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篠木の伝承 忘却の時代  作者: ながとみコケオ
12/20

収拾はつくどころか…

「厄介な者ばかり、放置したな」

 溜息混じりに、連が呟いた。すぐに、空いている右手を育也に差し出す。

「話は分かったが、少し気になることがある。お前が持っている髪飾りを見たい」

 育也の視線が、弥素次に向けられた。すぐに連に向き直ると、躊躇う素振りを見せる。

「弥素次に、見せたくないんだけど」

 昨日の朝の件は、まだ終わっていなかったのかと思う。しかし、言葉を返して再び口を利かなくなるのは後々困るので、弥素次は一旦席を立つと椅子を後ろへ向ける。

「後ろを向いていますから、終わったら声をかけて下さい」

 言って、椅子に腰掛ける。同時に、弥素次の肩に小闘竜が飛び移ってきた。

「何かあったのかしら?」

 くすくすと笑いながらくるあたり、あると分かっていて聞いている。

「色々と。気になさらないで下さい」

 言うと余計に小闘竜から言われそうなので、軽く流しておく。後ろでは、連と育也の会話が聞こえてくる。

「お前、誰に貰った?」

 恐らく、育也は髪飾りを連に渡したのだろう。連の言葉は、眺めながら聞いているように思える。

「檜の子。でも、ずっと前で全然分かんねえ」

「そうか。お前、大事にしろ。これには、身につけた者を守る為の術がかかっているんだ」

「術?」

「ああ。だから、お前は呑み込まれずに済んだんだ。しかし、これがお前の処にあるとは、思いもよらなかったな」

 驚きを隠せない、連の雰囲気が微かに感じる。連は、育也が持っている髪飾りが誰の物だったのか知っているのか。

「婆、これ、誰のか知ってんのか?」

「知っている。弥素次、もう良いぞ」

 連に言われ、再び椅子を元に戻す。髪飾りは既に育也の首にかけられており、見ることは出来ない。連の視線が、弥素次に向けられた。

「弥素次、聖≪ひじり≫から貰った髪飾りはどうした?」

「弥素次なら、髪飾り持ってたけど」

 育也が、間髪を入れずに答えている。急に聞かれるとは、思わなかった。聖は母の名で、連が知っていて当然だが、どうして髪飾りのことを聞くのだろうか。

「持っていた、ね。羽音≪はおん≫は、お前が持っている髪飾りとは違う物を持っていたな」

 羽音は檜の現国王で、弥素次の兄だ。連が羽音の髪飾りを知っているということは、弥素次が持っている髪飾りのことは既に気付かれている。母から貰った髪飾りは羽音と全く同じ物で、今、弥素次が持っている物ではない。なくしてしまった為に、気付かれないようにと弥素次が自分で買った物を持っているのだ。育也が持っている髪飾りを見て連が言ったということは、恐らく弥素次がなくしたと思っていた物は、育也に渡してしまっていたのかもしれない。

 育也に渡した記憶は、全くない。育也の話からすれば、一七年前に渡しているらしい。確か、檜に戻ったのは九つになるくらいで、年齢からすれば篠木の町を通った時期は八つ。育也とは二つ違うので、時期的にも重なる。覚えていない自分が情けないと思いつつ、弥素次は連を見た。

「ええ」

 短く答えて、黙り込む。時期的にも育也に渡した可能性は高いが、そうだとは言い難い。これという確証は、何一つないのだから。

「聖に渡した髪飾りは、二つ共同じ物だった筈だが」

 渡したと聞いて、深く溜息を吐いた。母に髪飾りを渡したのは連で、育也の髪飾りを見た時点で、誰のものか気付いたのだろう。しかし、羽音の物かもしれないのに、どうして気付いたのか。

「一つ、先にお伺いしたいのですが、羽音の髪飾りが何処にあるのか知っているのですか?」

 連が、ふいに意味ありげな笑みを見せた。

「知っていなければ、言わない」

 見透かされていると、内心思う。五年前に、羽音は柳に行っている。行く前には確かに持っていた筈の髪飾りは、戻ってきた時には持っていなかった。どうしたのか聞いてみたが、語らず仕舞いで、羽音が誰かに渡したことだけは分かったのだが、誰に渡したのかは分からなかった。連は、羽音が柳に行った時に会って、誰に渡したのか知っていたのだろう。

