夜のコトリ~丑三つ時~
739 :「だっこちゃん」 20XX/04/06 08:24:20.09
これは私が大学に入学して1ヵ月も経たないうちに体験した出来事です。
私の大学では、新入生は5, 6人のグループに分けられ(これを班と呼んでいました)、そこで親睦を深め会うという伝統がありました。
私が入れられた班は、男3女3の班でした。
私たちは会ってすぐに打ち解けあい、いつの間にかなんの気もなしに集まり会う間柄になりました。
その日、私たちは遅くまで班の子の家で遊んでいました。
12時をまわり、皆の口数が少なくなってきた頃、1人が水鏡山で肝試しをしようと提案しました。
水鏡山はH大学の西側に位置し、ここからそう遠くありません。
水鏡山はそれほど標高の高い山ではなく、公園として、S町民の憩いの場として活用されています。
水鏡公園は桜の木がたくさんあり、春にはH県でも有数の花見スポットになります。
肝試しをしようと言い出した男、Kが言うには、水鏡山には落武者の霊が出るのだそうです。
なんでもかつてこの山にはお城が建っており、合戦で城を攻め落とされた時に大量の武士が死んだそうです。
実際に今も水鏡山には城跡や城壁などが残っています。
お城があった時代に使われていたという井戸も残っています。
言い伝えには井戸から血が溢れだすほどの死者が出たとされ、合戦の凄惨さは私たちの想像を越えるものだったのでしょう。
740 :「だっこちゃん」 20XX/04/06 08:24:22.71
Kの提案に班の過半数は賛成していました。
女子の中には怖がり、反対する者もいましたが、強引に説得されていました。
私も怖い話が好きでしたので、水鏡山の話はある程度知っていました。
先輩方の中にも同じように肝試しをされた方がたくさんいたそうなので、この時の私は本当に何かが出るとは思っていませんでした。
大学から近いと言っても水鏡山までは坂が多く、自転車で行くには大変でした。私たちには車持ちのMがいたので、そいつに全員送ってもらいました。
二浪して浪人中に免許を取ったというMは、親が金持ちで入学当初から普通車を持っていました。
このMは同じ班のR子と付き合っていました。
さらにMは同じ班のA実にも想いを寄せられていました。
一時は班崩壊の危機かと危ぶまれていましたが、私の預かり知らぬところで折り合いが着いていたようでA実とR子の仲は良好でした。
道中の車内では助手席に座るR子がMに怖がる素振りを見せ、いちゃついていました。それを見た後部座席のA実は「班活中にイチャイチャするのはやめてよねー」と言って笑いを誘っていました。
741 :「だっこちゃん」 20XX/04/06 08:24:23.07
水鏡公園の駐車場に着いた私たちは、池の上にかかる橋を渡りました。
橋を渡った先には、大きな屋根付きのベンチがあり、そこに全員で集まりました。
そこで私たちはKが言う肝試しのルートを聞きました。
そのルートとはまず、このベンチを出発しジョギングコース沿いに歩き、遊具のある広場へ向かいます。
そこにあるブランコは夜中ひとりでに動き出すのを見た人がいるそうです。
そこからは木々が生い茂る細い道に入り、真っ直ぐ進んでいくとぽっかりと空いた空間に出るそうです。
何もないと思った場所には例の井戸が。。。
後は折り返して今いるベンチまで戻ってくれば肝試しは終わり、とのことでした。
Kは次に2人組で行こうと言い、割り箸で作ったクジをカバンから取り出しました。
私たちはKの準備のよさに笑いました。
Kは少し焦ったように皆にクジを引くように言いました。
それを見たA実は怪しんで「クジに細工でもしてるんじゃないでしょうねぇ」
と言いました。
Kは否定の言葉を繰り返しましたが、彼の必死さが返って私たちの疑念を深めました。
結局、Kの用意したクジは使われず別の方法で組分けが決まりました。
組分けの後にじゃんけんで行く順番を決めました。
1番目に私とKのペア、2番目にMとR子のペア、最後にA実とS子のペアになりました。
Kは私とペアになったことが不満なようでした。
それは私も一緒でした。男二人で肝試しを楽しめるわけがありませんでした。
742 :「だっこちゃん」 20XX/04/06 15:31:33.05
私とKは皆がいるベンチを出てから、ほぼ無言で歩き続けました。
ときおりKが独り言のように「こんなはずじゃなかったのに」とつぶやく音以外、闇の中は静寂に包まれていました。
広場までのジョギングコースは歩きやすく、スマホのライトを便りに歩いていても何かにつまづくということはありませんでした。
黙々と歩き続けていると、あっという間に広場に着きました。
広場についてもKは肝試しを早く終わらせたそうにしていました。
