1-7覚悟
やっとこさ生活が落ち着いた……
「じゃあ説明はこのくらいにして、今日は解散! 司君、後は頼んだわよ〜 」
柊花は急いで書類の束を抱え上げて黒川の後を追っていった。司は、状況が理解できずにソファーの上で静止する澪をやや困惑気味に見やった後、すぐに冷静に話しかけた。
「こんな狭い部屋で長居するのもあんまりだし、移動しませんか? 」
「う、うん…… 」
─────────────────────
澪は司に連れられて1階まで降下した。そこはまるでホテルのように部屋が並んでいる。長い廊下を真っ直ぐ歩き、二人は『141』とドアプレートに刻まれた部屋の前で歩みを止めた。
「今日は疲れただろうし、また明日話しましょう」
「そ、そうですね…… 」
司が部屋の鍵を突き出す。澪は両手でそれを受け取った。
「杉山さんの部屋は141号室です。明日から学校に戻ることとなりますが、一応僕が同伴することが条件となってますから宜しくお願いします」
「分かりました。ありがとう…… 二条さん? 」
「あぁ、僕のことは気軽に『司』とでも呼んでください」
司はそう言って澪に微笑みかけると、踵を返してエレベーターの方に戻っていった。
「…… 」
澪は何も言わずに扉を開け、部屋の照明を点ける。間取りとしてはビジネスホテルのシングルよりは広く、バスルームとトイレは別れている。
「一人って、静かだな…… 」
『まぁそう言うな。なんなら姿を見せてやろうか? 』
例の『彼』が澪に語りかける。澪が「好きにすれば? 」と答えると、彼は意外にもあっさりと姿を現した。
『さて、どうだ? 『宿し人』になった気分は」
「まだ実感はない。これから分かるのかな? 』
「さぁな、それはお前次第だな」
そう言うと『彼』は澪より先にベッドへ腰を降ろした。
「ところでさ、あなたの名前聞いてないんだけど」
『ん? あぁ、気にすんな。まだその時じゃない』
『彼』は不遜な笑みを浮かべながら寝転がる。澪が少しだけ顔をしかめると、『彼』は「そんなに臭いか? 俺」と言いながら上着の臭いを嗅ぎ始めた。
「ちょ、本気で言ってるそれ? 」
『冗談だよ、悪かったって』
『彼』が起き上がる。と同時に『彼』の足元から光の粒が沸き上がり、彼が脚から消え始めた。
「おっと、時間か」
「時間? 」
「あぁ、俺はまだお前に名前を晒してないだろ? つまり今の俺たちは正式な契約を終えたわけじゃない。だから俺が姿を現すのも時間限定ってこった」
下半身まで消えかかったところで、『彼』は澪の肩に手を置き、微笑んだ。
「じゃ、またな。『選ばれし者』よ」
「え? 」
澪の疑問に答えることなく『彼』は消え失せた。澪は少しふてくされたままベッドに転がる。程なくして彼女は眠りに落ちていった。
――――――――――――――――――――――――――――
???内 ???にて
「……ぅ先! 呂布奉先!! 」
蝋燭の薄明かりが並ぶ大広間を横切りながら、銀色の鎧に身を包んだ金髪の青年が叫ぶ。
「……騒がしい。何の用だ小僧」
「小僧ではない、人の名前はちゃんと呼べ」
奥から姿を現したのは髪を目一杯伸ばした大男である。右手には方天戟を、左手には酒の龜を握りしめており、体は鋼のごとく引き締まっている。
「ほう、この奉先に指図か」
「いえ、そういう…… 」
勢いを失う青年を見て大男が豪笑する。
「冗談だ。してモードレッドよ、吾に何用だ」
「送り出した『蝕』は全て討たれたようだが、次はどうするつもりだ? 」
「あぁ、その事か」と奉先が思い出したように戟と龜を置く。
「まだ一体だけ反応が消えていない」
モードレッドと呼ばれた青年が首を縦に振る。
「こやつの反応が消えたなら、次は吾が出よう」
「……本気か? 」
「本気だとも。ゆえにそれまで待たれよ」
「ほう、なら楽しませてもらおう」
モードレッドは踵を返して足早に去っていく。その後ろ姿を見送りつつ、奉先は龜に手を伸ばした。
「……青い餓鬼だな。酒の肴にもならぬ」