妖花狂咲~とある悪役令嬢の系譜~
あてはまるカテがわからずここにしました。
恋愛要素は、とても薄いです。
パーンと乾いた音が響く。
左頬に衝撃がはしり、じんじんと痛みだしたところで、目の前にいた女に平手打ちされたのだと気づいた。
「この、泥棒猫!」
使い古されたような、一昔前のセリフを使う令嬢がいたのかと、思わずなにかがこみ上げてくる。
豪奢なシャンデリア、ところ狭しと並べられた豊富な食料。
奇異の目でこちらを見ている、王宮の舞踏会の参加者の貴族達。
「何をするんだ、タニーア!」
自身の取り巻きの一人である王太子が抗議の声をあげ、数人が私をかばうように前へ出る。
「クリストファー様は、この女に騙されているのですわ!」
「何を馬鹿な事を言っているんだ!」
ああ。見た顔だと思ったら、クリスの婚約者候補の一人か。
自然と浮かび上がってくる笑みを押し殺し、男達に望まれているか弱く優しい令嬢の姿をみせる。
「私は大丈夫ですわ、クリス様。タニーア様をそんなに責めないでくださいませ。きっと、何かの勘違いですわ」
クリスの瞳を見つめながら、儚げに微笑む。
「ああ、君はなんて優しい女性なんだ。アンジェリカ。自分を傷つけたタニーアをかばうだなんて!」
思い通りの反応が来、心の中でほくそ笑む。
「アンジェリカ、こちらに。感情がたかぶった令嬢の相手はしてはいけないよ。君の優しい心が傷ついてしまう」
「ありがとうございます、アルフレッド様」
「さあ、アンジェリカこちらに。その頬の手当てをしなくては」
「ありがとうございます、セドリック様」
「アルフレッド、セドリック。アンジェリカを頼んだぞ。こちらは私達に任せろ」
「ありがとうございます。クリストファー様、ギルバート様」
アルフレッドとセドリックに寄り添いながら、パーティー会場を後にする。
背後から、クリスからタニーア嬢への婚約破棄を宣言する声が聞こえてきていた。
「手当ても終わった。ここの部屋でゆっくり休んでいてくれ」
「ありがとうございます、セドリック様」
「後で迎えに来るよ」
「お待ちしておりますわ、アルフレッド様」
私の頬の手当てをしてくれたメイドと共に、付き添ってくれた二人が部屋を出ていく。
会場に戻って、タニーアの婚約破棄劇場でも続けるのだろう。
「婚約破棄まではいきすぎだったかな?」
まあ、いいか。
タニーアは王太子の婚約者候補の一人。
彼女が脱落したと言っても、他の候補がまだいる。
私が、王太子の婚約者候補にあがる事はない。
「一国の王妃なんて、面倒すぎるわ」
そうならないように、手は回してある。
私はソファーにそのまま身を預け、ゆっくりと目を閉じた。
親の顔も自分の正確な年齢も何も知らない。
私は気づいたらスラムにいた。
泥をすすり、人の目を避け残飯をあさり、間抜けな通行人から金品や食料を盗みとる。
垢やふけ、しらみだらけの身体。
破れて泥だらけの、服ともいえない布。
自分を抱いて建物の間で凍えて眠り、痛くても苦しくても優しい言葉などなく、ただ耐えるだけ。
蹴落とし蹴落とされる毎日。
いつの間にか動かなくなっているスラムの誰か。
そんな人生、まっぴらだった。
暖かい部屋に温かい食事。キレイな服に優しい親。
餓えも痛みも知らず、ぬくぬくと生きるどこかの誰か。
あちらとこちら。
どこで線がひかれたのか。
残飯を漁っていた私を、哀れみと侮蔑を込めた視線で見た貴族の少女。
それと視線があった時に、私は決めた。
線の向こう側に私は行く。
成り上がる。
私は、搾取する側にまわる。
今思えば、あの時の貴族の少女とタニーアは似ていたような気もするけど。
まあ、どうでもいいことか。
彼女には、感謝すらしている。
私が這いずりあがる為の、きっかけになってくれたのだから。
そんな時に私に声をかけてきたのが教会の神父様。
孤児の保護や健全なる育成なんて、建前。
地位もお金もあるお貴族様や成金が、隠れて楽しむ場所だった。
すぐに気づいた。
そして、利用した。
成り上がる為のきっかけが、そこにはあった。
観察して観察して、私はとある男爵に目をつけた。
もっと地位も資産もある貴族は他にもいた。
だけど、私はこの男爵が一番御しやすいと思った。
正妻はいるが子どもはなく、親もすでに亡い。
身内が少なければ少ないほどいい。
御しやすい性格。
そこそこの資産と地位。
この男爵は、条件にピッタリだった。
だから、近づき籠絡した。
