第十一話
「そんなに難しくないですよ?ベーキングパウダー以外はどこの家庭にもありそうな材料しか使ってないですし……小麦粉と砂糖と卵と牛乳ですよ?」
社長が胸ポケットからメモ用紙を取り出した。
「ま、まって、メモさせて、あ、秘伝のレシピなら、聞いちゃだめか、お店だもんね、古田さんの」
わちゃわちゃと表情が変わる社長。
「ふっ、大丈夫ですよ。普通にどこにでもあるレシピですし。そうだ、あとで参考にしたサイトを教えます。まずは冷めないうちにどうぞ」
「あ、そうだった」
社長が幸せそうな顔でホットケーキを食べる。たっぷりけーきしろぷをかけて。
生クリームをのせて。
本当においしそうに食べるんで、見ているこっちまで幸せな気持ちになれる。
ああ、そうだ。お客様が幸せになれる喫茶店をするのが私の夢だもの。
今、本当に夢が叶っているんだなあ。
幸せだ。
「コーヒーもとても美味しいです」
カップから視線を外し、私の顔を見た社長が、すぐに視線をカップに戻した。
ん?どうしたんだろう。ちょっと焦っているように見える。
「あ、ごめんなさい、じっと見てたら食べにくいですよね……」
慌てて社長の方に向いていた体を正面に戻し、カウンターの上で手つかずになっている自分のホットケーキを口に運ぶ。
「いえ、あの、試食して感想をと頼まれていたので、食べている反応を見るのは、古田さんにとっては仕事でしょうから……すいません、ちょっとびっくりして……あの、あまりにも、幸せそうな顔をしていたので……」
社長がちらりと私の横顔を見ながら先ほどの明らかに不審な行動を説明してくれた。
「幸せそうな……顔?私が、ですか?それを言うなら、社長こそ、とても幸せそうな顔をしていましたよ?」
思わず再び社長の顔を見る。
「ああ、僕?そうですね、甘いものを食べるとそれだけで幸せですけど、このホットケーキもコーヒーも特別美味しくて」
「はい、私も、美味しいって言ってもらえるととても幸せで、社長が幸せそうな顔をして食べてくれてるのを見て幸せです」
社長が笑った。
「ピョン……じゃない、古田さんの夢は本当に素敵だね。僕も頑張らなくちゃなぁ」
社長の皿も私の皿もいつの間にか空っぽになっていた。
「とても美味しかったよ」
社長が立ち上がってレジの前に歩いていく。
「いくらかな?」
慌ててレジに向かう。
「いえ、試食品ですし、勝手に私が出したのでお代は結構です」
「いや、そういうわけには……。美味しかったし、それに、また来たいから。ごちそうになっちゃうと、申し訳なくて次に利用しにくい」
「また、来てくれるんですか?」
嬉しい。リピートしてもらえるのはすごくうれしい。
思わず笑みが漏れると、社長が私の顔を見てパッと視線をそらした。
え?ただの社交辞令だったかな?真に受けちゃった。と、社長の顔を見ると、視線がちょっとさまよっている。これ、何を意味する表情だろう。
「あー、いや、うん。ピョン……に会いたいとかでなく、えっと、コーヒー美味しかったし、ホットケーキも……あ、会社へ行く通り道だし……」
ピョン……って。名前、古田よりも言いやすいですかね?私、社内でもしかしてピョンって裏で呼ばれてました?
まぁ、私も社長に名前で呼んでくれと言われましたが、うっかり社長社長と言っていて、なかなか高橋さんと改めて呼びにくいんですが。