広場を見渡すことなく、次へ進もうとKは歩き始めました。
仕方なく私もKに続き歩き始めました。
Kの持つ明かりがブランコへ向いたとき、私は「何か」の存在に気がつき足を止めました。
その場に立ち止まり目を凝らすと広場の片隅に白い影が揺れていました。
もっと近づいて見てみると、ブランコに白い人のようなものが座っているのが分かりました。
手足が2本ずつかろうじて見えていたので、人ではないかと私は思いました。
それ以上私は近づけませんでした。
Kは気がついていないようで、私がついてこないことに苛立った様子でした。
私が声も出せず立ち尽くしていると、Kはこちらへやって来て、早く来いと私の腕を掴みました。
掴まれた腕とは逆の腕で私はブランコの方を指差しました。
Kはそれでようやく白い影の存在に気づきました。
私とKはしばらくのあいだ呆然とその影が揺れるのを眺めていました。
またそれまで静寂だと思っていた闇の中に微かに「キコキコ」という音が混じっているのに気がつきました。
743 :「だっこちゃん」 20XX/04/06 15:44:44.44
体感では5分ぐらい過ぎたあたりでしょうか、急に影が揺れるのを止めました。
いまだ私たちが動けずにいると影が段々と近づいてきました。
すぐに私は逃げなくてはと思い体を動かそうとしました。
しかし、私は腕を掴まれていたために動けませんでした。
私の腕を掴むKの力は強く、もう影はそこまで来ていました。
Kがぱっ、と明かりを影の方へ向けました。
私も恐る恐る影の正体を見ようと顔をあげると、そこには白衣を来た女性がいました。
黒髪で肩のあたりまで伸びた髪は、顔を隠すように濡れ下がっていました。
さきほどシャワーでも浴びてきたかのように、髪だけが不自然に濡れていました。
「お、お姉さんもH大生ですか?」
Kは震える声でそう尋ねました。
彼女は優しげな声で
「そうだよ。H大の4年生で研究が忙しくてね、こんな時間まで調査しないといけないの」
と答えました。
私とKはそれを聞いて少し安心しました。
この人は話のできる人だと思ったからです。
彼女はさらに自分は生態系の研究室であること、髪が濡れているのは森に入り頭に蜘蛛の巣がついたからであることなどを話しました。
744 :「だっこちゃん」 20XX/04/06 15:44:49.49
Kは彼女の胸が大きいので話をしている間、ずっと彼女の胸ばかり見ていました。
私は彼女の話にいくつか疑問を持ちました。
研究室に所属する学生が一人で調査するのはおかしいのではないか、普通は教授なり保護責任者がいるものだろう、また森に入ったと言ったが白衣に全く汚れがないのはおかしいだろう、と大きく2つの疑問が浮かびました。
私は前者を彼女に尋ねてみました。
彼女は穏やかな受け答えでしたが、さきほどまでとは口調が少し変化して
「ウソ」
「今言った話は全てウソだよ」
「ウソ?それがウソ、ホントだよ」
「ワタシはH大生」
「これだけはいつまでもホント」
「...ネェ、、、、...、ダッコシテ。森デ、足痛めちゃってサ。もう歩けないノ。だから、ネ、ダッコして」
と脈絡も無い訳の分からない事を言いました。
最後の方の「だっこして」という言葉は、何故だかとても魅力的な言葉だと私は感じました。
思わず彼女を背負ってあげようと考えるほどに、彼女の言葉にはこちらの感情を揺さぶるモノが秘められていました。
Kはそれに当てられたかのように
「えぇ、えぇ。自分でよければ。えぇ、えぇ」
と首を縦に振っていました。
私はやっとのことで
「さっきブランコからここまで歩いてきたじゃないですか」
と声をふりしぼりました。
彼女は焦点の合わない目で私たちを見て
「ウン、、ウソ。ゴメンね、ウソで。ホントはワタシがだっこしなきゃいけないのに」
「だっこちゃん、ダッコシテ。だっこちゃん、ダッコシテ」
「...もうダカレルだけじゃいけないのに。ゴメンね...、、、、なのに」
「だっこちゃん、ダッコシテ...だっこちゃん、ダッコシテ...」
と言いながら立ち去って行きました。
745 :「だっこちゃん」 20XX/04/06 15:49:29.10
その後、私とKは何事もなく集合場所になっているベンチまで戻りました。
私たちが一番に帰って来たようでした。
もちろん、私たちが一番に出発したので当然のことなのですが。
気になるのは、私とKが井戸を折り返してもどのペアともすれ違わなかったことです。
みんなが道を間違えているのかもしれないと2人で心配していると、女性の悲鳴が聞こえました。
甲高いその声の主は、すぐに分かりました。
A実です。
彼女の悲鳴は、ベンチからそう遠くない所から聞こえてきました。