欲しい言葉を与え、快楽を与え、自尊心をくすぐる。
プライドが高く驕った妻にうんざりしていた男爵は、すぐに私の虜。
私は、いとも簡単に男爵家の養女としての地位を手にいれた。
教会で与えられた名。アンジェリカ。
男爵家の一員、アンジェリカ=ハグズワースとしての一歩を踏み出した。
男爵家の養女として生を終える気はない。
私を養女にしたハグズワース男爵は、見た目もあそこもいまいち。
私に相応しい地位と財産を持つ男。
御しやすい男。
私は、何人かに狙いをつけた。
国の王太子、クリストファー。
公爵家子息、アルフレッド。
若き宮廷画家、セドリック。
将来の騎士団長候補、ギルバート。
この中での最有力は、公爵家子息のアルフレッド。
王太子妃は面倒だからパス。
身分的にも資産的にも能力的にも申し分のない相手。
私もアルフレッドも17歳。
ここが攻め時だろう。
アルフレッドの婚約者は、伯爵家の令嬢。
そこは、国一番の権力者に可愛くおねだりをしましょうか。
◆◆◆◆◆◆
翌日。
私は昔懐かしい教会で国王陛下と密会をした。
陛下は、昔馴染みのお客様。
昔はとても可愛がってくれた太客。
信心深いと評判の国王陛下。
その実、裏では神様の御許、享楽にふけっていたのでした。
「私の可愛いアンジェリカ。お前に会えなくて、私はどうにかなってしまいそうだった」
ベッドに腰かける私に覆い被さってくる。
「いけませんわ、陛下」
そんな国王陛下の唇を、指先で優しく押し止める。
「私に触れたかったら? どうすればいいか忘れちゃった?」
「忘れてなどいるものか、私の可愛いアンジェリカ。さあ、お願いはなんだい? 何でも叶えてあげよう」
「さすが私の陛下。あのね、昨夜の舞踏会の事なんだけど……」
「ああ、タニーアの事か? 私のアンジェリカに何て事を。引っ捕らえてくれるわ!」
「そんな怖い事言わないで。私はタニーア様の事は怒っていないの」
いきり立つ国王陛下の手を取り、ゆっくりとその肢体をベッドに押し倒していく。
「おお、優しいアンジェリカ」
「私が気になっているのはクリストファー様の事なの。私を婚約者候補にしたいって言ってなかった?」
「……ああ、今朝申し出があった」
やっぱり。危ない危ない。
「それ、もうOKしちゃった?」
「いや、まだだ。我が子とはいえ、アンジェリカを渡すなど!」
「嫉妬深いんだから。それ、OKしないでね。私がクリストファー様の婚約者になったら、危機管理で監視が厳しくなるでしょ? こうやって陛下と会えなくなっちゃう」
ちゅぷ、と陛下の人差し指の先を口に含む。
「もちろんだ!」
この先を期待した陛下が、鼻息荒く私の腕をつかむ。
「まーだ、焦らないで。もう1つだけ、聞いてくれる?」
「ん?」
「私、公爵家のアルフレッド様と結婚したいの」
その言葉を聞いた瞬間、陛下の眉間に一気にシワがよった。
「あいつか……」
「ダメ?」
「ダメではないが……くっ!」
「あっ!」
抵抗する間もなく一気に押し倒され、ドレスを胸元まで引きずりおろされる。
「この白い肌にあの男がふれるのかと思うと! ハグズワースの芋虫のような指がお前に触れ、今度は別の男だ」
「……でも陛下。あの家から出ないと、私はずっとお養父様の慰みものです。お養父様はこの教会の意味を知っていますから、私が出掛けるのもいい顔はしません。お会いしているのが陛下だから黙認していますが」
陛下がためらうのを見、一気にたたみかける。
「その点アルフレッド様なら知りませんから、今よりもっと陛下にお会いできるようになります。教会や孤児院での奉仕活動を制限する方はいませんもの」
「そうか、そうとも言えるな」
「ええ、私と陛下の未来の為ですわ」
だめ押しにとどめ。
陛下は、私とアルフレッドの結婚を後押ししてくれると約束した。
1週間以内には、アルフレッドの婚約者家に破棄の知らせが届く。
代わりの新しい婚約者をあてがえば、文句はないでしょう。
「愛していますわ、陛下」
アルフレッドと結婚してからも、国一番の権力者とのパイプを切るつもりはない。
利用できる間は、存分に使わせてもらおう。
ハグズワース家の方は……結婚したらいらないかな。
少しずつ弱らせよう。
◆◆◆◆◆◆
3カ月後。
私は婚約者のアルフレッドとともに、結婚式の打ち合わせをしていた。
「アルフレッド様。ブーケはこちらの花はいかがでしょう? 私、白い花が大好きなんです」
「ああ、可憐なアンジェリカにはぴったりだ」
