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篠木の伝承 忘却の時代  作者: ながとみコケオ
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死魂の女神の名前

「貴殿とは、四日前にもお会いしたと思いますが、私は貴殿の知っている者ではありません。柳と呼ばれる国の、王宮にて護衛隊の任に就いている者で、副隊長を務めております、育也と申します。貴殿には誤解を招いて申し訳ないのですが、探されている者とは別人だと、ご理解下さいますでしょうか」

 ゆっくりとした低めの声で、顔を上げて言う育也の後姿を見ながら、単に副隊長という肩書きを持っているだけではないと改めて確認する。失礼のないよう言葉を選びながら紡いでいる辺り、護衛隊隊長の教育の賜物だろうか。

 育也を見詰めていた瞳に、優しげな色が混ざった。同時に、笑みが漏れる。

「ティナと同じ顔で、ティナにはなかったものを持っている。信じられんが、別人だと認めざるを得ない。しかし、副隊長と会うのはこれが初めてだ」

 初めてだと言われ、驚いてカルフを見返した。表情は見えないが、育也も驚いている様子だ。四日前に育也が会った者は、別の者だということは、ティナに執着している者が別に居るということになる。髪飾りが光る前に現れた者と、同一人物。

「カルフ殿、お聞きしたいことがあります。先程、育也が言った通りこの闇で四日前に貴殿以外の者が、育也に接触しております。私も育也も、貴殿だと思っていたので驚いているのですが、恐らくティナに執着している者だと思うのです。カルフ殿にお心当たりがあれば、教えて頂けませんか」

 左手を右肘に当て、右手を顎に持っていくと、カルフは自分の記憶を辿りだす。覚えてくれていることを願いながら、カルフが口を開くのを待つ。

「二人、心当たりはある。イクレシスの宰相と元帥」

 育也の右手が、強く握られた。

「ここに居る者が、どちらかは分からぬ。どちらも抑えてはいたが、執拗に接していた」

「宰相と元帥は、謀反を企て貴殿を陥れた者達でしょうか」

 ちらりと、カルフが弥素次を見た。聞くべきではないかもしれないが、聞かなければ話の全体が見えない気がした。

「そうだ。どちらも、首を刎ねることは叶わなかった」

 アリトレウスの終わりが、宰相と元帥の首を刎ねさせなかったのか。

「カルフ殿、宰相と元帥でしたら、貴殿と時を同じくして死者となっている。女神達が、アリトレウスを消しております。探す必要も、ございますまい。それと、ティナ殿はアリトレウスが消える前に、亡くなられたと聞いております。消える前でしたら、死魂の女神の許へおりましょう」

 カルフの視線が、今度は弥素次の視線を捉えた。見せた笑みは、弥素次の言葉を素直に受け取るように穏やかだ。

「沙那≪さな≫の許に行っているか。では、沙那の許で会うことにしよう」

 死魂の女神に、名前があったとは思わなかった。青白い腕しか見せない、不気味な女神。玄封の鞘が抜ければ来れると言っていたような気もするが、未だ姿を現してはいない。

「玄封の鞘が抜ければ来れると、死魂の女神が言っていたのですが、来る気配がありませんね」

 途端に、カルフが吹き出した。

「沙那なら、もう来ている。貴君と話し出した頃から、副隊長の真横に居るぞ」

 育也が慌てて右を見て、一瞬身を硬くした。

 育也の隣に居るのは、黒い服を身に纏い、青白い素肌に金の長い髪、空色の瞳を持った女性。どう見ても。

「婆」

 育也が、思わず言ってしまった。連と同じ顔で、見る者の行動を止めてしまう程の冷たい視線が育也を見たが、育也は驚いた表情を見せていただけで身体を竦ませる気配はない。

「言っておくが、妖霊山の主ではない」

 この声が教えてくれる、死魂の女神だと。

「姿を拝見させて頂いたのは、これが初めてですね」

 死魂の女神に言うと、薄っすらと不気味な笑みを見せた。

「扉より先は、殆んど出ぬ。うるさいのが外に居るでのう、出る気が失せる。今回はお前が、媒介の役目を担っておる故、直接わらわが配する場所に繋げた。だが、うるさいのも一緒故、連れて行く寸前まで出なんだ」

