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篠木の伝承 忘却の時代  作者: ながとみコケオ
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森へ

 翌朝、床に寝てしまったせいか体中が痛いと思いつつ、弥素次は身体を起こした。育也は既に着替え終え、背を向けて寝床に腰を下ろしている。寝床の状態からして、育也も床に寝ていたのはすぐに判った。

 全く、余計な一言さえ言わなければ、こんなことにはならなかっただろうにと思うのだが、お互いに意地を張っているせいか、普段通りには話しかけ辛い。

 背を向けているうちに着替えておこうと思うと、昨日用意しておいた服に手を伸ばす。育也に気を使いながら、手早く着替えた。

「支度、整いましたから朝食を摂りに行きましょう」

 声に反応して、育也が振り返る。不機嫌そうな表情からすると、昨日と同様に言葉を交わすだけで言い争いになりそうだった。

 宿屋を出て、小さな定食屋で朝食を摂ると、その足で詰所に向かう。歩調こそ育也に合わせてはいるものの、依然として言葉は交わさないままだった。

 こんな時に連が居てくれれば、言葉を交わさない時間はそう長くなかっただろう。連に会わないまま出てしまったのは、少々悔やまれるが仕方がないと諦める。何時来るのか全く分からない妖霊山の主は、何処で何をしているのか、普段はさっぱり分からないのだから。

 詰所の中に入ると、育也が書状を受付の衛兵に渡した。暫くして、左の最初の部屋に通される。椅子に並んで腰掛けると、間もなくして行方不明者捜索の指揮をとっているという、四〇代半ばの衛兵が入ってきた。

「副隊長殿、今回の件、ご足労頂き大変申し訳ない。私、選利≪すぐり≫と申します」

 深く頭を下げる姿は、年下である弥素次達に対しても礼儀を弁えているようで、指揮を任されているだけあると思う。向いの椅子に腰掛けると、育也が口を開いた。

「構わない。こちらとしては、貴殿に協力という形を取らせて頂こうと思っている。申し訳ないが、出来るだけ詳しく教えていただきたい」

 詰所に入った瞬間から、育也の表情は副隊長としての表情へ変化している。態度も言葉も、雰囲気もだ。

「一三名が、森に入ったのは一二日前。乾物屋の亭主を頭として、入る者達です。楓手から森までに一日かかりますので、森に入ったのは二日目の早朝かと思われます。通常でしたら、二日目と三日目は森の入口に設置している小屋に寝泊りしまして、四日目に町に戻ってきます。ですが、五日目になっても誰も戻ってこないと家族が届け出まして、私が捜索の指揮を執り森へ赴きました。森の入口の小屋には、行方不明者の所持品だと思われる物が残されておりました。それと、森の中にも所持品がありまして。こちらは採取用の袋が一三。恐らく一三名全員が、何者かに連れ去られた可能性があると」

 行方不明者の名簿を机の上に置くと、話を続ける。

「それと、これは目撃情報なのですが、楓手の町から森へ半日程のところにいた者が、黒い煙のようなものが森を覆っているのを見たそうで、一三名が森に入った日と同じ日だそうです」

 聞き終えて、育也が名簿を手に取ると頁を捲る。

「乾物屋に、雑貨屋に、薬屋の亭主達に自家用の食糧を採りに行ったのが五人。猟に入ったのが四人」

 育也の言葉が止まった。不思議に思い、育也の顔を見る。明らかに血の気が引いて、今にも倒れてしまいそうな表情だ。すぐ名簿に視線をやる。薬屋の手伝いの文字がちらりと見えた。咄嗟に育也から名簿を奪い取り、机に置くと選利を見た。

「済みません、少し席を外していただけませんか?」

 異変を察知したのだろう、頷いてみせると席を立ち部屋を出て行った。

 確認して、血の気が引いたままの育也を、肩をつかんで無理矢理こちらに向けさせる。

「育也、どうしたのです?」

 育也の唇が、震えている。動揺しているのが、手に取るように分かった。

「喜助が」

 微かに聞こえた言葉は育也の弟の名前だ。育也の弟も行方不明なのだと確信すると、育也を引き寄せて、弥素次は自分の胸に顔を埋めさせる。右手で名簿を捲り、最後の頁を確認する。

