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篠木の伝承 忘却の時代  作者: ながとみコケオ
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些細な事から

 朝食を食べ始めた為、髪飾りの事はそれ以上聞かなかったが、育也はどうしても弥素次の表情が気になっていた。髪飾りは持っているのに、どうして弥素次は曇った表情を見せたのだろうか。深い意味がありそうなので聞きたいのだが、聞く機会を失っている。今は開店している為、客の相手をしている弥素次だが、相手をしていない時の弥素次の表情は、今朝見せたものと変わらない。何なんだ一体と思うのだが、見当もつかずに椅子に腰掛けて様子を見ていた。

「育也、少しは手伝えよ」

 余程暇に見えるのか、薬の調合をしていた惣一が声をかけた。ちらりと見て、そっぽを向く。自分は、店を手伝う為に戻って来たんじゃない。国王の任務を遂行する為に戻って来たのに、どうして手伝わないといけないんだと、心の中で呟きながら育也は弥素次を見た。

 溜息を一つ吐いて、惣一は再び薬の調合に専念する。ほんの少し苦みのある匂いを感じて、実家に戻っているのだと再認識しながら、育也はそういえばと思う。暫く連を見ていない。連の息子の賢治もだ。別段、居ないからどうだということはないが、何となく寂しい気もする。そろそろ来る頃かなと思った時だった。衛兵が一人、店に入って来た。弥素次と惣一が衛兵を見る。硬い表情を見て、すぐに何かあると直感で思った。

「護衛隊副隊長殿は、おられるか?」

「ここに居る」

 育也が短く答えると、衛兵が驚いた表情を浮かべた。確実に成人男性よりも小さい上に、今は外套も纏っていない。身体の線が見えるせいで、女だと一目で分かる。城にいる衛兵達でも殆んど会うことがない為か、女が護衛隊副隊長をしているとは、思いもよらなかったのだろう。

「何用だ?」

 少々面倒臭く感じながら育也が答えると、慌てて背筋を伸ばし目の前に来て、懐から書状を取り出す。

「護衛隊隊長殿から、預かってまいりました。急ぎ楓手の町に赴き、書状に記されている任務を遂行せよとのお言葉です」

 本日何度目か、育也の頬が引き攣った。隣町だからって、本来の任務以外のことさせるか? 暴れてやりたい気持ちを抑え、分かったと半ば投げやりに呟いた。

「では、私はこれで」

 深く一礼して、衛兵は大股で店を出て行く。見送って、弥素次が近寄って来た。書状を見る為だとすぐに気付いたので、封を開けて中身を取り出すと、折り畳まれた書状を広げて目を通す。

「何て書いてあるんだい?」

 薬の調合を途中で止めて、惣一が聞いてくる。

「楓手の町で、行方不明者が出ているようですね。森に入った一三名が、十日経っても戻って来ないとか。一三名が森に入った後に、森で黒い煙らしきものがあったのを遠くから見た者がいるようでして、関係がないか調べることと煙らしきものの原因究明の任務です」

 横で書状を見ていた弥素次が、育也の代わりに答えた。

「そりゃまた、大変なことになってんなあ。どうせ弥素次も行くんだろ? だったら、息子に差入れ持ってってくんないかな」

 薬屋に住み込んでるからさ。そうい言いながら、惣一が立ち上がり母屋に入っていく。書状から目を離して、弥素次を見上げた。

「一緒に行きますよ。黒い煙らしきものは、少し興味がありますから」

「わざわざ、危険に飛び込まなくても良いんだぞ」

「貴女一人で行かせると、何も考えずに行動しそうで放っておけませんしね」

 足を蹴ってやろうと思ったが、察知したのか蹴る前に弥素次は薬の棚の方へ行ってしまう。心の中で舌打ちしながら、立ち上がり身支度をする為、育也は自分の部屋へ行った。

 昼を少し過ぎた頃に、薬屋を出た。西側の町の出入り口に、柳秦≪りゅうしん≫方面の馬車の発着場があり、楓手の町は西側の発着場から乗る。隣町なので馬車を利用すれば、日が暮れる頃に到着する筈だ。

「町に着いたら宿をとろう。詰所には、明日の朝行った方が十分時間が取れる」

 早足で歩きながら言うと、横を歩く弥素次が頷いてみせる。

「言っとくけど、部屋は別だからな」

「分かっています。今朝のようなことは、私も遠慮したいですから」

 弥素次に溜息混じりに言われ、今朝のことを思い出す。

「あれは俺の返事も聞かないで、お前が入ったからだろ。自分のやったこと、人がやったみたいに言うなよ」

 腹が立ったついでに言うと、弥素次が一瞬不機嫌そうな表情を作った。

「自分がしたことを、人に擦り付けるようなことはしませんよ。部屋には入りませんから、呼びましたらきちんと出てきてください」

 育也の言葉に腹を立てたらしい。素っ気なく言うと、弥素次は口を噤んでしまった。

 楓手の町に着いた頃には日が完全に落ちた後で、油で灯す街灯が町の中を包み込むように照らしていた。

 宿屋を探している間も、弥素次は言葉一つ発そうとはしない。どうやら、余程怒らてしまったらしい。居心地悪く感じながら、宿屋を一軒ずつ当たる。日が悪いのか、どこも宿は一杯で最後の一軒に空きがあることを祈りつつ、入っていった。

「宿を取りたいんだが、二部屋空いてないか?」

 入口のすぐ横に、宿屋の主が台越しに座っている。ちらりと育也を見ると、首を横に振った。

「一部屋なら、空いているけど」

 一部屋、それじゃ無理だ。小さく溜息を吐くと、横から弥素次が一言お願いしますと頼んでしまった。

「ここが最後でしょう。ここを断れば、野宿ですよ」

 それは分かっているが、一部屋だけ取ってもと思う。困惑しているこちらを他所に、弥素次は宿帳に名前を書き込む。鍵を受け取ると大股で部屋へ移動を始めた為、慌てて追いかけた。一階の一番奥の部屋の前でやっと追いついた時には、弥素次は鍵を開けて扉を開き中に入って行く。寝床が一つと台と椅子が一つずつある殺風景な部屋で、一人で泊まるなら良いが二人では確実に狭い広さだ。弥素次が椅子の奥に荷物を置くと、こちらを見た。

「寝床、使ってください。私はこちらで寝ますから」

 素っ気ない言葉で、弥素次が未だに腹を立てているのが分かる。楓手にいる間中、こんな状態では気が滅入ると思いつつも反論する。

「あのな、俺の任務はお前の護衛だぞ。護衛する奴が、寝床で寝てどうすんだよ」

 弥素次がちらりと視線を育也に向けると、態とらしく溜息を吐かれた。

「別段、護衛される筋合いはありませんよ。それに、女性を床に寝せる気はありません」

 気に障る口調や態度に怒りがこみ上げるが、ここで殴りかかるのは後に響くと、無理矢理感情を押さえ込む。

「もういい、勝手にしろ」

 変わりに、強引に話を打ち切る。結局その日は、一言も言葉を交わすことなく眠りに就いたのである。

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