 分境の女神のことを言っているのだと思うのだが、今は居ない筈。

「のう、妖霊山の主」

 死魂の女神の視線が、弥素次とカルフの間を通り抜け、先へと向けられた。何時の間にか、長い物から光が発せられている。先端には柄がついており、手が握られている。

「誰がうるさいのだ、馬鹿者」

 長い物は玄封同様、護封の一つ白護≪はくご≫で、白護を現在所持しているのは、白護の主である連。うるさいの呼ばわりれ、不機嫌そうな表情を見せている。

「婆、居るなら居るって言えよ」

 連を確認した途端に、育也が文句を言っている。

「最初から居ただろうに、忘れて文句を言うな」

 靄に呑み込まれた時に、連も一緒に居た。姿を確認出来なかっただけで、ずっと様子を窺っていたのかもしれないと思いながら、カルフを見た。驚いたような表情を浮かべているのは、気のせいだろうか。

「随分、娘を気に入っておるようだのう」

 喉を鳴らすような笑い声を聞いた途端に、育也が顔を顰めた。

「なあ、その変な笑い声、どうにかなんないの?」

 顔を顰めたまま聞いているが、誰に聞いているのか分かっているのだろうかと思わず、弥素次は育也の思考を疑ってしまう。

 死魂の女神の視線が育也に向けられたが、今度は身を硬くすることもなく見返している。

「成程、妖霊山の主が気に入る訳だ。初めから物怖じ一つせずに、聞く者はおらなんだ。鍵となる理由も、物怖じせぬ性格故かもしれぬ」

 鍵と言われ、玄封の鞘が抜けた時を思い起こす。育也が触れた途端に、光が弾けて鞘が抜けた。

「玄封の鍵は、育也自身だったのですね。一度も、育也は玄封に触っておりませんでしたから、全く気付かなかった」

 不思議そうに、育也が自分の手を見ている。自身が玄封の鍵だったなど、知らなかったからだろうか。それとも、どうして自分が鍵になっていたのか、不思議だったからだろうか。驚いたような表情を浮かべていたカルフが、育也の様子を見て、柔らかい笑みを零している。

 再び、死魂の女神が喉を鳴らすような笑い声を漏らした。

「あのさ、そんな笑い方するから、気味悪いって思われんじゃないか。普通に笑えねえのかよ」

 死魂の女神に物怖じしないと太鼓判を押された育也は、やはり物怖じせずに笑い方を変えろと言っている。相手が女神だと分かっているのか疑問なところだが、育也にとっては最初から女神だの気にしていないのかもしれない。

 育也の言葉に、死魂の女神は薄っすらと不気味に笑みを見せただけだった。

「早く、死者を連れて帰れ。お前といると、こっちまで辛気臭いのが移る」

 不機嫌そうな表情で言った連に、死魂の女神の表情まで不機嫌そうになってしまう。

「わらわとて、同じこと。妖霊山の主とおると、馬鹿が移りそうだ」

 連が表情を引き攣らせている間に、死魂の女神は喉を鳴らすような笑い声を漏らしながら、消えてしまった。

「誰が、馬鹿だ。辛気臭いのに言われたくないわ!」

 消えた後で叫んでも、意味はないと思うのだが、連も叫ばずにはいられなかったのだろう。

 ふと、肝心なことを聞いていないことに気付く。

「待ってください。まだ、悪心の神が誰なのか聞いてない」

 育也も、連も、そういえばという表情になった。

「沙那のあの様子では、教えそうにもないな」

 苦笑いを浮かべながらカルフは言うと、闇の中に姿を消していく。

 連の表情は何とも複雑になっているが、終わってしまったことを何時までも言う気もない為、弥素次は視線を合わせて軽く笑って見せた。

 闇が、音もなく引いていき、見えなかった選利達も、闇が引くと共に姿を確認出来るようになった。

「また、死魂の女神とは会うでしょうから、気になさらないで下さい」

 言うと、連は苦笑いを浮かべていた。

「かか、賢治は、ちゃあんと、しゅぐりときしゅけを守りましたあ」

 恐らく、この世で一番怖い物知らずは、賢治だろう。元気良く言った賢治に、連は極上とも言える笑みを見せていた。

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