3-2 竜種
澪たちが現場に着いたときには、既に地獄と化していた。
「隊長、あれ…… 」
木下が指差す先にいたのは、これまで見たこともないような『蝕』であった。黒々とした肢体、金属光沢に似た輝きを放つ甲殻、そして背中の翼。
「り、竜なのか? 」
黒川が指示を出そうとしたその瞬間、『それ』は澪たちを見つけ、狙いをつけたように首を動かした。
「ヤバッ!…… 」
澪がとっさに変身を始める。竜は太く長い尾をもたげ、鞭のように振り抜く。
「杉山さんっ! 」
司の叫びもむなしく、澪は自身を包んだ光の繭ごとビルまで吹き飛ばされた。
「痛ったぁ…… 」
間一髪変身に間に合ったらしく、澪に怪我はない。黒川と木下も『宿し人《ポゼッサー》』としての得物を取り出す。
「やるぞ卜伝…… 『絶刀 霞斬』」
「今回も頼むわね、秀郷さん。『源氏弓 五人張』!! 」
黒川の手には刃渡り2尺5寸ほどの日本刀が、木下の手には彼女の背丈を遥かに越える長さの弓が現れる。
「やるぞ杉山! 二条と二人で動け!! 」
「「はいっ!! 」」
澪と司が黒川と反対側に走り始める。その横を木下が放った矢が駆け抜けていく。毛ほどのズレもなく矢は竜の目に刺さり、竜は後ずさりながら咆哮した。
「やるよっ! 二条君」
「タイミングは合わせる!! 」
視界が潰された隙を使って腹の下に潜り込む澪。そのままヒストリアに付属する両手剣で柔らかい腹部を突き刺した。
『ギャアアァァァァァァァ!! 』
「フンッ!! 」
澪を踏み潰そうと前足を持ち上げる竜だったが、司がすかさず後ろ足に霊力を込めた発勁を叩き込む。竜がたまらず倒れ込むのを確認して、四人は再び1ヵ所に集まった。
「……すごいね、二条君」
「いやいや、僕が出来るのはアシストだけですよ。正直『蝕』相手だと杉山さんの方が強いし」
再び咆哮を上げる竜を牽制するように矢を放つ木下。一本も弾かれることなく装甲の隙間を射抜く様に澪は感動した。
「そんな大きな弓、どうやって引いてるんですか? 」
「私が契約した人は藤原 秀郷って人でね、弓の達人なのよ。一応アーチェリーやってたのもあるけど、ほとんど彼の力のようなものね」
「へぇー」
「あんまり油を売るな。次が来る」
竜の尾をよける形で再び散らばる四人。しかし、今度は竜の口から火の粉が漏れる。
「まずい! 離れ…… 」
黒川の叫びは間に合わなかった。竜が放った炎はスクランブル交差点を越えて、周囲の高層ビルにも火をつけた。
『ガアァァァァァァ!! 』
澪以外の三人はいわゆる現代的な戦闘服である。特に炎を近距離で浴び、竜の爪で引っかかれた司と黒川は火傷と切り傷で行動不能に追い込まれる。
「ちっ! いかんせん相手がでかすぎる」
「隊長っ! なんとか隙を…… 」
左手で司の襟をつかんだ状態で匍匐前進する黒川。木下も必死に矢を撃つが、翼を羽ばたかせて矢を払い、竜が二人を潰そうと襲いかかる。
「クソッ、間に合わんか…… 」
「やめろぉぉぉぉぉ!! 」
二人と竜の間に割って入る澪。そのまま押し潰そうとする足を、なんと一太刀で切り裂いた。
「杉山! 早くここから…… 」
「ドラゴンなんて…… ファンタジーだけで十分なの!! 」
人間離れした跳躍で竜の喉元に剣を突き立てる澪。怪物は必死に澪を引き剥がそうと暴れ始める。
「いい加減に…… しろっ!! 」
突き立てた剣に更に体重をかける澪。そのとき、刃が白く光り、竜の甲殻を吹き飛ばしながら光の筋をほとばしらせた。
『ギャアアァァァァァァァ!!…… 』
竜が崩れ落ち、倒れる。首をもたげようと痙攣していたが、しばらくして完全に沈黙した。
「……ふぅ、終わった」
大の字に倒れる澪。木下は黒川と司の救助に走った。
「悪いな、柊花」
「申し訳ありません。後方要員が敵の攻撃に気づけないなんて…… 」
「俺はいい。先に二条を…… 」
そのとき、空から声が響いた。
「なるほど、確かにお主らは我の相手にふさわしい」