「ありがとうございます、アルフレッド様」
にっこりと微笑み手を握れば、天上にまで昇るのかというほどに、のぼせ上がった顔。
「でも、こんなに幸せでいいんでしょうか……クローディア様の事を思うと」
クローディアはアルフレッドの元婚約者。
アルフレッドを手に入れる為に、私が追い落とした。
「クローディアの事は残念だ。まさか、彼女の父君が不正を働いていたとは……」
クローディアの父親は、国の公共事業を司る部署の役人だった。
長年不正をしていたのは本当。公共費を私的に流用していた。
目こぼしをされていたのが、私のお願いで裁かれる事になっただけ。
財産没収の上、山奥の僻地に飛ばされました。
娘であるクローディアや家族と一緒にね。
山から村への道を舗装するまで帰ってくるなとのお達し。
あそこまで材料を運搬するのも大変でしょうし、何十年何百年とかかるんでしょうね。
ここまでやってくれ、なんて私はお願いしていない。
とばしたのは陛下の決断。
『僻地の人選に悩んでいて、ちょうど良かったからな。誰かをやらないわけにもいかぬし』
そういう合理的なところ、お慕いしていますわ。
「心配だが、私にはどうすることもできない。せめて向こうで少しでも穏やかに暮らしている事を祈るだけだ。そんなことより、アンジェリカ。夕飯はともにできるのだろうか」
元婚約者の現状を、そんなこと。
こちらはもう大丈夫みたいね。
「申し訳ありません、アルフレッド様。私もご一緒したいのですが、近頃養父の体調が思わしくないのです」
私が情事の最中に微弱な毒を盛り続けているからですけど。
「大切な父親ですもの。せめて、結婚するまではそばにいたいのです」
「もちろんだ、アンジェリカ。君の父親は私の父親にもなるのだから。ああ、少し待っていてくれ。今見舞いの品を見繕わせるから」
「ありがとうございます、アルフレッド様」
◆◆◆◆◆◆
自宅へと帰る馬車の中で思案する。
どうしようかなー。
ハグズワースの正妻はすでに鬼籍。
子どももいないから、養父であるハグズワース男爵が死ねば財産や領地は全て私のもの。
死んでもらう事は決定だけど、いつ死んでもらおう。
結婚式に何かやらかしても困るし、やっぱり前?
結婚式前に父親を亡くした悲劇の花嫁。
……うーん、式が延期されそう。パス。
やっぱり結婚式後。
そうと決めたら、量を調節しないとね。
馬車の背もたれに身を預け、ふと窓の外を見ればスラムへと続く道。
「……」
自宅へつくまで目を閉じて休もうと思えば、喧騒が耳に届く。
耳障りな怒鳴り声。
コックコートを着た男に蹴り飛ばされた、薄汚れた少女。
ああ、ゴミ箱を漁っているところを見つかったのね。
蹴り飛ばされたところを押さえながら、うずくまる少女。
そこで泣き濡れるようであれば、私の目にはとまらなかった。
ふけと汚れでバリバリにかたまった髪から覗くのは、野心の塊。
全てを食らいつくす肉食獣の瞳。
それに、かつての己を重ねた。
面白そうな子を見つけた。
「馬車を停めて」
御者に命じた私は、馬車からおり少女のところへと向かう。
より近くで観察すると、見た目もそう悪くない。
「あなた、面白いわ」
「っ……!」
馬鹿にされたと感じたのか、地べたに座りながらこちらを睨み付けてくる。
「ああ、気を悪くしたのならごめんなさい。私はあなたにチャンスを与えに来たのよ」
「……?」
「あなた、一生そこにいる気? こちら側に来る気はないの?」
ギラリとより一層眼差しが強くなる。
捕らえた。やはりこの子は素質がある。
「こちら側にくる覚悟はあるかしら? そこから這い上がるのは並大抵の事では無理よ」
「……ってやる」
「ん?」
うつむき加減だった少女が、勢いよく立ち上がり声を張り上げる。
「やってやる! 私はごみ溜めから脱け出す! そちら側に行く! 誰よりも成り上がってやる!!」
周囲の目を気にする事のない宣誓。
私の目に狂いはなかった。
思わぬ拾い物に、ゾクリと甘美に震える。
「なら私がそのきっかけをあげる。教会にお行きなさい。アンジェリカからの紹介だと言ってね」
「教……会?」
「ええ。そこに、あなたが這い上がる為の糸があるわ。食いつくすか、食いつくされるか。私はきっかけを与えただけ。後はあなた次第よ。こちら側で待っているわ」
そう言い残し、私は馬車に乗り込んだ。
種は撒いた。
さあ、後はどう芽吹くか。
あの子は、どんな花を私に見せてくれる?
