1-1 死
この手の話って面白そう、書きたい! といても立ってもいられなくなって書くことにしました。楽しんで頂ければ幸いです。
──なんにもない日常ほどつまらないものはない。彼女はそう思っていた。
「どうしたの澪? また空なんて見上げてさ」
彼女のとなりの座席の女子が私を揺さぶった。またどことなくボーッとしている間に授業が進んでしまったらしい。教室の皆がこちらを見ていることに気づき、少しだけ顔が火照る。
「え? いや、なんでもない」
彼女の名前は杉山 澪。こんなに平凡な名前でありながら勉強もスポーツも平均的、自分でも少しもの悲しさを感じるほどだ。
既に6月も半ば、新学年の始まりのワクワクも収まり、所属している陸上部の練習メニューの増加にも慣れはじめていた。
「──じゃあ、次のテストの範囲はここまでだからちゃんと復習しておくように」
数式に埋め尽くされた黒板の端にテキストのページのメモ書きを残して授業は終了。4限なのでここで昼休憩が挟まれる。
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1週間ぶりに晴天が続いたため、澪は屋上で昼食を取ることにした。
「──でさー、今度ライブあるんだけど澪もいかない? 」
「ごめん、大会前だし練習がさ…… 」
今、澪と一緒に弁当を食べているのは小学校以来の親友、真鍋 百合。ハーフということもあり、茶髪碧眼というちょっとお目にかかりにくい外見とアイドル的な愛嬌が持ち味のクラスの人気者で、澪とはタイプが真逆のような子である。
「そっかー、残念」
「ごめん」
かなり気も利くし、澪自身『百合のようになりたい』、と思ったことは何度もある。
「……あのさぁ、澪ってルックス気にしないの? 」
「え? 」
そもそも気にするしない以前に百合がいるじゃん、と言いかけたがなんとか澪はその言葉を胸の内に飲み込んだ。
「だってもっと可愛くなると思うんだよね〜 」
前髪の髪留めに手を伸ばす百合。澪は反射的にその手を振り払う。
「ちょっと、ダメだって! 」
つり目で主張の少ない、誰も興味を持つわけのない至って平凡な外見。澪は、本当に自分は地味だと実感していた。百合は「えー、勿体ないじゃん」と手を降ろしてくれた。
「さ、そろそろ昼休みも終わるし…… 」
そう言って私がベンチから腰を上げたその瞬間、突き上げるような振動と爆発音が校舎を呑み込んだ。
「キャアッ! 」
「百合っ!! 」
ベンチごとひっくり返りそうになっていた百合を起こして、澪は状況をうかがおうと階段の扉に手をかけた。でも扉は動かない。
「なんで!…… 駄目だ、動かない」
彼女自身、短距離走選手なのでタックルにはそれなりに自信があった。でも扉は無反応のままだった。その時、校内放送のチャイムが鳴り響いた。
「『蝕』が出た! 全員その場から動かず救助を待つように!! 繰り返す、…… 」
非常にまずい事になってしまった。『蝕』は世界各地に出没する『人間を餌としている』怪物の総称で、出現すれば軍隊が出動するレベルの騒ぎとなる。
「百合、どこかに…… 」
急いでプランターの影に身を隠そうと百合の袖を引っ張ったが、百合はまったく動こうとしない。
「百合? 」
「あ、あれ…… 」
澪が振り返ろうとしたその時、『蝕』が百合を引き裂こうと迫るのが見えた。なんというかこう、黒いオーラのようなものを纏った獣の姿をしていた。
「イヤアァァァァァ!! 」
刹那、澪の体をとある意識が駆けめぐった。それは「かっこいいところを見せて…… 」とか「あれを倒して百合を…… 」などという簡単なものではなかった。気づけば彼女の足は勝手に『蝕』の方へと動き始め、百合を突き飛ばしていた。
「やめろォォォォォ!!―――――― 」
『蝕』がひっくり返した植木鉢をサッカーボール宜しく蹴飛ばした。破片のいくつかがどす黒く染まった怪物にヒットしたが、敵は多少うざったいように目を細めた後、腕を振り上げて反撃に出た。
────ザクッ
「―――――澪? 」
無機質な青いマットが血の赤色に染まっていく。『蝕』は爪に突き刺さった澪の体を軽々と投げ飛ばした。
「ゆ……り…… 」
澪は必死に頭を起こそうとするも、プランターに激突した際に頭をぶつけたのか、すでに意識が薄れはじめている。
「澪ォォォ!! 」
涙を目のふちに溜めて私に抱きつく百合の顔がどんどん遠くなっていく 、自分を呼ぶ声も聞こえない。
──澪は、生まれて初めて『生きたい』と願った。そして初めて『誰かのためになれて良かった』と心の底から感動した。
2話にまとめてあとがき載せるんでご了承下さい