「育也、まだ、行方が分からないというだけです。生きている可能性も十分考えられますから、ここで気を落とさないで下さい」

 小さく頷いた育也を落ち着かせるように、背中を擦る。普段、意地を張っていても、今は意地を張れる状況ではないようだ。取り敢えず、育也は落ち着くまでこのままにしておくとして、どうやって行方不明者を探すかだ。連れ去られたのなら、どこかに形跡もある筈。探せば見つかるだろう。しかし、黒い煙も気になる。行方不明者と煙と関係しているなら、恐らく形跡は全くないと思われる。一度、森の中に入って確かめるべきだろうか。それとも、連がこちらに来てから行動を起こすべきなのか。危険を冒すべきか、時間を無駄にするべきか、現時点では分からない。育也が落ち着いてから聞きたいところだが、弟の件がある。迷いもせずに危険を冒しそうだ。

「育也、今日は宿に戻りましょう」

 急に育也が顔を上げた為、顎に当たりそうになり、慌てて弥素次は顎を引く。育也は、嫌だと視線で訴えながら首を横に振った。

「今の貴女の状態では、正常な判断が出来ないでしょう。一旦宿に戻って、気を落ち着かせてから行動した方が冷静になれます。もし、このまま行動すれば、貴女は森に行こうとするでしょう。仮に森に行ったとしても、私達まで遭難してしまえば、捜す者達に余計な仕事を増やしてしまいます。行方不明者を増やすよりも、今は少しでも休んで気持ちを落ち着かせてください。いいですね」

 嫌だといっても、強制的に休ませるつもりだ。そうでもしなければ、育也は言うことを聞かないだろう。訴えていた視線が、悔しそうな色を混ぜながら下へ逸れていく。少々酷だとは思ったが、今の状態では仕方ない。

「選利殿に話してきますから、ここに居てください」

 ゆっくりと身体を離すと、俯いてしまった為に表情こそ分からなかったが、頷いて見せている。今回はかなり大人しいと思いつつも、弥素次は椅子から立ち上がり、部屋を出た。扉の横に選利が待機しており、弥素次を見ている。

「副隊長殿は、どうなされました?」

 表情から、心配しているのはすぐに分かる。手短に喜助のことを話しておく。

「申し訳ないのですが、今日は休ませてあげたいのです」

 言葉を途切らせると、選利が大きく頷いて見せた。

「分かりました。では、何かあるようでしたら私をお呼びください」

「済みません」

 頭を下げると、再び部屋へと入る為に扉を開いた。先程は入らなかった風が、緩やかに頬を撫でていく。開いていなかった窓が、全開されていた。

「どうして、人の言うことを聞かないのですかね」

 少しでも、今の育也を一人にするべきではなかった。一人にすればここを抜け出して、森へ向かうことくらい分かっていた筈なのに。小さく溜息を吐いて、弥素次は選利を見た。

「森に行きます。馬をお借りできませんか?」

 選利が頷いて、すぐに近くの衛兵に馬を用意するように言いつける。

「副隊長殿は弟君のことで、頭が一杯のご様子ですね」

 苦笑いを浮かべて、仕方がないと言わんばかりだ。

「本当に、一つのことに集中しすぎですよ。気持ちは分かりますが、周囲のことも見て欲しいものですね」

 選利の苦笑いが、柔らかい笑みに変わっていく。

「参りましょう」

 何故、柔らかい笑みに変わったのか、一瞬聞こうかと思ったが、選利に促され、頷いて見せた。

 詰所の入口を出て少し待つと、馬が二頭、衛兵に引かれて来る。一頭の手綱を受け取ると、足を掛け跨る。もう一頭は、選利が跨っている。

「町の北側の入口から、参りましょう。森には、北側が一番早く着きます」

 右も左も分からない分、選利の言葉に従うしかない。頷くと、馬に指示を出す。町の中では馬を走らせるのは危険な為、出るまでは歩かせる。馬を見てはしゃぐ子供達を他所に、北側の入口へ向かった。

 森まで、育也だったらどう行くだろうか。今の育也の状況からして、急いで森に向かう。とすれば、詰所の馬を勝手に乗って行った可能性は大いにあり得る。今から馬を走らせても、森の入口の小屋に着くのは夕刻。馬は小屋の馬小屋に繋いだとして、一泊もせずに森に入るだろう。さすがに獣除けの薬は使うだろうが、歩きながら使う筈。それから、育也はどうするだろうか。

 北側の入口を通り過ぎると、どちらともなく馬を走らせたのである。

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