操命の指揮官
「諸君、我々は圧倒的に不利な状況だ。
まさに、次の会戦が運命を決することだろう。
我々が負ければ、我々の後ろに居る罪なき人々が蹂躙されることだろう。
我々は勝利するまで、死ぬことは愚か、眠ることさえ許されぬと覚悟せよ!」
指揮官の男が声高らかに演説をしている。
偉そうに……いや、実際偉いんだったか。
まぁ、俺みたいな傭兵には関係ないね、負けそうになったらおさらばするだけよ。
「――!――!」
おうおう、兵士どもは士気が高まったようだねぇ。
指揮官の名前を連呼しちゃってさ、どら、冷静になってもらおうかね。
「なぁ、感動するような話でもないだろ?
一体、あの指揮官に何があるんだ?」
「お前、知らないのか?
あの方はどんな窮地でも不敗どころか、圧勝に導くんだ。
運命すら操るという事で「操命」とも呼ばれているぜ。」
兵士は親指を立てて得意げにしていた。
そいつぁすげぇ。
圧勝になるってことは、手柄も立てやすくなるな。
いっちょ稼がせて貰いますか。
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くそっ、何が不敗だ、何が圧勝だ。
兵士の質が圧倒的に違うじゃねぇか。
相手は一兵卒ですら、俺の一番弟子並じゃねぇか。
もはや乱戦、混戦、背中を見せたら誰から切られるかわかったもんじゃねぇ。
「~~♪」
戦場だってのに、のんきに歌っている奴がいるのか。
敵さんだろうかね、余裕の戦場だろうしな。
「~~♪」
歌声が近づいてくる。
ついに俺も戦場の死神に魅入られちまったか。
「死ぬことも、眠ることも許さんといっただろう!
故郷を守れず!妻子を守れず!父母を守れず!
それで、自分は昼寝か!許さんぞ!起きろクズども!」
・・・!
歌声が突然、力強い呼びかけに変わり、響き渡った。
それと同時に、戦場が氷のように冷たく…感じられた。
ぐしゃっ・・・
俺を狙った刃は勢い余って隣の兵士の首をはねた。
あぶねぇ、あぶねぇ。考え事は無しだ。
まだ死ぬわけにはいかないんだっての。
一応仲間の仇となる奴をにらみつけ、剣を構えなおす。
その時、既に奴は「首のない兵士」に貫かれていた。
戸惑っている俺に向かい、首のない兵士は、親指を立てている。
表情、どころか、頭が無いが、得意げな表情を感じる。
どういうことだ。
あいつは首がない。助かるはずが無い。
だが、今、目の前で俺以上の動きを見せている。
動くべきだが、動けない。現実に思考が追いつかない。
迷信深い司祭どもなら何か知っているだろうが・・・
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俺は何とか生き延びた。
あの「クビナシ」とは、戦闘中にはぐれてそれっきりだ。
会戦の結果は、圧勝だ。
敵兵の中にも多く、裏切り者が出たらしい。
最後に残った我が軍は、元の人数の二倍近くまで増えていた。
・・・何かがおかしい。
壮絶な戦闘だ、死者も多く出ている「はず」だ。
いくら裏切り者が多くても、我が軍の兵力が二倍になるわけが無い。
だが、俺は生き延びた。
そこに得体の知れない何かがあったとしても、俺には関係ない。
めんどくさいし、それは迷信深い連中の仕事だからな。
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「我々は勝利するまで、死ぬことは愚か、眠ることさえ許されぬと覚悟せよ」
あなたの言葉は、私の歌を刻み込むためのプレリュード。
―勝利を求めし、英雄よ。何のために勝利を願う。
彼らが願うは、故郷の平穏、妻子の壮健、父母の安寧。
彼らが捧ぐは、彼らが生命。―
戦場の剣戟、喧騒、騒乱は私の歌のコンティヌオ。
「そして、勝利を手にした貴殿らに、安らかなる眠りを。
仲間に手を掛けた全ての罪は我の元に集え。
彼らの魂が天上にて友と共に歩まんことを、ここに祈る。」
―戦場を駆け、誇りと共に散っていった全ての命に祝福を―
あなたの懺悔交じりの祈りと、血色の荒野に響く崩壊の音は、世界へのレクイエム。
静寂に包まれた戦場に、動くものは一つしかありませんでした。