◆◆◆◆◆◆
「ゴホッゴホッ!」
「ああ、お養父様。大丈夫ですか?」
優しく声をかけ、ベッドに腰かける養父の背中をさする。
「ああ。優しい私のアンジェリカ」
芋虫のようだった指は、徐々に徐々に細く土気色になっていく。
こんな状態になっても私を抱こうとするのは、ある意味尊敬の念すら抱かせる。
「お養父様、お薬は飲みましたか? 飲まないと身体にさわりますわ」
「薬など……お前が私から離れていってしまうのに。生きながらえても仕方ない」
「何を言っているのですか、お養父様。私は結婚してもお養父様の娘です。実家ですもの、ちょくちょく帰ってきますわ」
だから、早く飲め。
結婚式前に死んだらどうするんだよ。
「ああ、アンジェリカ。私の側にいておくれ。お前がいないと私は……!」
全身ですがり付いてくる。
「もちろんですわ、お養父様」
私は薬が入った吸い飲みを口に含み、養父に口移しで薬を飲ませる。
ゴクリと嚥下したのを見届けると、私は養父の下履きに手を伸ばす。
「ちゃんと飲めたご褒美ですわ」
「ああ。愛している、愛しているアンジェリカ」
「私も愛していますわ、お養父様……」
◆◆◆◆◆◆
真っ白なドレス、豪奢な宝石、精緻なレースで彩られたウェディングベール。
大勢の参列客の歓声、鐘の音。
宣誓を終えた私とアルフレッドに舞い散るフラワーシャワー。
最後尾に、私のかつての取り巻き達が勢揃いしている。
ここでガス抜きしておかないとね。
爆発したら大変大変。
「アルフレッド、アンジェリカ。結婚おめでとう」
「ありがとうございます、クリス様」
「今日のアンジェリカは、本当に天使のようだ。後で絵を描いて届けよう」
「宮廷画家のセドリック様に描いてもらえるなんて、光栄ですわ」
「アンジェリカ。アルフレッドに泣かされたらいつでも来い。いつでも受け入れる」
「まあ、ギルバート様ったら」
「おいおい、私がアンジェリカを泣かすわけないだろう」
私は滅多な事じゃ泣かないけど。
演技なしで泣いたのなんて、何年前?
「皆さんに祝福されて、私は本当に幸せものですね」
目尻に、少しの涙を浮かばせる。
涙は女の必需品。
これくらいはお手のもの。
「クリス様もセドリック様もギルバート様も、大切な婚約者の方がいらっしゃるでしょう? その方を幸せにしてさしあげてくださいませ。皆様の幸せが私の幸せですわ」
「ああ、アンジェリカ。君の幸せが私達の幸せだとも。君とともに生きるのがアルフレッドだという事に嫉妬を覚えるが、君が幸せならそれでいい」
「ありがとうございます、皆様」
邪魔してくれたら潰すからな。お前ら。
◆◆◆◆◆◆
無事にアルフレッドとの結婚式が終わり、初夜。
貞淑で清純な令嬢(処女)だと思われているから、細工をしなくちゃいけない。
数週間前から膣をかたくする為の薬を塗り込んだ。
衝撃と熱で溶ける紙で袋を作り、固めた血をその中に入れ行為前に膣内に。
これで、破瓜を演出する。
アルフレッドは童貞だし、多少不自然でも見破られる事はないだろう。
見破られたとしても、丸め込む自信はある。
コンコンと扉がノックされ、アルフレッドが姿をあらわす。
私は初夜に緊張し、少し怖がり恥じらう、貞淑で清純な令嬢を存分に演じきった。
◆◆◆◆◆◆
黒いヴェールに喪服を身に纏い、今の私は養父を亡くし涙に濡れる公爵夫人。
アルフレッドとの式から約2ヶ月。
養父は私の予定通りに死んでくれた。
ありがとう、お養父様。
あなたのそういう、私に手間をかけさせないところが大好きでした。
目には涙を浮かべ悲痛な表情をしつつ、頭の中では領地と資産の運用について頭を動かす。
領地を貰っても私には経営は無理なので、これは嫁ぎ先の公爵家に全部あげよう。
恩も売れるし。
その際に、ハグズワースで雇っていた使用人の再就職先も斡旋してもらわないと。
就職先を失って路頭に迷ったら、私が恨まれちゃう。
買わなくていい恨みは買いません。