「そうですか」

 これは、覚悟を決めなければならないだろうか。内心思いながら、連と育也を見る。

「今持っている髪飾りは、自分で買ったものです。母から貰った髪飾りはなくしてしまって、仕方なく」

 身を隠せるなら隠してしまいたい、覚悟を決めて言ったものの、やはり気が引ける。

「育也、見せてやれ」

 連の言葉で、確証が持てた。やはり、育也に渡してしまっていると。嫌そうにしながらも、育也は首からかけていた紐を外して、こちらに渡した。

 桜の花をあしらった銀細工の髪飾りが、窓から差し込んでいる光を優しく取り込み反射している。間違いなく、母から渡された髪飾りだ。どうしてこんな大事なことを、自分は忘れてしまったのだろうと思いつつ、弥素次は育也に差し出す。

「それ、返す。弥素次、困ってたんだろ。俺が、持ってる訳にはいかないよ」

 育也も気が引けていたのだろう、受け取らずに言った。ゆっくりと、首を横に振って見せる。

「まだ、持っていて下さい。育也に渡した記憶がないのに、返してもらおうとは思っておりませんし、靄の件もありますから。育也に執着する者がいるのなら、髪飾りが守ってくれるでしょう。今は、育也に持って頂いた方が良いと思いますので」

 弥素次の言葉に、じっと髪飾りを見詰めていた育也だが、頷いて受け取った。

「じゃあ、思い出したら言ってくれ。その時に返すから」

 首にかけながら言った育也に、今度は弥素次が頷いて見せた。

「返せたらの、話だろうに」

 遣り取りを見ていた連が、小さく呟いた。小闘竜が、くすくすと笑っている。

「どういう意味だよ?」

 すぐに、育也が連に聞き返す。

「痴話喧嘩する程仲が良いのに、返す必要もなかろう」

 意地悪げな笑みを見せて言った連に、育也は顔を一瞬引き攣らせた。

「だから、痴話喧嘩じゃねえ。何度言ったら、分かるんだよ」

 宿屋の店主が痴話喧嘩などと言わなければ、連がからかう材料にしなかったのにと、溜息を吐きつつ、逸れた話をどうやって戻そうか思案する。

「何度言っても、痴話喧嘩は痴話喧嘩だ。弥素次、うるさいから早く嫁に迎えてしまえ。少しは、うるさいのが修まるかもしれんぞ」

 それは、話を飛ばし過ぎだろうに。思わず呆れながら、弥素次は連を見てしまう。

「うるさいって言うな! っつか、何で弥素次に嫁にしろとか言ってんだよ。俺も弥素次も、選ぶ権利あるんだぞ。勝手に、夫婦にするな!」

 育也の、言う通りだ。どうも、連は弥素次に育也を娶らせたいらしい。弥素次自身はともかくとして、育也には選ぶ権利が当然あるのだ。連の言いなりなど、育也はならないだろう。

「そうかしら。育也を助けた時の弥素次は、とても心配そうにしていたわよ」

 小闘竜まで、言い出している。

「それは靄に呑み込まれたからで、普通に心配してくれただけだろ。勝手に解釈するなよ」

「心配ねえ。心配した張本人は、嫁がいなくなったら困るからだろうに」

 連の表情が、意地悪げに笑んでいる。

「連、育也の言う通りですよ。誤解した解釈をされても困りますので、止めて頂けませんか。育也をからかいたい気持ちは分かりますが、少しやり過ぎでしょうに」

 全く、話が逸れすぎて、収拾がつかないではないか。収拾させる者の身にも、なってほしいものだ。

「そうか? だが、当の育也は頬が赤くなっているぞ」

 思わず、育也を見てしまう。視線が合うと、育也はすぐに俯いてしまった。

「それは、婆達が変な話しだすから」

 恥ずかしそうにしながら反論している育也が、妙に可愛らしく思えて自然に顔が緩んでしまったこちらの表情を、連は見逃したりはしない。

「弥素次、顔が緩んでいるぞ。そんな顔する前に、さっさと嫁にしてしまえ」

 もう、収拾をつけられない状況に、弥素次は思わず苦笑いを浮かべていたのである。

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