駆けよってみると、動けずにいるA実を引きずって歩くS子がいました。
A実はまるで信じられないモノを見てきたかのように、大きく目が開かれていました。
「大丈夫?」とこちらが尋ねると
S子は「大丈夫」と答えるのですが、
A実はひどくおびえたように
「ば、化け物がいたの!」
と私の腕に縋り付いてきました。
そして彼女は矢継ぎ早に続けました。
「頭から矢が生えていたわ!アイツは、お、落ち武者なの?」
「女の人が食べられるのを見たわ!正座した女性のま、股に、アイツが、、、」
「皮膚が裂けてドクドクって血が流れるのを、バリバリってアイツが骨をかみ砕く音を聞いたの!」
「ホントよ!白い女もいた!気づいたらいたの・・・アイツが化け物を飼っているんだわ!きっとそうよ」
「・・・女が化け物に話しかけていた・・・その間化け物は食べるのを止めていた」
「話が終わると女はビンを取り出したわ。ビンの中の液体を女性の股にかけていた」
「そうしたらまた化け物が食事を始めたわ。白い女はそれをしばらく眺めていたけれど、ある時満足したのか立ち去った」
「私は見つからなかったわ。あぁ!でもどうしよう!あの女と目が合ったの」
「早く逃げなくちゃ!私たちも食べられてしまう!早く!早く!」
774 :「だっこちゃん」 20XX/04/06 16:29:12.91
私はA実の言うことをにわかには信じられませんでした。
S子に一体何があったのかを聞くと、彼女は何も見ていないとのことでした。
なんでも、A実とS子はMとR子のペアを驚かそうと茂みに隠れていたそうです。
S子がトイレに行っている間にA実が件の光景を目撃しており、彼女が戻ると腰を抜かしたA子がいたと言うのです。
A実があまりにも強く言うモノだから、とS子はここまで引っ張ってくるのが大変だったと不満を漏らしました。
一連の流れを静観していたKが、「A実ちゃん、俺達も驚かせようとしたんだね」と言って笑いました。
A実は「そうじゃないの」となおも食い下がっていましたが、KとS子はもう聞く耳を持っていませんでした。
それから、私も彼らと一緒になってA実をなだめました。
A実が幾分落ち着いて来ると、今度はMとR子の帰りが遅いのを心配し始めました。
2人がここを出てから、もう30分以上経過していました。
ベンチと井戸を往復するだけなら10分もかからないはずです。
あと5分経ってまだ帰ってこないなら探しに行こうかと私たちが話している時、明かりを持った背の高い人影がこちらに近づいてきました。
それはR子を背負ったMでした。
私たちは胸をなでおろしました。
MはベンチにR子を座らせました。
R子はひどい汗をかいて目をつむっていました。
ふと私は髪だけが汗で濡れているのを見て、ブランコを揺らしていた女性に似ているなと気づきました。
MはR子が気分が悪くなったために遅くなったと言いました。
Kが雰囲気を少しでも明るくしようとしたのか、
「A実ちゃんも早く帰りたいって言ってるようだし、もう帰ろうか」
と提案しました。
私たちはその言葉に黙って従いました。
けれど依然として班の雰囲気は最悪でした。
MもA実も肝試しの発案者であるKに何か言いたげな様子でした。
この出来事がきっかけだったのか、はたまた私の預かり知らぬところで溝が広がっていったのか、私たちの班はもう前のように仲良く集まって遊ぶことはなくなりました。
795 :「だっこちゃん」 20XX/04/06 16:37:56.40
肝試しから1週間後、授業でKと会う機会がありました。
彼は大学の中で新しく、親しいグループを作ったようです。
そのとき彼とは長い話をしなかったのですが、会話の中で班のメンバーについての話題が上がりました。
彼曰くA実が大学を止め、R子は行方不明になったそうです。
他にA実やR子と仲がいい女子に聞いてみたのですが、その情報は正しかったみたいです。
2人がそうなった直接の原因は分かりませんが、私にはあの時の肝試しが恐ろしく思えてきました。
また、あの時出会った白衣を着た女性が忘れられませんでした。
肝試しからさらに2週間が経って、Mが自宅で首をつって自殺したとのウワサが広がりました。
R子が行方不明になってから1週間後だったので、傷心したためかと自殺の理由がまことしやかにささやかれました。
私は詳しく調べてみたのですが、H大生が自殺したというのは本当のようでした。
Mを受け持っていたチューターの先生曰く、
「ふつう大学は自殺の事実を隠したがるものだよ。そこに責任がないにしろ」
それから大学在学中、私は水鏡山を訪れることはありませんでした。
花見に誘われても断りました。近づこうとすらしませんでした。
なぜなら、今でもあの女性と化け物がいるような気がするのです・・・