そして、アルフレッドが『何て優しい人なんだ、アンジェリカ』って感動して私に惚れ直す材料にも使える。
私の当面の優先事項は跡継ぎ。
公爵家の跡取りであるアルフレッドには、跡継ぎが必須。
妻である私は男児を生まなければいけない。
できなければ、愛人や第2夫人が出張ってくることになる。
全力で止めるし、もし来ても始末するけど。
養子という選択肢もあるけれど、自分で産んでおいた方が将来安泰。
こればかりは、可能かどうかがわからない。
……まあ、とりあえずアルフレッドをメロメロにさせて、使用人達も握っておこう。
後、万が一の為に陛下に話も通しておかないとね。
最悪、どこかから男児を連れてきてもらわなくちゃ。
◆◆◆◆◆◆
豪奢なシャンデリア、ところ狭しと並べられた豊富な食料。
私とアルフレッドは、国王に即位したばかりのクリストファーが開く舞踏会に参加していた。
「トビアスは大丈夫かしら」
トビアスは正真正銘私が産んだアルフレッドの子ども。
何の問題もなく私は妊娠し、男児を2人出産する事ができた。
5歳のヨシュア。
0歳のトビアス。
「ナニーに任せてあるから大丈夫だよ。近頃ずっと子どもにつきっきりだったろう? 少しは息抜きをしないと。それに、今日は話題の令嬢が社交界デビューするらしいよ」
「話題の令嬢?」
近頃子ども子どもで情報に疎くなってしまっている。
まずいな、勘を取り戻さないと。
「何でも、ブランシュタイン子爵の落胤らしい。母親が亡くなったから引き取ったとか」
ふぅん。どこかで聞いたようなストーリーだこと。
その時人垣が割れ、一人の令嬢が姿をあらわす。
血のような真っ赤なドレスに身を包んだ少女。
その子の顔を見た時、久方ぶりに私の心臓は高鳴った。
ああ、ようやっと来たのね。
向こうもこちらに気づいたのか一瞬驚いた顔をしたが、直ぐにまた微笑に戻る。
ああ。錆び付いていた思考が、クリアになっていくのを感じる。
彼女は、私と同じ。
王族や他の貴族に挨拶をすませ、自由な歓談になった時に彼女のもとへ向かう。
「ごきげんよう。私は、アンジェリカ=ウェルシュタット。あなたは?」
どういう名前を貰ったのかしら?
「初めまして、アンジェリカ様。マリア=ブランシュタインと申します」
優雅なカーテシー。
ええ、その程度はできていなくてはつまらないわ。
「マリア様。向こうで少し、お話しませんこと?」
人目があるここでは、ね?
「もちろんです」
二人連れ添い、人気のない場所へと移動する。
「見違えたじゃない、ビックリしたわ」
あの時は、汚いどぶねずみだったのにね。
「あなたのおかげです。あなたの叱咤のおかげで、私はここまで来れた」
「よしてちょうだい。私はチャンスを与えただけ。それをモノにしたのは貴方よ」
実際、幾度か種は蒔いたが、ここまで来たのはマリアだけだ。
「見事、芽吹いてくれたわ。そして……子爵令嬢の地位で満足するのかしら?」
「くす、まさか」
チラリと舞踏会会場の方を見やるマリア。
「やるなら、頂点を目指しますよ」
「予想はつくけど、後学の為に教えてもらえるかしら? 貴方が狙うのは、前陛下? それとも今の? それとも……現在2歳のコンラッド殿下かしら?」
コンラッドはクリストファーの正妻が産んだ王子だ。
クリストファーは婚約者候補の一人だった、侯爵令嬢エレノアと結婚した。
「私はそんなに気が長い方じゃないんです。2歳の殿下が成長するのなんて、待っていられませんよ」
それはつまり……
ああ。やっぱりこの子は私好みだ。
笑みがこぼれて止まらない。
「エレノア妃は手強いわよ」
「望むところですよ」
「助言はいるかしら?」
「いいえ。ただ、少し頼み事はするかもしれません」
毒花が咲き乱れる。
「私でできる事なら。貴方は面白いものを見せてくれそうだもの」
唇が笑う。狂い咲く。
狂うからこそ、花は美しく咲く。
この子は、大輪の妖花を見事咲かせてみせた。
「ああ。言うのを忘れていたわ」
「?」
「こちら側の世界にようこそ」