋文化は知らないのかな?それともなりきりレイヤーなので……中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界……最近ではナーロッパと言うそうだけれど、ナーロッパから日本に来てしまった体を続けているだけかな?
「軽食です。飲み物を注文した方には無料でお付けしているサービスのことです」
「軽食か、食事は必要ない。時間がないからな」
そうですか。珍しい。
時間がないのに喫茶店に入ることも珍しい。時間がない人はコンビニのカフェなんかで済ませる人も多いというのに。
わざわざ喫茶店に入ったうえでモーニングを断る人も名古屋ではほとんどいないというのに。あ、無料って私ちゃんと説明した?
時々「ごいっしょにポテトもどうですか(買いませんか)」と同じだと思って断る人がいると聞いたことがある。だからちゃんと無料だと言うようにしてるんだけど。
まぁいいや。
「ホット一つですね。少々お待ちください」
カウンターの奥に引っ込み、コーヒーを入れるためにお湯を沸かし始める。
それから、今日の営業のために引いてあるオリジナルブレンドの豆をセット。
カップと皿とスプーンを準備。ミルクを小さなミルクポットに入れる。洗い物は増えるけれど、この店では使い捨てのプラスチック容器のミルクは使わない。
ずっと決めてたんだ。やっぱり、喫茶店なんだもん。家やコンビニやファミレスとは違う喫茶店らしさを出したくて。
カウンターからなりきりレイヤーさんをちらりと見る。
……そわそわと落ち着かない様子だ。本当に忙しいのか、キャラクターになり切って喫茶店に戸惑う演技でもしているのか。
どちらにしても……。
なんで、駅まで徒歩20分、近くにはマンションもあるけれど畑もあるようなちょっとした田舎な都会のこんな場所にコスプレイヤーさんがいるの?しかも、平日の水曜日。……インスタ映えするような撮影スポットがあるわけでも、ファンタジー風な撮影スポットがあるわけでもないのに。
……もしかして、お客さんが来なかったのって、この人が店の前近くに陣取っていたからとか……。
大柄で背中に剣を携えた剣士だか戦士だかの格好をした外国人がうろうろとしてたら……近づきたくないよねぇ。同じコスプレでも、プリキュ○だとかポケモ○なら子供たちに囲まれそうだけど。
お湯が沸いたので、丁寧にコーヒーを入れる。
ふわりと立ち上るコーヒーの香り。
美味しくなぁれ、美味しくなぁれ。そうして飲んだ人を幸せにして。
と、心で願いながらお湯を注いでいく。
「お待たせいたしました」
お盆に乗せたコーヒーをテーブルに置くと、テーブルに置かれたカップを見て戦士風の男がまた目を丸くした。
「まさか、ダンジョンの奥にこのような高級な食器で飲み物を提供する店があるとは……」
ダンジョンの奥?
いまだになりきりが続いているようです。