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篠木の伝承 忘却の時代  作者: ながとみコケオ
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髪飾り

 窓から眠気が覚めるような風が吹き込んできて、最近寒くなったと思いながら育也は窓を閉めた。次いで大きな欠伸を一つして寝巻きを脱ぐと、下着の上で銀細工の髪飾りが小さく揺れる。右手で髪飾りを持つと、そのまま眺めた。

 もう一七年経ったんだと、思い出したような表情で微笑む。髪飾りを持たせた少年は、まだ檜にいるのだろうか。いるとすれば早く返さないと、と思うのだが、子供の頃に会ったきりで、青年へと成長した少年を探すのは困難だ。その上、育也は柳の護衛隊副隊長という立場上、柳を長く離れることも出来ない。加えるように、国王の特別の任で檜の第二継承者の護衛を任されている。篠木の町から護衛対象を置いて出ることさえ出来ない。

 任が終わったら、弥素次を連れて檜に行き、少年を探すのも良いかもしれないと思いながら、髪飾りから手を離し、箪笥の引き出しを開けて下着を取り出す。寝床の上に置くと着ていた下着に手を掛け、脱ぐ動作に入る。

 半ばまで脱いだ時に、扉を二回叩く音がした。育也が声を出すよりも早く、扉が開かれた。

「育也、朝食の準備が」

 何も考えずに扉を開いたのだろう、弥素次の言葉と動作が止まっている。育也も、言葉が出ずに弥素次を見てしまい、沈黙が流れてしまった。

「す、済みません。出直します」

 我に返ったような表情をしたかと思うと、今度は顔中を真っ赤にさせた弥素次が慌てて扉を閉めた。何とも言いがたい気持ちのまま視線を身体に向けて、育也は赤面してしまった。

 弥素次が慌てるわけだ、持ち上げた下着は胸部を通り越している。偶然とは言え、見られた恥ずかしさと、何ともいえぬ怒りがこみ上げてくる。

「返事聞いてから入れっ!」

 怒りに任せて怒鳴ると、階段の途中で重いものが落ちるような鈍い音がした。弥素次が階段を踏み外したらしく、一階から大丈夫か? と惣一の呑気な声が聞こえる。ざまあみろと思いながら、途中になってしまった着替えを手早く済ませた。

 すぐに一階に下り、顔を洗うと食堂へ行った。入口に背を向けて座っている弥素次を見ると、収まりかけていた怒りが再燃してしまう。背後に行くと、座っている椅子を蹴り上げて、隣に座る。一瞬、驚いた弥素次が育也を見たが、すぐに複雑な表情で視線を逸らした。

「育也、蹴るなよ。弥素次だって態とじゃないんだ」

 惣一が苦笑いを浮かべて言うが、態とじゃないから余計に始末が悪いと思う。

「態とだったら、今頃殴ってる」

 怒りが収まらないせいか、口調も少々荒々しくなっているが、気にしようなどとは思わない。

「あの、一つお伺いしても良いですか?」

 言えば殴られそうだと言わんばかりの表情で聞く弥素次に、眉間に皺を寄せて睨む。

「いいけど」

「あの、髪飾り」

「やっぱり殴って良いか?」

 見てなさそうでしっかり見ていたのかと思うと、右手をしっかりと握る。殴る体勢に入ると、慌てて弥素次は育也の右腕を掴んだ。

「見ようと思ったわけではないのですから、殴ろうとなさらないで下さい」

「言ってる割には、髪飾りまでしっかり見てんじゃねえかよ」

 右腕に力を込めて弥素次を殴ろうとするが、成人男性を相手にしているせいか腕の位置が先程から全く変わらない。

「言わないで下さい。髪飾りに目が留まってしまったのですから」

 何でこいつは人の胸よりも、髪飾りを凝視しているんだか。溜息を吐くと、育也は右腕の力を抜いた。同時に、弥素次の手が腕から離れる。

「で、髪飾りが何だってんだよ?」

「どなたから、貰ったのかと思いまして」

 こいつは何で、誰から貰ったかを気にするんだろう。眉間に皺を寄せたまま不思議に思ったが、答えることにする。

「一七年前に、檜から来てた二、三歳年上の男の子から貰った」

 答えると、今度は弥素次が眉間に皺を寄せて、物言いたげにじっと見詰めた。

「育也、檜での求婚の仕来りは知っていますか?」

 言ったことのない国の仕来りなんか知るもんかと、首を横に振って見せる。

「幼い頃に母親から買って貰った髪飾りを、男性が女性に送るのですよ。一七年前でしたら、育也に渡した髪飾りは、確実に求婚の為の髪飾りです」

「それって、もしかして」

「今頃、渡した方は困ってらっしゃるか、貴女を探しているか、どちらかでしょうね。何せ、髪飾りを母親から買って貰うのは一つだと決まっていますから」

 頭が痛いと言わんばかりの表情で弥素次に言われ、拙いと思う。知らなかったとは言え、大変な物を貰ってしまった。しかし、少年の顔も分からなければ、今何処で何をしているのかも分からないのだ。分かることといえば、少年の親が檜の国に仕えていることくらい。

「ねえ、弥素次。弥素次と歳の変わらない奴で、親が国仕えの奴って知ってる?」

「育也、どれだけの人が、国仕えをしていると思っているのです? 私と歳の変わらない者で、親が国仕えの者は多過ぎて見当もつきませんよ」

 確かに、弥素次の言うとおりだ。思わず俯くと、でもと弥素次が続けた。

「でも、幼い頃に髪飾りを渡した者は、そう多くないでしょうね」

 弥素次の言葉に、顔を上げた。多くないって事は、居場所も分かる確率が高くなる。

「弥素次ぃ」

 多分、縋るような視線になっている。弥素次は後退りしたげに身体を引いて、困ったような表情をしている。

「分かりました。私が帰れるようになりましたら、一緒に行って探します。だから、そんな泣きそうな顔をなさらないで下さい」

 泣きそうな顔しちゃいけないのか。一瞬だけ、右の頬が引き攣るのが分かった。

「育也、もしよろしければ、髪飾りを見せて頂けませんか?」

 今、話逸らしたな。頬が再び引き攣り、ほんの少し意地悪をしてみたくなる。

「嫌だ。人の裸見もしないで、髪飾りに気を取られる奴に誰が見せるもんか」

「髪飾りではなくて、育也を見ていたら見せてもらえたのですか?」

 しまったと思う。余計なこと言ったと反省しながら、上目遣いに睨むと表情を戻して、話を逸らすように髪飾りでふと思ったことを、弥素次に聞いてみる。

「そういえば、弥素次は髪飾り持ってんのか?」

 聞いた途端に、弥素次の顔が再び困ったような表情を浮かべたので、不思議に思った。

「ええ、あります」

 懐から出された髪飾りを見る。銀細工の深い緑の石のついた髪飾りで、綺麗だと思う。しかし、綺麗な髪飾りとは対照的に弥素次は曇ったような表情だった。

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