嵐の前の…
行方不明者全員を保護し、翌日全員で楓手の町へ戻った。
今回の件はこれで終了とのことで、楓手へ戻る時に、連と賢治は妖霊山へ戻っている。
「姉ちゃん、ごめんね。凄く心配させて」
篠木の町に戻る育也と弥素次を、喜助は馬車の発着場まで見送りに来ていた。
喜助の体調も空腹だけで済んだようで、小屋での食事は綺麗に平らげていた。帰りの足取りも、行方が分からいない間眠っていたわりにしっかりとしていた為、育也が安堵の息を吐いていた。
「気にしなく良い。でも、時々は親父の顔、見に帰れよ」
何年も行方が分からなかった育也が言うのはどうかと思うが、弥素次は敢えて言わないでおく。
「うん。でも、良かったね」
きょとんとした表情で育也が、喜助を見た。弥素次も何が良かったのか、全く分からない。
「喜助、何が良かったんだ?」
聞き返され、今度は喜助がきょとんとした表情を見せている。
「選利さんが、言ってたよ。弥素次さんと姉ちゃん、良い夫婦だねって」
喜助に言われ、ふと思い出した。育也が単独で森に行った際に、選利が見せていた柔らかい笑みは、夫婦だと思い込んでいた為だったのか。
「夫婦って」
育也の言葉が、止まっている。考えてみれば、痴話喧嘩だの夫婦だのと言われてしまった気がすると思いながら、育也を見た。顔を赤らめて、恥ずかしそうにしている育也に、どうしてなのか分からず思わず困惑してしまっていた。
三年前から使い出した部屋。前の主は、何者かに殺され、自分は直ぐにこの部屋に移った。
前の主が倒れていた場所の直ぐ傍の席に、何時も座る。ここ以外は、座ろうとも思わない。自分が気付いていれば、今、ここで一人思い返さなくとも済んだ筈だったのに。
開けたままの露台へ続く窓から、冷やりとした夜風が入ってきた。
あの日も、冷たい夜風が窓から入っていた。外で虫の鳴く声が、何処か寂しげに聴こえている。今頃、どうしているのだろうか。同じ屋根の下に住んでいた、本来ならここにまだ居た筈の、今はいない者のことを思う。
最後に会ったのは、部屋の主が殺される直前。当時の自分が使っていた部屋で、ごく当たり前に会話をして自室に戻った。部屋の主が殺された後は、会いたくても会わせてもらえず、自分が会えるよう段取りをつける前に、ここを去ってしまった。
骸が見つかったなどの報告は、三年経った今でも受けていない。何処かで生きていてくれるのを、自分は何も出来ずに祈るばかり。何か情報が入れば、何時でも駆けつけれるように、三年の間着々と準備を進めてきた。誰にも止められるようなことのないよう、直ぐにここから出られるよう。
冷やりとした夜風は、台の上に無造作に放り投げていた書類の最初の頁を、微かに揺らしている。
今はまだ、動く時ではない。自分の出番は、一報が入ってからでも充分ある。一番頼りにしている者は、何時一報を携えて来るだろうか。三年前に頼み、未だ来ぬ一報。何時来るのかも、内容も未だ分からない。もしかすると、一生一報は入らないかもしれない。しかし、自分は待っている。三年も経って、いい加減諦めなければいけないのかもしれないのに、未練がましく自分は待ち続けている。頼んだ者に会えないまま、ここに居ない者は何処かで朽ち果ててしまっているかもしれない。骸どころか、骨一つ、自分は拾ってやれないのかもしれない。
特大の、誰が見ても分かる溜息を吐いてみる。
考えても仕方ないことくらい、分かっている。分かっているが、一人で居るとつい考えてしまう。
もう一度、深く溜息を吐いた。
「随分、溜息が多いな」
誰もいない筈の、露台の窓から声をかけられた。一番頼りにしている者は、何時も距離などという物理的なものを一切無視して、突然現われる。
「思い耽っていた」
視線を向けもせずに短く答えると、雰囲気がくすりと笑っていると伝えてきた。
「お前でも、思い耽るのだな」
ゆっくりとした歩調で、こちらに向かってくるが、視線を向けようとも思わない。
「まあな。三年も待っている一報を、何時まで経っても持ってこないからだ。少しは、責任くらい感じろ」
真後ろで歩みを止めると、前へと腕をまわす。何も言わずに、身体を密着させると、反省の色もなくくすくすと笑った。
「それは済まない。今まで持ってこなかった一報を、やっと持ってきたんだが」
耳元で囁かれた言葉に、反応する。
「生きているのか?」
自分の胸中で、不安と期待が混ざり合うようにざわめいている。次に紡がれる言葉を待つべきなのか、待つべきではないのか。
「生きている。健康状態も良好だ」
安堵と共に、笑みを浮かべる。
「もう一つ言えば、面白いことにもなっている」
実に楽しげに言われ、何があるのかと思う。
「何だ?」
聞き返すが、返事は返ってこない。しかし、楽しくて仕方ないのだろうということくらいは、様子からして判断できる。
「行けば分かる」
楽しみは、後から知れということらしい。軽く溜息を吐いた。
「分かった。では、明日早速行くとしよう。今夜は、このまま居るのだろう」
「久し振りだからな」
くすくすと笑う声が、妙に心地良く感じられた。




