3-5 かけがえのないもの
その日、澪は一週間ぶりに登校した。もちろん学校中の誰もが渋谷のニュースを知っているし澪が『宿し人』であることも知っていたが、余計なことをする人は誰もいなかった。
「…… 」
「杉山ー、さすがに授業中は寝るなー」
しかし、澪の勉強嫌いは治ったわけでもなく『皇』での訓練の疲労も相まって、居眠りを多発させていた。
「……すみません」
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「相変わらずだなぁ、ホント」
昼休みはいつものごとく、百合と澪の屋上での昼食である。今回は百合が連れてきた数人の女子も混ざっている。
「仕方ないじゃん、ここのところずっと戦闘してたし」
「そういやさ澪、ニュースで見てたんだけどあの竜はなんなの? 」
百合の質問に食い付き、耳を傾ける女子たち。澪は素直に首を横に振った。
「実際は倒してから解析しないと正体が分からないし、あれがなにかは実はよく知らないんだよね」
「なにそれ、めちゃくちゃ怖くない? 」
「そうかなぁ……私の場合はほら、死にかけたところを『宿し人』になることで助かってるわけだしなんとも言えないかな」
「「「へぇー 」」」
気づけば予鈴が鳴っていた。その場にいた女子たちはあわてて弁当箱を片付けて屋上を早足で去っていく。
「ほう、あれが呂布を止めた女か…… 面白い」
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その夜、特別に帰宅許可を得ていた澪はそれこそ一月以上ぶりに家に帰ることとなった。元々母を病気で失った父娘家庭であったが、澪は未だ一度も思春期特有の反抗を父に見せたこともない。
「ただいまー」
「おかえり。黒川さんから連絡は貰っていたよ」
最後に家を出たときと何ら変わったことはなかった。父もいつもと変わらぬ笑顔で澪を迎えた。
「晩飯、食うか? 」
「うん」
恐らく父一人だけでは二階建てを持て余したらしく、二人で暮らしていたときよりも使っていない部屋が増えていた。
「まずは母さんに報告してきな」
「うん」
仏前で母に近況を報告する澪。父は手を合わせている澪に妻の姿を重ね合わせて見つめていた。
「……終わった」
「そうか」
そのままの流れで夕食が始まる。久々の父の手料理の味に澪は安心感を覚えた。
「ところでさお父さん」
「ん? 」
「私がいない間、どうだった? 」
「んー、特に変わったことはないかな。まぁお前がいなかった分寂しかったりはしたけどな」
微笑む父。澪は箸を置いて質問を続けた。
「お父さん、私が『宿し人』に成ったことはなんとも思ってないの? 」
「逆だよ。むしろ『あぁ、お前がやっと自分の意思で動いたんだなあ』って感動したんだ」
ハッとする澪。今まで父に口答えすらせずに育ったことを思い返したと同時に父の寛容さを思い知った。
「お前がニュースで取り上げられてる限りは生きてる、それでいいさ。ただしこれだけは約束しろ、『俺が死ぬよりは先に死ぬな』」
「……うん」
かつて父が何度も口ずさんでいた言葉の意味を、澪はやっと理解した気がした。その後は二人揃って無言で食事を取り、父はいつものように趣味のプラモデルを組み立て始めた。
「昔さ、よくお父さんが作るプラモデルをこうやって見てたよね」
「だな。子供らしくちょっかいもかけてこずに、ただ無言で見てた」
ボソボソは喋るものの、お互い沈黙が好きなのかあれよあれよと時間が過ぎていく。気付けばニッパーがランナーを切る音と秒針の音だけしかなくなっていた。
「……そろそろ時間なんだ」
「おぉ、プラモに熱中し過ぎたか。悪いな」
澪の帰宅許可は22時までしか下りなかった。名残惜しさを感じつつも、澪は玄関へと向かう。
「澪」
「はい? 」
「いつでも帰ってこい」
「そのつもりだよ」
澪の晴れやかな笑顔を見て、父も笑みを溢す。「それじゃ、またね」と家を出ていった後、父はしばらく玄関をぼんやりと見つめていた。
「『皇』か。お前もお母さんそっくりだ…… 」




