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篠木の伝承 忘却の時代  作者: ながとみコケオ
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森の中で

 後、半刻もすれば辺りは闇に包まれる。

 急いで森の入口の小屋に馬を置いた育也は、獣除けの薬を腰に下げながら早足で森の中に入った。

 楓手の町の詰所で弥素次が部屋を出た途端、窓から出て真直ぐ馬小屋に足を運だ。馬小屋へ行く途中で会った衛兵に一番速い馬を聞き、騒ぎになる前に詰所を出たのである。

 速い馬を走らせても、森に着くまでに半日以上かかってしまった。早く探さないと、自分まで迷ってしまうと思いながら、奥へと足を運ぶ。

 喜助達が二日目に行方が分からなくなったとしたら、森の奥深くまでは入っていない筈。森の入口の小屋を拠点として、精々二刻程歩いたくらいの処で採取していただろう。

 少しでも、手がかりが欲しい。何でも良いから、手がかりになる物はないかと地面を見ながら奥へと入って行く。地肌を覆った枯れ草が、妙に寂しげに、そして不安げに見えた。

 注意深く、周りを見る。不気味に広がる森が、自分を見下ろし、何をしに来たと言わんばかりに闇を纏っていく。広がっていく闇の中で、早く見つけないとと、気ばかりが急いでいる。

 すぐ近くで、翼を広げた何かが飛び立った。梟だろうか、見上げて一瞬身体を強張らせた。

 暮れていく森の中で、明らかに異質な闇。太い縄のような、しかし、はっきりと周囲とそれと境界線があり、靄には見えない。まるで黒い蛇。

 ゆっくりと、育也の方を向く。黒い身体に大きな金色の双眸が、見下ろしている。

 何がいるのか分からないまま、金色の双眸に怖さを感じた。黒い蛇の頭が、ゆっくりとした動作で、育也の方へ近づいてくる。

 武器を構えることも忘れて後ろへ後退ると、合わせるように黒い蛇も近づく。

 何歩目か、足が縺れて体勢を崩し、尻餅をついてしまった。痛いと顔を顰めながら間近に視線を感じて、視線を上げた。

 金色の双眸が、目の前にある。逃げることも忘れ、魅入られるように見詰め返してしまう。停止するように暫くの間、見詰め続けた。

「何をしているの、早くして頂戴」

 何処から聞こえたか分からないが、女の声に黒い蛇が一瞬だけ視線を逸らした。勢い良く身体を反転させながら立ち上がり、森の奥へと走り出す。

「奥に行っては駄目」

 女の声が聞こえたが、構わず走る。後ろから黒い蛇が慌てて止めようと追いかけているのも分かるが、止まろうとも思わない。

「奥には靄が居るから、止まって頂戴」

 靄と聞いて、急速に速さを弛めると止まった。

「行方不明になった者達のことを知っているか?」

 直感だったが、この黒い蛇と女の声は何かを知っている。振り返り、黒い蛇を見ながら問うてみる。

「知っているわ。だから、森の外に出て頂戴。それから話すから」

「森の外に? どうして」

「分からないのよ、靄が何時、何処から出てくるか。だから、今は早く森から出て」

 分からない相手が居る。そう告げられ、森自体が危険だと悟る。だが、声こそするものの、育也が認識出るのは黒い蛇のみ。女が何処にいるか分からないのでは、話しようがない気がする。

「分かった。森から出るから、お前が何処に居るのか教えて欲しい」

 ばさりと、音がした。右目の端に黒い物が揺れている。次いで、瞳を覗くように、それの顔が見えた。

「霊獣」

「あら、良く気付いたわね。小闘竜よ。でも、名前は言えないから、呼びたいのなら好きに名前をつけて頂戴。分かったら、早く出ましょう」

 大きい。小闘竜は盗賊退治の時に、連が連れていた陽影を見ていた為すぐに分かったが、陽影よりも一回り大きい上に、体毛の変わりに黒い炎を纏っている。

 驚きつつも小闘竜の言葉に頷いてみせると、森の入口に向けて歩き出す。

 黒い蛇が、寄り添うように左側に並ぶ。先程は、何が何だか分からなかったが改めて見ると、太い縄のような胴体は影のように真っ黒で鱗が無い。性格も大人しいようで、こちらの歩調に合わせて動いてくれる。

「さっきはごめんな。驚いて逃げたりして」

 言葉が通じるか分からないが、謝っておく。金色の双眸がこちらに向けられたかと思うと、頭を近づけ頬ずりする。

 通じているのだと分かると、思わず笑みを作ってしまった。

「あなたが、森の奥まで行っていなくて良かったわ。でないと、この前の者達の二の舞になってしまう処だったから」

 まだ、森は抜けていないが、入口に程近かった為だろう。小闘竜は安堵しているような口調だ。とにかく、今は森を抜けよう。

 来た道を戻りながら、森の外を目指す。まだ完全に夕陽が沈んでいないお陰で、森の出口も分かり易い。

「なあ、先に聞きたいんだけど、喜助って名前の奴が、お前達が見た中に居なかったか?」

 居たかどうかだけでも、先に聞いておきたい。どちらが答えても良いように聞いてみると、小闘竜が知っているわと答えた。

「その子なら、靄には飲み込まれていない。でも、靄の中に居る。飲み込まれないようにしているから今の処大丈夫だけど、早く靄を消してしまわないと眠ったまま死んでしまうわね」

 喜助は、今の処無事。ふうっと息を抜いて小闘竜を見た。

「ありがとう。喜助は、弟なんだ」

 まだ再会してもないのに、涙が出そうになり、いけないと思いつつ止める。

「育也」

 森の外から呼ばれ、視線を移す。人影が、二つ見えた。一人は弥素次、もう一人は背格好からして、男だと分かる。

 弥素次がすぐに気付いて、ここに来たのだと分かり、苦笑いを浮かべた。

「昨日から殆んど口を利いてないから、まだ怒ってるんだよな」

 呟いていた途中で小闘竜が、何かに反応するように身体を動かした。不可解に思いながら、視線を向ける。

「来る」

 声が鋭く、警戒したものに変わった。黒い蛇の身体が、音も無く育也の背後に庇うように回った。

 警戒した小闘竜と黒い蛇をあざ笑うように、足の真下で地面が動いた。慌てて下を見た時には地面を割り、黒い物体が絡まるように、足から這い上がってくる。急いで払おうとしたが、腕にも絡みつき身動きが出来ない。物体は、自分の身体だけでなく、周囲も黒く染めていく。

「離しなさい!」

 黒い炎が物体を焼き切ろうとするが、炎ごと飲み込みながら上へと這い上がってくる。弥素次達がこちらに走ってきていたが、到達するよりも早く、視界が黒く染められてしまった。

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