3-1 素養
7月半ばに突入しても、学校での一件以来『蝕』が現れることはなかった。しかし、『皇』の基本任務である巡回警備と『蝕』の解析は着々と進んでいた。
「……やっぱり、霊力使うと疲れる」
この日、澪は司と共に霊力使用の訓練を受けていた。内容は『霊力を刀身として使用する訓練用ビームサーベルでの戦闘』である。もちろん澪はそんなものを今までの人生で使ったこともないため、司とのレベルの差は大きいと言える。
「でも、僕の最初の頃よりはましですよ。僕は初回訓練で失神しましたし」
「へぇ〜、ホントかなぁ…… 今の二条君からは信じられないんですけど」
休憩する二人を眺める木下は、また違った目線を澪に向けていた。
(彼女、霊力を使ったことがないはずなのに明らかに疲労度が並の人より少ないわね…… )
次の訓練を始めようと木下が動き出そうとしたそのとき、訓練エリアの扉が乱暴に開き、斑目が躍り込んできた。
「すぅぎやぁまくぅぅん!! すぐさま私の研究室に来てくれたまえ。拒否権はないから」
そして回れ右をして帰っていく斑目。三人はかれの理解不能なテンションに首をかしげるしかなかった。
「……じゃあ、今日のところはここまでにしておきましょうか」
「分かりました。お疲れ様です」
「私、あの人好きになれないな…… 」
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「杉山です、入ります」
律儀な三回ノックで研究室に入っていく澪。今にも崩れそうな書類の山の最奥に、斑目は鎮座していた。
「すまない。君が捕獲してくれたあの『蝕』から録れたデータの整理が終わってないんだ。ま、そこのソファに座ってくれ」
言われるままにソファに腰かける澪。斑目は部屋の奥にあるディスプレイの電源を入れた。
「えーっと、霊力の基本原理は分かる? 」
「はい。たしか人間の意思の固さや生命力に付随する第三の力で、昔は魔力と呼ばれてたとか」
「正解。もちろん『宿し人』はかつて偉業をなした英雄の霊と契約してるし、普通の人よりも霊力が多い傾向にあるわけだ」
ディスプレイのスライドを切り替えながら矢継ぎ早に喋る斑目だったが、彼突然は今までのペースでは考えられないほどゆっくりと語りだした。
「これは、君の中にある霊力の量を見やすいように数値化したものだ」
「えっ? なんですか『計測不能』って」
澪の質問に答えることなくスライドを替える斑目。
「こっちは一般人と黒川君、そして君を並べたグラフさ。彼の霊力保有ランクはAプラス、実力的にも人類史トップクラスの英雄と契約している証だね」
「え? 契約した英雄の名前って分かるんですか? 」
「普通はね。黒川君の場合は『塚原 卜伝』、かつて日本剣術の基礎ともいえる流派である影流を設立した『剣術の神様』と呼ばれる男さ」
再びディスプレイに目線を戻す斑目。澪はというと、叩きつけられた事実を飲み込めずに押し黙っている。
「分かるかい? 彼と比較したとしても、君の霊力保有量はずば抜けてる。これは人というよりは文字通りの『神』に匹敵する量だろうね」
「……えっと、それはつまり…… 」
「そう、君が契約した英雄はもしかしたら…… 」
斑目の言葉を遮って警報が鳴り響く。それは『蝕』の出現を告げるものであった。
「あちゃー、残りは帰ってきてからね」
「分かりました! 失礼します!! 」
手を振る斑目に頭を下げて、澪は研究室を走り去った。
「あの子、もしかしたら…… これは恐ろしいことになるかもなぁ」
斑目はしばらく部屋のドアを見つめた後、再び書類の山との格闘を再開した。
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数分前 渋谷スクランブル交差点中央
「哀れよな、これから死ぬとも知らず」
完全武装した呂布は、愛馬の赤兎にまたがったまま空中で人混みを眺めていた。
「さて、ではこの世界の力を試すとしよう」
呂布が手をかざすと、交差点の中央に黒い法陣が浮かび上がった。突如発生した法陣に、人々は右往左往する。
「『示せ』、我が望む者よ…… 」




